日々是総合政策No.161

新型コロナと国の政策(5)

 ピケティは自身の著書『21世紀の資本』において興味深いことを書いております。その内容は、世界的に累進的な資本課税を行う、高所得者ほど多くの税金を納めるという政策です。ピケティは世界的な資本課税という形で、どの国でも高額所得者に対して重い税負担をさせれば、海外に金融資産は逃げなくなるということを提案しています(注1)。世界的に感染症が蔓延している状況では、国際的な協調により高所得高負担を求めると同時に、低所得者に対する医療サービスの充実が非常に重要であると言えます。
 日本でも収入が大幅に減少、あるいは低所得である家計や企業に対して、様々な経済的支援を行っています。結果として、緊急時に備えた財政調整基金を取り崩す自治体も増えてきました。42都道府県が新型コロナ対策の事業費に充てるため、2020年度補正予算で計1兆823億円の基金を取り崩すと言う調査結果もあります(注2)。東京都でも新型コロナ対策のため、財政調整基金の95%近くも取り崩しました(注3)。景気の悪化で大幅な増税が行えないことを踏まえると、都市部でも財源不足の問題は深刻となりそうです。病院施設の拡充や医療従事者に対する保障を行うべく、新たな財源の捻出が必要となってきました。
 森信[2020]は所得税の累進性や資産課税を強化するだけでなく、炭素税の増税やITデジタル企業への課税を提案しています(注4)。所得や資産格差の是正と同時に、環境対策や産業構造の変化も踏まえた租税政策を求める意見も増えてきました。今後は所得、消費、資産以外の新たな課税ベースを見つけ出さなければなりません。世界各国は国際協調を通じた公平性の確保、さらには歳入面での創意工夫が求められています。

(執筆:田代昌孝)

(注1)Piketty,T.[2013]Le capital in the Twenty-First Century(山形浩生・守岡 桜・森本正史訳[2014]『トマ・ピケティ21世紀の資本』みすず書房)を参照した。
(注2)「自治体基金の1兆円取り崩し、コロナ対策で42都道府県」、下記のURL(最終アクセス2020年7月12日)を参照。
https://www.sankeibiz.jp/macro/news/200706/mca2007060500005-n1.htm
(注3)「東京都「財政調整基金」95%近く取り崩し、下記のURL(最終アクセス2020年7月12日)を参照。
https://www.nhk.or.jp/politics/articles/lastweek/37024.html
(注4)森信茂樹[2020]「ポストコロナの税制議論、3つのポイント─連載コラム「税の交差点」第78回」、下記のURL(最終アクセス2020年7月12日)を参照。
https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=3474&utm_source=mailmaga_20200709&utm_medium

日々是総合政策No.160

国公法の定年延長規定の適用範囲への疑問(上)

 この春、検察庁法と国家公務員法の解釈を変更して、東京高検検事長の定年延長を閣議決定で行ったことが、メディアや国会論議を賑わした。その解釈変更により、国家公務員法を適用して定年延長が可能となる範囲が、必ずしも明確になっていないように感じられるが、いかがだろうか。
 政府解釈は、検察庁法は国公法の60歳定年の例外として(検事総長65歳、検察官63歳)の定年を定める。検察官は一般職の国家公務員であり、勤務延長について一般法たる国家公務員法の規定が適用されるものと解釈し、定年を閣議決定で延長できるとし、定年延長を閣議決定した。その国家公務員法の規定は、第81条の3で、「任命権者は、定年に達した職員が前条第一項の規定により退職すべきこととなる場合において、その職員の職務の特殊性又はその職員の職務の遂行上の特別の事情からみてその退職により公務の運営に著しい支障が生ずると認められる十分な理由があるときは、同項の規定にかかわらず、その職員に係る定年退職日の翌日から起算して一年を超えない範囲内で期限を定め、その職員を当該職務に従事させるため引き続いて勤務させることができる。」というものだ。
 関連して、検事総長等の役職定年制、定年延長を可能とする検察庁法改正案を含む国家公務員法改正案は廃案となったが、これに関わらず、政府解釈によれば、当然、現在でも、検事長だけでなく検事総長の定年も延長できると考えられるが、この点、そもそも確認されていないのではないだろうか。

(執筆:平嶋彰英)

日々是総合政策No.159

新型コロナウィルス感染拡大世界一の米国の真の病理(下)
―基底にある医療保障制度の不備と経済格差―

 米国の所得格差について、少し詳しく検討してみよう。A.スタンズベリーとL.H.サマーズは、最近の論文「労働者の力の衰退と独占体の力の上昇」において、民間部門の組合の組織化と力が落ち、最低賃金の実質価値が低下し、株主の積極行動が強まり、経営者のむこうみずな経営戦略が広がるといったような形で、労働者の力が衰退してきたために、所得が労働者から資本の所有者に移され、労働分配率の低下や企業価値・マークアップ値の上昇を招くようになったと主張している。
 被用者の労働分配率(賃金・給料を付加価値額で除したもの)は、米労働統計局のデータで見てみると、1970年の58.1%から1990年の55.7%へと低下してきたが、2000年代に入ると2000年の57.1%から2015年の52.8%へと大きく落ち込んできている。
 議会予算局(CBO)の「家計所得の分布(2013年)」によると、全家計の所得源泉中の労働所得のシェアは、1979年77.4%、2013年72.5%であるのに対し、トップ1%所得層(最富裕層)の労働所得のシェアは、1979年33.1%、2013年36%と随分低い。上述のような長期にわたる労働分配率の低下は、トップ1%所得層は別にして、それ以外の所得階層、特に中・低所得層の実質賃金を停滞させ、所得格差を広げることになった。
 他方、資本所得分配率(課税前・政府移転前民間全所得に対する資本所得の比率)を、米経済分析局のデータで見ると、1980年代初めの40%未満から2010年代中頃には46%以上にまで上昇している。トップ1%所得層では、上記CBOの資料によれば、資本関連所得のシェアは、全家計平均で約20%であるのと違って、60%台と大変高くなっている。資本関連所得の主なものは、資本所得、キャピタル・ゲイン、事業所得であるが、特に事業所得のシェアが1979年の10.8%から2013年の23.2%へと上昇している。これは、1986年レーガン税制改革で個人所得税最高税率が法人税最高税率より引き下げられたため、法人税を納めていた多くのC(普通)法人が法人所得を株主に通り抜けさせるS(小規模事業)法人やパートナーシップに転換したことが契機となっている。すなわち、S法人やパートナーシップの利潤は毎年完全に株主に配分されるので、事業所得が伸びたのである。ここに、米国の株主資本主義化の一端をみることができる。

(執筆:片桐正俊)

日々是総合政策No.158

新型コロナウイルス感染症対策への提言ノート(1) 

 7月の4連休初日に、新型コロナウイルス感染症の東京都における新規患者報告数は300件を超え、366件となりました。この4連休は、元々は、東京2020五輪大会の開会式(7月24日)とその前日を休日(海の日)とした「オリンピック連休」でした。東京オリンピック・パラリンピックの延期が決まり、その後、政府は「Go To トラベルキャンペーン」を、この連休に合わせて実施することになりましたが、新型コロナウイルス感染症の流行拡大に伴い、「Go To トラベルキャンペーン」は、東京都を除く形で始まりました。しかし、この連休の局面は、不要不急の外出の自粛、都道府県をまたぐ移動の自粛を要請が必要となる状況に転じました。

出所:東京都『都内の最新感染動向』に基づき、筆者作成(注1)

 上のグラフは、東京都が公表する都内の感染状況(新規患者に関する報告件数)について、1月24日以降、7月23日現在までの毎日の新規患者報告数と累計数をまとめたものです。
 3月の3連休以降の最初の「山」に続き、6月下旬から第二の「山」となっていることは明らかです。この「山」は、最初の「山」よりも高い山になるかもしれません。
私だったら、このタイミングで、この連休中に緊急事態宣言を発出すると思います。医療体制を維持しなければなりませんし、新型コロナウイルス感染症以外の患者さんにとっての医療体制も守る必要があります。
 いま、国や自治体は、新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づき、感染症対策に取り組んでいます。新型インフルエンザ等対策特別措置法や政府の行動計画において、今回、「想定外」であったことは、ワクチンや抗新型コロナウイルス治療薬が存在しないということです。そのため、新型インフルエンザ等対策特別措置法ではなく、新たに新型コロナウイルス感染症対策特別措置法を立法化し、今般の感染症の特徴に応じた対策や行動計画を新たに定める必要があると考えています。
 また、東京都は1兆円近くあった貯金(財政調整基金)のほとんどを、今般のコロナ対策に使い、残額が807億円となる(注2)など、いわば財政的にも「体力勝負」の様相です。財政に対するケアも必要です。
 そもそも、コロナ禍の中で、東京都知事選挙を任期満了に伴い実施したことは、正しかったのでしょうか。
 このコラムを通じて、これらの論点について考えていきたいと思います。

(注1)東京都『都内の最新感染動向』「新規患者に関する報告件数の推移」(2020年7月23日現在)
https://stopcovid19.metro.tokyo.lg.jp/
(注2)東京都『都財政に関する有識者との意見交換会』「資料1 都財政の状況(事務局資料)」(アクセス日:2020年7月23日)
https://www.zaimu.metro.tokyo.lg.jp/syukei1/zaisei/02tozaisei.pdf

(執筆:矢尾板俊平)

日々是総合政策No.157

新型コロナウィルス感染拡大世界一の米国の真の病理(上)
―基底にある医療保障制度の不備と経済格差の深刻さ―

 先進国の中で米国ほど、新型コロナウィルスの感染拡大によって、その社会体制の構造的欠陥を白日の下にさらしている国はない。ジョンズ・ホプキンス大学の集計によると、7月7日現在世界の感染者数1162.6万人のうち、米国は293.9万人で25%を占め、世界一感染が拡大している国である。その一番の原因は、トランプ政権がウィルス検査体制を整えず、感染症対策に消極的で、対策を打っても後手に回ってしまったことにある。しかし、それだけではない。根底に、米国には医療保障制度の不備と1970年代から続く経済格差の拡大という2つの構造的問題がある。
 他の先進国のような国民皆医療保険制度のない米国では、民間医療保険が中心で、公的医療保険制度として65歳以上高齢者向けメディケアと低所得者向けメディケイドしかない。オバマ政権の時に国民に民間医療保険への加入を義務付けたが、トランプ政権がその義務を撤廃したために、医療保険に加入していない無保険者が約2900万人もいる。この多くは、貧しく民間医療保険に入れないでいる。
 会社の提供する民間医療保険に加入していても、コロナウィルスの影響で完全に解雇されれば、無保険者に転落する。当然のことながら、検査や医療を受けられない低所得者・無保険者が相対的に多いヒスパニックや黒人は、白人と比べて、糖尿病や心臓病等の基礎疾患を多く抱えており、コロナウィルス感染・死亡リスクは高くなる。
 次に、経済格差についてみておこう。OECDの「所得分布データベース」により、先進5カ国の家計の政府移転後・課税後可処分所得のジニ係数(係数が1に近いほど格差が大きく、0に近いほど格差は小さい)を2017年について比較すると、米国0.390、英国0.357、日本0.339、ドイツ0.289、フランス0.292となっており、米国の所得格差が一番大きい。また、可処分所得の中央値の50%未満の所得しかない人口が全人口に占める比率を貧困率として比較すると、米国17.8%、英国11.9%、日本7%、ドイツ10.4%、フランス8.1%となっており、米国の貧困率が非常に高い。こうした経済格差の深刻さこそが、医療保障制度の不備と相俟って、米国を世界一の新型コロナウィルス感染大国にしてしまっているのである。

(執筆:片桐正俊)

日々是総合政策No.156

スウェーデンのコロナ禍対策(4)

 今回はスウェーデンでのコロナ禍による死亡者について取り上げます。注1によれば7月1日時点で死亡者数は5333人であり、国際的にかなり高い値です。ちなみに人口10万人あたりの死者数は50.7人で、イギリスの64.7人、イタリアの57.4人より少ないですが,フランスの44.4人、アメリカの37.1人を上回ります(注2より)。
死亡者数の多さとともに、死亡者が大ストックフォルムに集中しているのが特徴です。大ストックフォルムとはストックフォルム県をさし、ストックフォルム市だけでなく周辺の都市圏を含み、日本でいえば東京都にあたります。その人口は2018年で約233万人です(注3より)。注1によれば大ストックフォルムでの死者数は2278人で全国の42.7%を占めます。
 No.153で紹介した注4の筆者は、大ストックフォルムが外国人の多い地域である点を危惧しています。死者に外国人が多く含まれている可能性があるからです。注5より算出すると、2019年に大ストックフォルムには、外国をバックグランドとする人-以下、外国人と記す-が約82万人います。この数はスウェーデンにいる全外国人の31.1%を占め、大ストックフォルムの人口233万人に対し35%を占めます。
 コロナ禍による死亡者を外国人とスウェーデン人とで区別したデータが見つかりませんので、代わりに以下の図を紹介します。

全死亡者のうち、外国生れの割合%
(出所)注6より。

 図の横軸は週単位で1月1日から6月21日までの期間を表します。縦軸は、死亡者(コロナ禍による死亡者だけでなくすべての死亡者)のうち外国生れの人の割合を示します。概ね下方に位置する折れ線は2015年から2019年の平均値で、上方に位置する折れ線が2020年の値です。とくに第12週、すなわち3月中旬から2020年の値が急上昇し、2019年までの値とのギャップが大きくなっています。一概に結論づけることはできませんが、コロナ禍の外国人への波及が予想されます。

(注)
1.スウェーデン公衆衛生庁URL
https://fohm.maps.arcgis.com/apps/opsdashboard/index.html#/68d4537bf2714e63b646c37f152f1392
2.ブルームバーグURL
https://www.bloomberg.com/news/articles/2020-06-28/sweden-s-covid-expert-says-the-world-still-doesn-t-understand
3.外務省URL
https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/sweden/data.html
4.IMF URL
https://www.imf.org/en/News/Articles/2020/06/01/na060120-sweden-will-covid-19-economics-be-different?utm_medium=email&utm_source=govdelivery
5.スウェーデン中央統計局 URL
https://www.statistikdatabasen.scb.se/pxweb/sv/ssd/START__BE__BE0101__BE0101Q/UtlSvBakgGrov/
6.スウェーデン中央統計局 URL
https://www.scb.se/om-scb/nyheter-och-pressmeddelanden/folj-preliminar-statistik-om-dodsfall/

最終アクセスすべて 2020年7月1日。

(執筆:馬場義久)

日々是総合政策No.155

テレワークは主流になれるか?(1)

 新型コロナウイルス感染症問題への不安から、自宅もしくは自宅近くの駅周辺の場所を借りて仕事をするテレワークをすべきだという議論がある。テレワークは、今後の働き方として果たして主流となりうるか。
 一般社団法人日本テレワーク協会の説明によれば、テレワークとは、「tele = 離れた所」と「work = 働く」をあわせた造語であり、働く場所によって、在宅勤務、モバイルワーク、サテライトオフィス勤務の3つに分けられる(https://www.japan-telework.or.jp/intro/tw_about.html)。このうち、モバイルワークは、顧客先や移動中でのPC・携帯使用を意味する用語であり、特定の場所での働き方ではないので、以下では、自宅もしくは自宅近くの場所(サテライトオフィス)で働くテレワークについて考える。
 今から20年以上前に、サテライトオフィスの調査をしたことがある。埼玉県大宮駅西口の超高層ビルに入居していた会社を訪問したのだが、話を聞いてがっかりした。高額・高コストな通信機器・端末(当時最先端の電子黒板もあった)が設置されていたにもかかわらず、ほとんど使っていないという話だった。
 使わない理由はいくつかあった。例えば、(1)当時の通信回線の速度・反応が遅い(伝送遅延)、(2)会議をした時にはいつも通信障害や不具合が生じる、(3)たまにしか使わないので通信機器の使用に慣れない(一種のデジタル・デバイド)、(4)声だけで相手の顔が見えず、いつ大事な話になるかを緊張しながら聞くために終わった後に強い疲労感が残る、など。
 別の訪問場所では、サテライトオフィスで働くことに強い不安があるということも聞いた。(5)同じ部署の人間同士での会話がなく、雑談からのひらめきや話題の発展といった展開がない(face-to-face communicationの効果得られず)、(6)通信手段を通じて仕事のやり取りするだけで、自分の仕事がどのように評価されているのか不安に感じる、(7)ひと月のうち何度かは都心に行く必要があり、結局は勤務場所が2か所に分散され、継続的な作業ができない、など。
 現在の状況下で、これらの問題は解決済みなのだろうか。(2)以降で考えてみたい。

(執筆:谷口洋志)

日々是総合政策No.154

コロナ禍と不確実性:キッシンジャーの「推測の問題」

 7月6日現在、東京都の新規感染者数は5日連続で100名を超え、コロナ禍の心配が続いています。新規感染者数の推移をどう評価し、いかなる対応処置をとるかについては、医療分野や経済分野などの有識者でも種々の意見があります。しかし、そうした意見の基になる新型コロナウイルス感染症やその対策の政策効果に関する情報は、コロナ禍の全体像を把握できるほどではないようです。有識者を含めすべての人々がいま不確実性に包まれた状況下にある、といえます(注1)。
 不確実性に包まれた状況下においては、公共政策の最終決定権者は、ファーガソンが引用するキッシンジャーの「推測の問題」(the problem of conjecture)に直面します(注2)。 


 あなたが首相だったとして、大惨事の危険に気づいたとします。でも確実とは言えない危険で、どれほどの確率かも言えません。確率を示せない不確実な領域にあるものの、[大惨事の発生する]危険がある状態です。危険を排除する、または軽減させるべく困難な行動に出ますか。もしかしたら成功するかもしれません。一方で、何もせず最善の結果を祈るだけという手もあり、幸運にも大惨事は起こらないかもしれません。予測[推測]の問題とは、大惨事を阻止しようと先手を打っても見返りがないということです。なぜなら避けられた大惨事、起こらなかった事件に対して感謝する人はいないからです。何もしなければ行動のコストを被ることはありません。ですが不運にも大惨事が起こるかもしれません。意思決定者[最終決定権者]の利得は極めてアンバランスなのです。
 民主主義[社会]においては何もせず最善の結果を祈る方が簡単です。なぜなら予防策のための先行投資はほぼ確実に無駄になるからです。大惨事を阻止することに成功した場合でも、起こらなかった大惨事には誰も感謝しないので利得はありません。


 これがキッシンジャーが明らかにした問題で経済の領域にも当てはまる、とファーガソンは言っています。しかし、コロナ禍の大惨事に関しては、予防策をとる「行動のコスト」を誰が負担するのかを再確認する必要があります。この大惨事を阻止する行動を見せなければ、指導者としての資質を問われるかもしれません。
皆さんが最終決定権者だったら、どうしますか。

(注1)この状況は、No.58 で触れた「合理的無知」(追加的な情報を獲得することの便益と費用を比較考量して費用の方が便益よりも大きければ、それ以上の情報を獲得せず情報欠如となること)の状況とは異なります。たとえ費用がかからずできる限りの情報を獲得できたとしても、その情報は完全ではなく限定的である状況です。
(注2)以下は、NHK BS1スペシャル「欲望の資本主義2020スピンオフ ニーアル・ファーガソン 大いに語る」 (2020年4月29日放送)でのファーガソンの言説(字幕)を一部加筆修正したものです。ここでの「危険」は‘risk’で、字幕では「リスク」と訳出されています。しかし、一般に経済学では、事故の発生確率が分かっている事象を「リスク」、事故の発生確率が分からない事象を「不確実性」として区別しています。一般的な意味での‘risk’は、つまり事故の発生確率の分かっている「リスク」と分からない「不確実性」の両方を含めた‘risk’なので、ここでは「危険」と訳しています。 [ ]部分は加筆しています。
 また、Niall Ferguson, “The Problem of Conjecture,” in Melvyn P. Leffler and Jeffrey W. Legro (eds.), To Lead the World: American Strategy after the Bush Doctrine, Oxford, New York: Oxford University Press, 2008, pp. 227-249の分担執筆章(第10章)冒頭部分(p. 227)に引用されている “Decision Making in a Nuclear World,” Henry Kissinger Papers, Library of Congressの中のキッシンジャーの「推測の問題」(the problem of conjecture: ‘conjecture’ は「明確な知識に基づいておらず推測によって形成される意見や考え方」や「明確な知識に基づいていない意見や考え方の形成」を意味していますので、「推測」の問題は「推測によって形成される意見」の問題もしくは「推測による意見形成」の問題といった方が正確になります)における選択問題は、以下の通りで、BS1スペシャルでのファーガソンの選択問題とは若干ニュアンスが異なっています。
 「おそらく最も難しい問題は外交政策における推測の問題である。・・・各政治指導者は、最小限の努力しか必要ないと評価するか、より多くの努力が必要であると評価するかの選択がある。・・・彼が早く動くならば、彼はそれが必要であったかどうかを知ることができない。彼が待つならば、彼は幸運かもしれないし不運かもしれない。それはひどいジレンマである。」

(執筆:横山彰)