日々是総合政策No.178

新しい社会を構築するESG投資

 新型コロナウイルスに対処するESG投資がクローズアップされています。ESG投資とは、企業の売上高や収益だけでなく、Environment(環境)、Social(社会)、Governance(ガバナンス)に重きを置く投資のことです。
 Global Sustainable Investment Reviewによれば、全世界のESG投資は2016年の約23兆ドルから2018年の約31兆ドルへと目覚ましい伸長を見せています。そのうち、欧州、米国、日本の投資残高は、欧州が約14兆ドル、米国が約12兆ドル、日本が約2兆ドルに増加しています。また、全運用資産に占めるESG投資のシェアは、欧州48.8%、米国25.7%、日本18.3%になっています。2016年のシェアが、欧州52.6%、米国21.6%、日本3.4%であったことから、特に日本の伸長 が顕著です(注)。
 ESG投資は、2006年の国連における責任投資原則(PRI)の提唱、2015年のSDGs(持続可能な開発目標)の採択および気候変動対策を国際的に取り決めたパリ協定によって推進されてきました。同様に、長期投資に見込まれる安定した収益も主因になっています。ESG投資は主に環境整備事業を対象とするグリーンボンド、社会的な課題の解決を目指す事業を対象とするソーシャルボンドを主な資金調達手段にしてきました。しかし、現在では、これら両者を合せたサステナビリティボンドがESG投資を支える代表的な存在になっています。その伸長に与っているのが、医療体制の整備や企業の資金繰りの支援を目的にするコロナ債です。                                         日本においても、最近、民間金融機関や企業による新型ウイルス対応のコロナ債発行が目立ちます。さらに、「個人向けコロナ債」も発行される予定ですが、政府系金融機関や機関投資家がこれまで担ってきた資金の流れが多様化することを示唆しています。たとえば、感染性ワクチン開発を支援し健康的な生活の確保を目指すSDGsの政策目標(目標 (3)、ターゲット(b))が、ESG投資という政策手段を通じて、民間企業や市民など身近な政策主体によって実現が加速されることになります。ただし、その前提となるのが、公正・透明な市場を保証する国際協力の強化であることは言うまでもありません。

(注)Global Sustainable Investment Alliance, Global Sustainable Investment Review
2018
, gsi-alliance.org/wp-content/uploads/2019/03/GSIR_ Review 2018.3.28.pdf, pp.8-9,(2020.8.7アクセス)。

(岸 真清)

日々是総合政策No.177

ふるさと納税泉佐野市訴訟最高裁判決について(下):林景一裁判官「補足意見」への違和感

 林景一裁判官「補足意見」は、制度そのものに内在する本質的な問題点を指摘した宮崎裕子裁判長自身の「補足意見」の見解を和らげようとしているようにすら見えるのである。
 林裁判官「補足意見」が上告人泉佐野市への批判を判決本文以上に厳しく書いていることに、筆者の違和感の大きな原因がある。
 判決本文自体が、「このような本件不指定に至るまでの同市の返礼品の提供の態様は、社会通念上節度を欠いていたと評価されてもやむを得ない」と述べているのに、林裁判官補足意見はさらに加えて、「特に、同市が本件改正法の成立後にも返礼割合を高めて募集を加速したことには、眉をひそめざるを得ない。」とまで述べている。そして、その上で被告であった総務省、あるいは、その後ろにいる官邸に忖度するかのように、「新たな制度の下で、他の地方団体と同じスタートラインに立って更なる税収移転を追求することを許されるべきではないのではないか、あるいは、少なくとも、追求することを許される必要はないのではないかという感覚を抱くことは,それほど不当なものだとは思われない。それは、被上告人が他の地方団体との公平と呼ぶ観点と同種の問題意識である。」とまで述べる。
 判決本文が指定除外は、「実質的には、同大臣による技術的な助言に従わなかったことを理由とする不利益な取扱いを定める側面がある」と指摘している行為を「不当なものだとは思われない。」と、言っているようですらある。まるで、悪いのは勝訴した「泉佐野市」で、「ふるさと納税制度は悪くない」、「泉佐野市を除外したのは悪くない」と、被告であった総務省、あるいは、その後ろにいる内閣官邸にメッセージを伝えようとしているような感じさえ覚えてしまい、気味悪さがあります。
 そういえば、最高裁判事の人事も内閣官邸が慣例破りをしていると話題になっていたこともあった。そうした内閣官邸の人事権への忖度が補足意見にあったのだとしたら、日本の三権分立と司法権の独立に不安を感じざるを得ないのではないのだろうか。そんなことは、私の杞憂に過ぎないのであれば、いいのだが。

(執筆:平嶋彰英)

日々是総合政策No.176

菅政権の「改革」のエンジンは?

 「人生には、3つの坂がある。上り坂、下り坂、そして「まさか」という坂だ」。これは、小泉純一郎元首相の言葉だったと思います。
 憲政史上最長の通算在職日数、そして連続在職日数を更新した安倍晋三前首相が、その記録を達成した週末に退任を表明し、9月16日に、長期政権の幕を閉じることになりました。
「まさか」、新型コロナウイルス感染症という新たな感染症が発生するとは。「まさか」、東京オリンピック・パラリンピックが1年程度の延期になるとは。2020年は、「まさか」「まさか」の連続となりました。
 元々、安倍首相の意中の後継者と擬されていたのは、岸田文雄前政調会長でした。岸田氏にとっては、「まさか」の総裁選の構図となりました。石破茂氏にとっては、地方票で存在感を見せることが、今回の総裁選のミッションであったはずです。「永田町の論理では「菅氏」だが、党員の声は「石破氏」」という構図を作り、来年の総裁選につなげる戦略ですが、石破氏にとっても「まさか」の票数となり、「ポスト菅」を狙う戦略を見直さざるを得ません。
 安倍前首相の退陣表明後、内閣支持率が上昇したことも興味深い現象です。安倍前首相は66歳。体調が回復すれば、まだまだ政権を担当することができる年齢です。ポスト菅は、「まさか」の安倍前首相の「再登板」(という可能性もゼロではありません)。
 菅義偉首相は、経済政策の重心を、規制改革やデジタル化の推進といったミクロ経済政策に移行させていくようです。身近なところであれば、携帯電話の料金の値下げなども進められる見通しです。こうした政権の主要政策について、省庁横断的な推進役となるのは河野太郎行革・規制改革担当相です。河野大臣には、小泉改革時の竹中平蔵氏のような役割を期待されるのではないかと思います。
 ポスト菅の候補たちが、「まさか」の坂にある中、河野大臣にとっては、「ポスト菅」の最終試験が課されたとも言えるかもしれません。中曽根康弘元首相も、首相に就任する直前のポストは、鈴木善幸内閣の看板政策であった「行革」を担当する「行政管理庁長官」でした。
 課題は、改革のエンジンとなる機能をどのように設定するかです。小泉改革では経済財政諮問会議がその役割を担いました。菅改革のエンジンは「どこ」になるのか。これが改革の成否を占う最初の見極めどころです。

(執筆:矢尾板俊平)

日々是総合政策No.175

ふるさと納税泉佐野市訴訟最高裁判決について(上)

 ふるさと納税に関し、平成27年度税制改正における「ふるさと納税制度の特例控除額の倍増」と「ワンストップ特例」の導入で、返礼品競争が過熱したとも言われます。当時、筆者は総務省の自治税務局長、つまり、この制度の事務方の責任者でした(注1)。
 ふるさと納税の対象を総務大臣指定団体に限る制度改正とこれに基づく総務大臣の指定告示によって、ふるさと納税制度から除外された泉佐野市が国を訴えた訴訟で、最高裁が6月30日に泉佐野市の全面勝訴の判決を下した(注2) 。
 この最高裁判決に関して、コメントを申し上げれば、国会提出前の制度検討時に法制的な面から十分検討し、このような最高裁判決をいただくような訴訟や事態を招かないように、十分検討し制度を作らなければならないもので、結果としてこのような判決をいただいたことは残念で、早い段階で返礼品競争に対処できなかったことに原因があり、そのことには責任があり後悔が残ります。
 判決については、いくつかのメディアから取材を受け、最高裁判決を読み直していると、段々と 時折引用される、判決における林景一裁判官の「補足意見」に、一体何が言いたい何のための補足意見なのだろう、その意図は何だろうという違和感を感じるので、コメントしておきたい。
 林裁判官「補足意見」では、「私は、法廷意見に同調するものであるが、本件の経緯に鑑み,上告人の勝訴となる結論にいささか居心地の悪さを覚えたところがあり、その考え方を以下のとおり補足しておきたい。」と書く。今は居心地の悪さを逆にこちらが、感じてしまう。
一方で、あまり引用されていないが、林裁判官の外、宮崎裕子裁判長自身も補足意見を付している。こちらは、「私は、法廷意見に賛成するものであるが、その理由を、本件の背景にあるいくつかの問題を俯瞰しつつ補足しておきたい。」として、「ふるさと納税」が税なのか寄附金なのかという本質的問題に言及し、「もし地方団体が受け取るものが税なのであれば、地方団体がその対価やお礼を納税者に渡す(返礼品を提供する)などということは、税の概念に反しており、それを適法とする根拠が法律に定められていない限り、税の執行機関の行為としては違法のそしりを免れない」とも述べていた。

以下、(下)へ続く。

(注1)筆者のふるさと納税制度に関するコメントは、No.101 を参照されたい。
(注2)判決全文は、https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/537/089537_hanrei.pdf  <最終アクセス2020.8.22>を参照されたい。

(執筆:平嶋彰英)

日々是総合政策No.174

Go to 震災遺構、Go to伝承施設

 東日本大震災から9年が経過し、来年の3月11日には10年をむかえます。被災自治体の復興計画では、計画期間を10年と設定しているところが多く、震災復興は新たなステージに移ります。そのような状況のなか、被災地では震災遺構や伝承施設が整備されてきています。震災の実態を正確に残すこと、さらには防災の観点から震災の教訓をしっかりと後世に伝えることは重要なことです。
 8月下旬、私は本務校の出帳で被災地の震災遺構や伝承施設を訪問する機会をえました。宮城県では、仙台市の荒浜小学校、名取市閖上にある津波復興祈念資料館などを訪問しました。また、岩手県では、奇跡の一本松がある陸前高田市の「いわてTSUNAMIメモリアル」、釜石市の「いのちをつなぐ未来館」などを訪問しました。これらの施設は自治体直営のものもあれば、NPOを含め純粋に民間で運営しているものもあります。そして、展示物や映像が中心の施設もあれば、被災体験をもつ語り部による説明が中心になっているものもあります。
 震災遺構や伝承施設は、震災の実態を記録する資料館であると同時に、震災の教訓を後世に伝える発信基地にもなります。ですから、震災遺構や伝承施設を整備し運営していくことは望ましいことですが、公の資金が投入されるという実態をふまえれば、被災地ごとに重複するような伝承施設が必要なのかという疑問が生じます。効率化を重視するのであれば、伝承施設は一定の被災地域をまとめたうえで整備することが望ましいでしょう。しかし、被災地ごとに震災の被害は異なっているのも事実です。ですから、被災地ごとに伝承施設が存在することにこそ意義があり、そのことが震災被害の複眼的な理解につながるという考え方も否定できません。
 今年の「Go Toトラベルキャンペーン」は、コロナウイルスの状況もあり、効果はあまり期待できません。来年は震災から10年という節目の年になります。その時の状況にもよりますが、キャンペーンに関係なく震災遺構や伝承施設を訪問することは有意義であると思います。百聞は一見にしかずとはこのことです。

(執筆:矢口和宏)

日々是総合政策No.173

国境を越えたテレワークと DX(デジタル・トランスフォーメーション)

 私は、6 月から現地で海外の研究拠点の一つであるシンクタンク Z/Yenとロンドン市の活動にしばらく参加する予定でした。しかしながら、2 月を過ぎると新型コロナウィルスの世界的な感染流行が顕著になりました。英国も初期の対応で、市民に積極的に免疫をつけて感染爆発を乗り切る政策をとったのが裏目に出て、感染者の増加に苦しめられる状況に追い込まれました。ついに、3 月 25 日にはロンドンは都市封鎖になりました。これに 対して、Z/Yenは 3 月 24 日からテレワークとしてウェビナーのサービスを会員に始めました。私は Z/Yenとロンドン市の公民協働のプロジェクトである London Accord に11本の論文を寄稿した功績が認められて、このサービスを無料で受けることになりました(注)。
 担当者は、このサービスを始めた当時、専用回線を使うので経費が高額になるとプロジ ェクトの先行を懸念していました。ところが、このテレワークのサービスがグローバルな 通信回線を利用したことが強みになりました。またサービスの対象が DX 産業であるフィ ンテック、IT 企業だったことも幸いして、このプロジェクトに資金を提供する大企業・組 織が40を超えて、豊富な資金が確保できて、体制が整った 6 月には 23 回のウェビナーが 提供されました。ところで、日本経済新聞社は上場企業と資本金が 1 億円以上の有力企業 948 社に対して 2020 年度の設備投資動向調査を発表しました。『日本経済新聞』(2020 年、8 月 18 日)はデジタル・トランスフォーメーション(DX)の加速を次のように説明して います。「2020 年度の全産業の設備投資の計画額と 19 兆 2395 億円と(前年と比べて)1.2% 減る見通し。このうち製造業は 1.4%減、非製造業は 0.9%減る。これに対して、IT 投資額 (対象は 765 社)は 15.8%増の 471 億円となり、製造業の伸び率は 20.3%増と過去最高、非 製造業は 13.1%増となる。」
この国境を越えて展開されるサービスが今後成長が期待される DX の分野で受け入れられた理由は、このテレワークのコミュニケーションの双方向性の性質が活かされて、資金 提供者も情報の共有が容易になり、市場戦略を強化できる点にあります。

(注)London Accord についてはhttps://www.longfinance.net/programmes/sustainable-futures/london-accord/ 、また論文についてはhttps://www.longfinance.net/programmes/sustainable-futures/london-accord/reports/ を参照されたい。最終アクセスはいずれも、2020.8.22である。

(執筆:田中廣滋)

日々是総合政策No.172

テレワークは主流になれるか?(2)

 20~30年前の過去と現在におけるテレワークの相違・類似点を整理してみると、
1.通信回線の速度・反応が速くなった(混雑による低速状況は残る)。
2.通信障害・不具合の発生が減少した。
3.常時使用の通信機器、つまり使い慣れた端末が存在する(スマホ、PC)。
4.オンライン・ミーティング用アプリケーションやSNSの進歩により、顔を見ながら話をすることが可能となった。
5.face-to-face communicationの効果は少しあるが、十分ではない。
6.個人に明確に割り当てられた(指定、指示された)仕事や作業については評価が可能でも、そうでない仕事については評価が困難で、適正報酬の確定が難しい。
7.テレワークでも、ときどき事務所・事業所にでかけるニーズは消えていない。
 上記のうち1~4は明らかな改善であるが、厄介な問題を含んでいる。また、5~7は完全に解決されていない問題である。以下では、1~4の問題について取り上げる。ここでは、自宅のパソコンで作業を行い、ときどき通信回線を使ってデータの送受信を行ったり、自宅からオンライン会議に参加するような仕事を想定しよう。この事例では、スマホしか使えない人は除外される。
 こうしたテレワーク(在宅勤務)が可能であるためには、高速・安定・廉価な通信回線(CT)の利用と情報機器・端末(IT)の常時利用が前提条件となる。現在は、こうした条件が一般に整備されていると思われるが、それだけでは解決にならない。セキュリティとコスト負担の問題がある。
 第1は、パソコンやデータを社外に持ち出せるかというセキュリティの問題だ。ファイアウォールやセキュリティ・システムで守られた社内環境とは異なる自宅環境では、パソコンやデータの紛失・窃盗・漏洩が生じる可能性がある。第2に、パソコンや通信の知識を十分に持たない素人が自宅で作業を行うと、マルウェアやコンピュータウイルスに触れる可能性が高く、セキュリティ問題を深刻化させる。第3に、通信回線、ハードウェア、ソフトウェアや周辺機器の費用(印刷コスト含む)は誰が負担するのか。仕事用パソコンと個人用パソコンの使い分けがなされない場合はどうなるか。新たな機器の導入・設置やバージョンアップの作業・費用負担は誰が行うのか。

(執筆:谷口洋志)

日々是総合政策No.171

ポストコロナと「新たな日常」:骨太方針2020

 日本を含め多くの国や地域の経済社会は、新型コロナウイルス感染症拡大により、甚大な影響を受け、これまでの常識では対応できない状況に陥っている、と広く認識されています。こうした認識は、去る7月17日に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2020~危機の克服、そして新しい未来へ~」(骨太方針2020) にも示されています。
2007‐2008年の世界金融危機とリーマンショックを経た構造的な変化や変化後の経済状況を示す「ニューノーマル(new normal)」という言葉が、そのとき以上に、今回のコロナ禍を経験した後の世界状況を表すものになっています。「ニューノーマル」は、「新たな常態/常識」として理解されることが多いですが、骨太方針2020では「新たな日常」として言及されています。
 「新たな日常」を実現するために、骨太方針2020は「デジタルニューデール」(デジタル化への集中投資・実装とその環境整備)を掲げています。その中身は、次世代型行政サービスの強力な推進(行政サービスのデジタル化)、デジタルトランスフォーメーション(データとデジタル技術を活用したデジタルによる経済社会の変革)の推進、新しい働き方・暮らし方(テレワークや教育・医療のオンライン化等)、変化を加速するための制度・慣行の見直し(書面・押印・対面主義からの脱却等)です。
 「新たな日常」はポストコロナにおける国のあり方や人々の働き方や家庭・教育・医療環境を描いていますが、新型コロナウイルス感染症専門家会議がまとめた「新しい生活様式」 はウイズコロナにおける日常生活を営む上での基本的生活様式などの実践例を示しています。身体的距離の確保・マスクの着用・手洗いといった個人レベルの基本的感染対策や、「3密」(密集・密接・密閉)の回避などの基本的生活様式や、テレワーク・時差通勤・オンライン会議などの働き方の新しいスタイルが「新しい生活様式」として取り上げられています。
 ウイズコロナの「新しい生活様式」の経験を基に、ポストコロナの「新たな日常」の実現をめざすことは、プレコロナ(コロナ禍以前)の「これまでの生活様式/日常」とは異なる国民生活の諸活動を支える経済社会基盤を構築することを意味します。

(注)本文中のリンク先URLすべて、最終アクセス2020年8月28日。

(執筆:横山彰)