日々是総合政策No.231

共感を考える(1)

 共感を考えるとき、私たちはアダム・スミスの『道徳感情論』における冒頭の一文を思い起こす必要があります。「人間がどんなに利己的なものと想定されようとも、人間の本性には、他者の運命に関心をもち、他者の幸福を眺めることで得られる喜び以外には何もなくても、他者の幸福をかけがえのないものとするような原動力が明らかに存在しています。」(注1)
 他者が感じていることを、その他者と同じ状況にあれば自分が何を感じるかを想像して、自分も同じように感じることが「共感」の一般的な意味内容です。このときの「共感」は英語の「sympathy」の訳語ですが、共感の英語表現には、「sympathy」の他にも「empathy」「compassion」「fellow-feeling」などがあります。「empathy」は、アダム・スミスの時代には存在しない言葉で、20世紀初頭に心理学の領域でドイツ語から英語に翻訳された言葉です(注2)。アダム・スミスは、「compassion」(同情)を含めどのようなパッション(激しい感情)でも、他者の感情を共有すること「fellow-feeling」を表す広い言葉として「sympathy」を用いています(注3)。
 しかし、現在の英語表現でいう「sympathy」「empathy」「compassion」にはニュアンスの違いがあるようです。同じ体験の有無でいえば、自分と同じ体験をした他者の感情を共有することを「empathy」、自分は同じ体験をしていないが想像で他者の感情を理解することを「sympathy」と表現することが一般的です。あるいは、「empathy」は相手の立場で感情を共有する “I feel with you.” なのに対し、「sympathy」は自分の立場から感情を理解する “I feel for you.” であると言われます。同情としての表現として用いるときに同情に関する感覚の強さでいえば、体験の有無からして「sympathy」よりも「empathy」の方が強い同情を表し、「empathy」(同情の共有)よりも「compassion」(献身的行動まで引き起こす同情)の方が強い感覚の同情を表すと理解されています(注4)。

(注1)Smith, A. (1759 [2002]), The Theory of Moral Sentiments, ed. by Knud Haakonssen, Cambridge: Cambridge University Press, eBook Academic Collection (EBSCOhost) –Worldwide の第1部第1編第1章「共感について」(Of Sympathy)の冒頭の英文 “How selfish soever man may be supposed, there are evidently some principles in his nature, which interest him in the fortune of others, and render their happiness necessary to him, though he derives nothing from it except the pleasure of seeing it.”(p.11)を、水田洋訳(1973)『道徳感情論』筑摩書房および高哲男訳(2013)『道徳感情論』講談社(学術文庫)を参考に、私なりに訳出しています。
(注2)詳しくは、次回以降に述べます。
(注3)このときのパッションは、喜怒哀楽に関係する激しい感情のいずれも考えられています。また、アダム・スミスの原文は次の通りですので、皆さんも皆さんなりに翻訳をしてみてください。“Pity and compassion are words appropriated to signify our fellow-feeling with the sorrow of others. Sympathy, though its meaning was, perhaps, originally the same, may now, however, without much impropriety, be made use of to denote our fellow-feeling with any passion whatever.” ( Smith, A. 1759 [2002], p.13)
(注4)次のURL(2021.8.10最終アクセス)を参照ください。
https://www.dictionary.com/e/empathy-vs-sympathy/
https://eednew.com/esl/difference-between-sympathy-empathy-compassion/
https://www.youtube.com/watch?v=uwyu0hx6wFo&t=42s
ただし、Merriam-Webster’s Dictionary of Synonyms(1984, p. 809)では、 “Empathy, of all the terms here discussed, has least emotional content;” とあり、「empathy」は同義語の中で感情的な内容が最も少ないと記述されています。これは、心理学用語としての「empathy」を含意していると理解できるでしょう。

(執筆:横山彰)