日々是総合政策No.203

本能寺の変の「謎」

 いよいよ最終回まで数回となった2020年のNHK大河ドラマ「麒麟がくる」。明智光秀(十兵衛)の主君であった斎藤道三は、命を散らすことになる長良川の戦いに向かう前、十兵衛に、「信長とならば、お主やれるかもしれん。大きな国を作るのじゃ」と言い残し、出陣しました。
 時を経て、十兵衛と信長は、将軍足利義昭を奉じ、京に上洛を果たし、「大きな国」を作ります。その後、将軍足利義昭を京から追放した後、織田信長政権は最盛期を迎えます。ここまでが信長と十兵衛にとって、「大きな国」の創業期であると言えます。
 その後、信長は家督を嫡男の信忠に譲ります。これを現代的に表現すれば、企業経営者が自分の子どもに「社長」職を譲り、自分は「会長」になったと言えるでしょう。
 いま、株式会社織田家には、信長社長時代から会社を支えてきた重役たち、信長の息子たち、次世代の社員たち、大きくは3つのグループが存在するようになりました。
 ここで、信長は人事異動や配置転換を始めます。重役の柴田勝家常務を北陸支社長、羽柴秀吉常務を中国支社長、滝川一益常務を関東支社長に任命し、本社から遠ざけてしまいます。まだ支社長に任ぜられた重役たちは良かったのですが、解任された重役たちもいました。これらの重役に代わり、信長の息子たちが本社の重役となっていきます。ただし、経営戦略担当常務である十兵衛だけは本社に残りました。
 このとき、信長は、「息子たちのために、いま役員の世代交代と組織変更をしておかなければならない」と考えたのかもしれません。信長から離反する社員たちも出てきて、信長は、ますます疑心暗鬼になり、暴走し、信長を取り巻く人々の心も離れていきます。その中には、「次は自分が制裁を受ける番だ」という恐怖もあったかもしれません。十兵衛は、信長を諫め続けますが、信長にはその声は届きません。「信長の暴走を止めるのは、大きな国を一緒に作ってきた自分しかいない」と思ったのかどうかはわかりませんが、十兵衛はある決意をします。「ときは今 あめが下しる 五月かな」。
 本能寺の変を現代的に見れば、「事業承継」を失敗した結果と見ることができます。後継者問題や事業承継は、経営のリスクと言えます。秀吉も事業承継に失敗をしています。歴史から現代の経営者が得る教訓は多いのではないでしょうか。

(執筆:矢尾板俊平)

日々是総合政策No.202

社会保険料の負担(1)

 今回から社会保険料の負担問題を考えます。社会保険料は公的年金や医療などの主要な財源です。まず社会保険料と租税を比較します。
 第一に、その支払はともに国による強制力を背景にした「義務」です。納税は、労働・教育とともに、憲法における国民の三大義務の一つです。社会保険料について憲法の規定はありませんが、年金保険法や健康保険法などが強制力の法的根拠とされています。以上から、社会保険料は租税とともに公的支出を賄う公的負担として、国民負担率に算入されています。
 第二に、社会保険料が租税と決定的に異なる点は、社会保険がその支払者や家族に社会保障の受益権を与える点です。年金保険料支払者には、一定の条件を満たせば老齢年金が支払われます。健康保険料の場合は、実際の医療費の30%以下の自己負担で済みます。他方、消費税をはじめ租税も社会保障の重要財源ですが、税を支払っても社会保障の受益権は与えられません。
 さて、注1によると日本の社会保険料総額は2018年度に72.6兆円です。他方、租税は国税総額が60.1兆円(注2)、地方税総額が41.5兆円です(注3)。社会保険料は国税を上回っています。日本は租税国家であると同時に社会保険国家と言えます。次に、下の図は租税負担率と社会保障負担率の推移(%)を示します。ここで租税負担率とは国民所得に対する租税総額の割合、社会保障負担率は日本では国民所得に対する社会保険料総額の割合を指します。

(出所)注4より作成。

 1990年からの変化に注目すると、租税負担率に比べて社会保障負担率の増加が目立ちます。よって日本は負担率の増加の面でも、社会保険国家と言えます。
 社会保険料が巨額で且つ増加している理由の第一は、社会保障の大部分が社会保険方式であるからです。たとえば、年金を得るには年金保険の加入を条件とします。その結果2018年度では、社会保険料は社会保障財源の54.7%を占め、公費(租税など)の38%を大きく上回っています(注1)。
 第二の理由は、高齢化の進行により、年金・医療・介護の各給付が増大したことです。そのため、たとえば、年金保険料率は2013年度の13.58%から2017年度には18.3%に引上げられました(注5)。


(1) 国立社会保障・人口問題研究所、平成30年度『社会費用統計(概要)』p6。Microsoft Word – H30プレスリリース_解禁なし_20201006 .docx (ipss.go.jp)による。
(2) 財務省URL
kessan_01_18.pdf (mof.go.jp)
(3) 総務省URL
<81798267826F9770817A52318C888E5A8CA98D9E8A7A8169955C329687816A2E706466> (soumu.go.jp)
(4) 財務省URL
負担率に関する資料 : 財務省 (mof.go.jp)
(5) 厚生労働省URL
s0304-3f1.pdf (mhlw.go.jp)
URLの最終アクセスいずれも 2021年1月13日。

(執筆:馬場 義久)

日々是総合政策No.201

オンライン診療-カイザー・パーマネンテの事例を参考に(上)

 前回(No.186)は、アメリカにおけるCOVID-19の感染者数とオンライン診療の利用状況を概観しました。現在でも感染者が増加しており、12月26日までの累計数、死亡者数がそれぞれ約1,873万人、33万人になっています(注1)。
 ワクチンや治療薬の研究・開発が急務とされますが、オンライン診療は、①COVID-19の感染予防・早期検査につなげ、また、②基礎疾患患者の受診機会を確保する上で有用とされます。今回は、カイザー・パーマネンテの事例を取り上げます(注2)。
 上記の①について、ウェブサイト(Kp.org)において「COVID-19:Latest updates about the vaccine, testing, how to protect yourself and get care」等のコンテンツが設けられています。加入者は、この中の「Looking for care options? Start with an e-visit or COVID-19 assessment to share your symptoms and get guidance for care」をパーソナル・コンピュータや携帯端末により確認して、「I have a kp.org account」 ⇒ 「Start an e-visit」、「USER ID」、「PASSWORD」の入力後にオンライン診療となります(注3)。
 ②については、加入者は専用の「Member’s service」 ⇒ 「Start an e-visit」あるいは「Get care、USER ID」、「PASSWORD」を入力して、オンライン診療を受診します。①と②において、各加入者が最初に接する医師は、健診結果や診療・服薬歴を把握している担当医(主に家庭医等のプライマリケアに従事する医師)になります。
 これまでの実績の一例は、次のようになっています。

図 カイザー・パーマネンテのオンライン診療の実績(一例)
出所)Kaiser Permanente「COVID-19: The latest information」、「Kaiser Permanente’s Response」https://about.kaiserpermanente.org/our-story/news/announcements/coronavirus-the-latest-information(2020年12月26日最終確認)。
注)外来診療の約50%がオンラインによるものとされ、図の(1)には、上記①、②の利用者が含まれます(基礎疾患を抱えた加入者・患者がCOVID-19に感染したケースもあるとされます)。(2)のRxは処方箋の略称であり、薬剤の入手方法として、カイザー・パーマネンテの契約薬局での受け取り、あるいは自宅への郵送を選択することができます。Rxの中でCOVID-19関係の薬剤は、FDA(Food and Drug Administration)により承認されたもの、あるいは緊急使用の許可が得られたものになります(服薬指導もオンラインを通して行われます)。(3)は主にPCRの検査数ですが、検査外来に限らず、検査キット(郵送)の利用が増えています。この費用は(現段階では)無料とされ、原則的に連邦政府や州政府の補助金により賄われることになっています。検査方法については、Kaiser Permanente「Facts about COVID-19 testing」https://healthy.kaiserpermanente.org/health-
wellness/coronavirus-information/testing
を参照。

 PCR検査等の結果と症状、基礎疾患の症状により、在宅診療の継続、あるいは精密検査や入院等の判断がなされます。これらの早期対応と対面診療の補完として、オンライン診療が広く活用されています(注4)。
 次回は、これに関するカイザー・パーマネンテの運用・管理システムを整理します。具体的には、2005年以降に導入されたオンライン診療の方法を取り上げ、これが上記の①、②に応用されていることを見ていきます。

注1)Centers for Disease Control and Prevention「CDC COVID Data Tracker」https://covid.cdc.
gov/covid-data-tracker/#cases_casesper100klast7days(2020年12月26日最終確認)より。アメリカでは、10月末以降、感染者数、死亡者数が急増しており、前回(No.186)の10月21日時点ではそれぞれが約810万人、22万人でしたが、およそ3か月後の12月26日までに前者が1,873万人(1,063万人増)、後者が33万人(11万人増)となっています。
注2)カイザー・パーマネンテは、全米の9地域において医療保険事業を展開する非営利の民間保険団体であり、カリフォルニア州が中心拠点になっています(約1,200万人の加入者の中で、70%が同州の居住者です)。今回は基本的な方法を整理することにして、成果や課題については、詳しい情報が確認できた段階で、別稿において取り上げます。なお、カリフォルニア州は、感染率(人口10万人あたりの陽性者の割合)が高く、感染者数が全米で最多の約200万人となっています。
注3)加入者以外は、I don’t have a kp.org account ⇒ Start a COVID-19 assessmentにアクセスしてオンライン診療の受診となります。この場合には、医師は初診の患者として症状や既往症、治療・服薬歴を聴取・把握する必要があります(これに要する費用の一部は、州政府の負担とされます)。
注4)加入者がオンライン診療を受診する際には、原則的に追加負担は発生しません。主な理由は、カイザー・パーマネンテの医療保険事業の基本目的が「重症化・長期入院の抑制」(広くは予防医療の重視)にあり、オンライン診療はこのための方法の一つと考えられていることにあります。

(執筆:安部雅仁)

日々是総合政策No.200

日々是総合政策200回を記念して

 「日々是総合政策」が今回で200回を迎えます。今後も300回、500回、1000回と続くことを期待しております。
 私自身は今回を含めて20回書かせていただきましたが、毎回、どのテーマで書こうかとワクワクしながら取り組んでいます。この間、読んでいただくことを意識して、やや大胆な表現を用いたり、あまり注目されていない論点を提起してみたりと、何とか知恵を絞りだしています。時には言いたいことが十分適切に表現できないことに焦りを感じたり、主張を裏付ける資料・証拠をいかに簡潔に示すかに苦心したりしています。
 皆さんは、800字前後で文章を書いてみなさいと言われたら、どう感じますか。テーマをどのようにして探すのか、誰を念頭に何を訴えたらよいかなど、苦労されるかもしれません。
 私は、年少の頃から文章を書くのが大の苦手でした。ところが、今では書きたい、取り組みたいテーマが常に10個以上あり、毎回、どれを選ぶかに苦労しています。言いたいことも常に5つ6つあるせいか、毎回、分量オーバーとなり、いったん書き上げたあとには一部を削る作業が待っています。
 どうして自分は変わったのかを振り返ると、その答えが大学生時代にあることに思い至ります。富山から東京に出てきたばかりの私は当初、高層ビルを眺めては、この広い東京で自分の居場所はあるのか、自分は間違って東京に出てきたのではないかと不安だらけでした。
 そうしたときに、「君は大学で何を、何のために勉強するのか」「勉強してそれをどう活かしたいのか」など、簡単そうで実は非常に難しい問題を毎日のように投げかけてくる先輩がいたのでした。そのあたりから自分だけの狭い世界に限界を感じ、疑問を持ち、文字通りゼロからの勉強が始まったように思います。
 大学生時代にそういう人たちと出会ったことで、自分とは異なる人の存在、異なる意見を持つ人の存在を知り、自分の答えを他人にはっきりと伝えることの重要性を悟ったように思います。そのとき以来、私にとって、多様性(diversity)と包摂(inclusion)、そして自分の意思を積極的に伝えることは、最も重要な価値になったと思います。このような私を受け入れてくださる総合政策フォーラムの存在は、私にとって「永久に不滅」です。

(執筆:谷口洋志)

日々是総合政策No.199

焼き鳥串刺しの話

 中小企業の生産性が低いために日本の労働生産性が先進国の中で低い。ならば最低賃金を引上げて生産性が著しく低い中小企業に廃業を迫ってはどうか。そんな議論が政府の審議会であったと聞く。最低賃金制度は最低賃金法に基づき国が賃金の最低限度を定め、使用者が守らなければ罰金が課せられる。乱暴な議論のように思えるが、生産性を高めること自体に異論はないだろう。
 もう20年以上の前の話だが、あるJA(農業協同組合)の理事長に、首都圏の企業から焼き鳥屋に卸すため、鶏肉を串に刺した形で買いたいとの話が舞い込んだという。鶏肉の調達は良いが、串に刺す手間がコスト上問題となった。当時、焼き鳥串刺しマシーンがあって、購入すれば1000万円を超えるという。いくら生産性を高めるといっても、田舎のJAには高価な上に、依頼が無くなれば無用の長物になり兼ねない。
 そこで、年金だけに頼る無職の高齢者を集めて、手作業での串刺し作業を僅かな労賃で依頼した。早朝定刻に作業場に集まり、皆が世間話に花を咲かせながら単純作業をする。午後の2時頃には作業を終了し、帰り道に農協直営の温泉場に行き汗を流し、湯上りに一杯となる。もちろん労働生産性は著しく低いし、ひと月目一杯働いても数万円というが、これで温泉に入り若干の飲食をし、孫たちに玩具やお菓子などを買い小遣い銭を渡す。皆嬉しそうだと言う。
 どう計算しても時給は最低賃金以下になる。どのように対応したか知らないが、集まった高齢者が楽しく幸福ならよいのではないか。高齢者の健康には規則正しい生活と人々とのコミュニケーションが何よりも大切という。低賃金の焼き鳥串刺し作業の参加も良いではないか。本コラムNo.118で述べたように、日本人は欧米人と違って、エデンの園の「禁断の果実」を食べた罰として働いているわけではない。労働作業そのものに喜びもある。低賃金は最低賃金からその喜びを差し引いた額かも知れない。
 高齢者の医療・福祉対策が求められるといっても、若い世代から得る税金が使わるのは心苦しい。焼き鳥串刺しの話は何か重要なことを教えてくれている。そう思いながら、高齢者である私はこのコラムを書いている。

(執筆:元杉昭男)

日々是総合政策No.198

2021年元旦

 本年は、元旦に「新年明けまして、おめでとうございます」とは言い難い、お正月を迎えました。
 年頭にあたりまして、新型コロナウイルス感染症の猛威のもと、いまも大変なお仕事に従事なさっている医療関係者各位はじめ多くの皆さまに、心より感謝申し上げます。さらに、厳しい日常をお過ごしの皆さまのお心が少しでも休まるような日々が一刻も早く参りますよう、お祈り申し上げます。
 いまこそ、次世代の若い皆さんに考えていただきたいことがあります。皆さんは、これまでとはまったく異なる環境のもとで、一年近く生活をしてきました。コロナ感染症の不安と不確かな環境の中で、皆さんは何に一番時間を傾注したのでしょうか。もし手帳や日記やカレンダーにご自身のスケジュールを書き込んでいたならば、2020年の或る月や或る週の過ごし方を時間数で測ってみてください。例えば、2020年4月・8月・12月の生活時間の1日平均はどうだったでしょうか。1年前の同じ月の生活時間の1日平均とも比べてみてください。
 睡眠・食事・入浴など生理的に必要な活動(1次活動)の平均時間、通勤通学・仕事・学業・家事・育児・介護など社会生活を営む上で義務的な性格の強い活動(2次活動)の平均時間、テレビ・休養・学業以外の学習自己啓発・趣味娯楽・スポーツ・交際など一般に余暇活動といわれる自由な時間における活動(3次活動)の平均時間を概数でもよいので計算してみてください(注)。
 特に、3次活動の内訳に着目して、一番時間を傾注していた活動は何だったのでしょうか。その時間こそ、皆さんの未来の扉を開く鍵になります。その最大限に時間を傾注した活動を否定せず大切にして、その活動をご自身の個性や魅力や強みに結び付ける糸口を考えてみてください。その活動を、コロナ禍で大変な時間を過ごされている方々の一助となるように変換する活かし方を、是非とも考えていただきたいのです。その変換には、3年から5年あるいは、それ以上の時間がかかるかもしれません。
 しかし、若い皆さんには、そうした中長期の時間軸の中でご自身の個性や魅力や強みを活かした自己実現をして欲しいと願っています。本年が皆さんにとりまして、素晴らしい1年になりますようお祈りいたします。

(注)ここでいう1次活動・2次活動・3次活動の平均時間の定義については、「社会生活基本調査」の生活時間(https://www.e-stat.go.jp/koumoku/koumoku_teigi/M 最終閲覧2020.12.30)を参照ください。

(執筆:横山彰)