日々是総合政策No.225

消費者トラブルと契約

 6月8日に、令和3年度版の消費者白書が公表されました。近年、通信販売による健康食品、化粧品、飲料等の定期購入に関する消費生活相談件数は急増しており、2016年に13,673件であったのに対し、2020年は59,172件となりました。具体的に、どのような消費者トラブルであるのか、例で考えてみましょう。


 インターネットで、健康に良いと宣伝がなされている商品を見つけた。初回は「お試し、無料」と書いてあったので、申し込むことにした。商品が到着してみると、5か月分の請求書が入っていた。自分は「お試し」だけするつもりであったので、5か月分の代金を支払うつもりはない。販売元に抗議のメールをすると、「初回が無料となるのは、短くとも半年間の定期購入が条件です。それをホームーページに記載しているので、契約は成立しており、解約はできません」と言われた。


 そもそも「契約」とは、どのように成立するのでしょうか。民法522条では、「契約の内容を示してその締結を申し入れる意思表示に対して相手方が承諾をしたときに成立する」とされています。つまり、「この商品を、このような条件で売ります」ということに対し、「購入する」という買い手側が意思表示をして、買い手側が「あなたに売ります」と承諾すすれば、口頭でも、インターネットのボタンをクリックするだけでも成立したとみなされます。つまり、上記の例の場合、「6か月分の定期購入の申し込みで、初回は無料になります」ということが、ホームページ上のどこかに記載されていれば、この契約は成立してしまっています。
 もちろん契約を取り消すこともできますが、それは錯誤(95条)、詐欺又は強迫(96条)の場合です。錯誤とは、例えば、1万円と記入すべきところ、10万円と記入してしまったこと、または健康に良いと思って商品であると理解して購入意思を表示したが、実際に、その品質を備えていなかったことなどが挙げられるでしょう。さらに、錯誤が意思表示をした者の重大な過失によるものであった場合は、意思表示を取り消すことができないとも定めています。また、通信販売には、特定商取引法によるクーリング・オフ制度は適用されません。その理由は、購入意思を表示する際に、十分に検討する時間があったと見なされるからです。
 デジタル社会化が進展する中で、注意する必要がある政策論点であると言えます。

(執筆:矢尾板俊平)

日々是総合政策No.224

スウェーデンのSKVの活動(1)

 スウェーデンのSkatteverket(課税庁、以下SKVと記す)の活動を紹介します(注1)。SKVは、日本における国税庁と税務署を併せたような公的組織で、徴税が業務の基本です。しかし、その業務は日本の国税庁より広範囲に及びます。
 まずSKVは、住民登録業務の責任を負っています。住民は転居や子どもが生まれた場合には、市役所ではなくSKVに届け出なければなりません。
 重要なのはSKVが、住民登録の際に納税者番号、すなわち、個人番号(Personal Identity Nummmer:以下PINと記す)を決め交付することです。新生児は誕生時、移民は移住時の住民登録の際に決定されます。日本のマイナンバーと同様に12桁の数字ですが、PINは乱数字を活用しつつ生年月日(8桁)を組み込み、かつ、性別がただちに判明するよう工夫されています(注2)。この措置は税制・年金・医療などの実務を円滑にし、年齢別・男女別データの作成を容易にすることでしょう。ちなみに、同国の統計では男女別比較がきわめて重視されます。
 さらにSKVは、住民登録で得た情報-本人氏名・住所・生年月日・生誕地・家族の氏名など-とPINを、他の公共機関に自動的に配布する権利を持ちます。配布先公共機関は、①社会保険庁 ②移民局、③国家地図・地籍局、④交通局(運転免許証関連も含む)⑤年金局⑥コンミューン(市町村に該当)⑦ランスティング(都道府県に該当)などです。
 特に、⑥や⑦には情報が毎週送られます。この点、スウェーデンが地方分権の国であることに注意しましょう。コミューンは介護・福祉・教育を、ランスティングは医療を担い、両者とも、その主要財源である地方勤労所得税の税率決定権を持っています (注3)。
 筆者も、ストックフォルムに2年滞在したおり住民登録をしました。驚いたことに、その数日後、妻宛てに「乳がん検診をするように」との案内が届きました。SKVが担っている納税者番号制度は、徴税のみならず、社会保障の迅速な実施のためにも使用されているのです。

(注)
1.本稿は、馬場義久[2021]『スウェーデンの租税政策』早大出版部、243-247頁の要点を平易に解説したものである。
2.なお、性転換するとPINを変更しなければなりません。
3.つまり、ランスティングとコミューンの関係は、公共支出の役割分担に基づく「水平的関係」と言えます。

(執筆:馬場 義久)

日々是総合政策No.223

異文化理解とは

 日本を代表する国際的な知識人であった加藤周一が、「翻訳の勧め」というエッセイで、次のように述べています。

「・・・異文化を理解するとはどういうことか。ある概念を理解するとは、それをその人自身の概念の体系へとり入れ、そこで位置づけ、他の概念と関係づけることであり、あるものを理解するとは、その人の世界観の体系に新たな要素としてそのものをつけ加えるだけではなく、体系の秩序へ組み入れることであろう。そういう体系は一般に特定の文化のなかでは、少なくとも大すじにおいて、与えられた概念的枠組みである。翻訳は異文化のー すなわち他の概念的枠組みのなかの特定概念を、自己の枠組みのなかで定義しなおすことである。」(注)

 翻訳の辞書的意味は、広辞苑第六版によれば、「ある言語で表現された文章の内容を他の言語になおすこと」ですが、加藤のいう翻訳はより広い意味内容を持っています。皆さんが古文を勉強しているのは、古文の内容を現代日本語になおす異文化理解なのです。加藤は、これを「通時的翻訳」と言っています。
 現代日本語を母語とする人々の間でも、他者理解には翻訳が必要になります。他者の書いた日本語の文章や他者の発した日本語を理解するということは、概念的枠組みが個人間で異なれば、自分の概念的枠組みの中で定義しなおすことに他ならないのです。つまり、他者の言葉を理解するには、その言葉を自分の言葉に翻訳する必要があります。加藤は、他者とりわけ強大なマス・メディアを利用することのできる力ある集団が発する言葉を、自分自身の言葉に翻訳することを勧めました。この翻訳を、加藤は「批判的翻訳」と言います。
 異文化理解の第一歩は、概念的枠組みの異なる他者が表現した言葉や文章の内容を、自分自身の概念的枠組みの中で自分の言葉に翻訳することです。次に、その翻訳の対応関係を手掛かりに、他者の概念的枠組みを推測して、自分の言いたいことを他者に分かるように自分の選択した言葉で伝え、本当に伝わったかを確認する作業を互いに繰り返すことで、相互に他者理解としての異文化理解を深め合うことができるようになるのです。

(注)加藤周一『夕陽妄語』第3輯、123-124頁、朝日新聞。

(執筆:横山彰)