焼き鳥串刺しの話
中小企業の生産性が低いために日本の労働生産性が先進国の中で低い。ならば最低賃金を引上げて生産性が著しく低い中小企業に廃業を迫ってはどうか。そんな議論が政府の審議会であったと聞く。最低賃金制度は最低賃金法に基づき国が賃金の最低限度を定め、使用者が守らなければ罰金が課せられる。乱暴な議論のように思えるが、生産性を高めること自体に異論はないだろう。
もう20年以上の前の話だが、あるJA(農業協同組合)の理事長に、首都圏の企業から焼き鳥屋に卸すため、鶏肉を串に刺した形で買いたいとの話が舞い込んだという。鶏肉の調達は良いが、串に刺す手間がコスト上問題となった。当時、焼き鳥串刺しマシーンがあって、購入すれば1000万円を超えるという。いくら生産性を高めるといっても、田舎のJAには高価な上に、依頼が無くなれば無用の長物になり兼ねない。
そこで、年金だけに頼る無職の高齢者を集めて、手作業での串刺し作業を僅かな労賃で依頼した。早朝定刻に作業場に集まり、皆が世間話に花を咲かせながら単純作業をする。午後の2時頃には作業を終了し、帰り道に農協直営の温泉場に行き汗を流し、湯上りに一杯となる。もちろん労働生産性は著しく低いし、ひと月目一杯働いても数万円というが、これで温泉に入り若干の飲食をし、孫たちに玩具やお菓子などを買い小遣い銭を渡す。皆嬉しそうだと言う。
どう計算しても時給は最低賃金以下になる。どのように対応したか知らないが、集まった高齢者が楽しく幸福ならよいのではないか。高齢者の健康には規則正しい生活と人々とのコミュニケーションが何よりも大切という。低賃金の焼き鳥串刺し作業の参加も良いではないか。本コラムNo.118で述べたように、日本人は欧米人と違って、エデンの園の「禁断の果実」を食べた罰として働いているわけではない。労働作業そのものに喜びもある。低賃金は最低賃金からその喜びを差し引いた額かも知れない。
高齢者の医療・福祉対策が求められるといっても、若い世代から得る税金が使わるのは心苦しい。焼き鳥串刺しの話は何か重要なことを教えてくれている。そう思いながら、高齢者である私はこのコラムを書いている。
(執筆:元杉昭男)