私の忠犬ハチ物語
渋谷駅前のハチ公像は外国人の写真スポットとなっているが、今年は秋田県大館市に生まれたハチの生誕百年である。飼い主の上野英三郎博士(東大教授)は我が国の農地の灌漑排水や区画整理など土地改良技術の始祖で、ハチは秋田県庁の教え子から贈られた純粋種の秋田犬だった。子供のいない先生夫妻はわが子のように可愛がったが1年半後に先生は急逝した。
先生の自宅は渋谷駅と農学部のあった駒場の中間にあり、講義には駒場に向かい、出張には駅に行く。先生死後にハチは長期出張と考え10年間駅に通い続けた。焼き鳥欲しさではない。夜行列車で朝に駅に着くために店が開く夕刻でなく朝から待ち、死因も串ではなく癌である。
先生の学科出身の私は、10年前、東大本郷キャンパスに上野博士とハチが一緒にいる銅像を造る事業の手伝いを頼まれた。発案は、東大文学部哲学研究室で動物と人間との関係を研究テーマにする一ノ瀬正樹教授である。ハチだけが渋谷駅に鎮座し、先生の胸像は学科の入り口にポツンと置かれていて、学生が胸像を担いで渋谷まで行き、ハチと対面したこともあった(現在、胸像は資料館にハチの臓器と一緒に陳列)。
寄付集めは同窓生以外に、獣医学関係者に協力を求めたが意外にも冷淡だったが、関連団体の会報に紹介文を載せてもらった。最後には土地改良事業関係の計画・設計会社に頼んで1000万円近くを集めた。ハチジュウ(80)年目の命日、2015年3月9日に除幕式が挙行された。500人余りの人だかりには、見事な体形の秋田犬とデビ夫人もいた。
大型犬は人に飛びついて転倒しないように訓練するとも囁かれ、それでは訓練失敗例の像になってしまう。たが、一ノ瀬教授は「犬は人間より道徳的に高潔である」と言う。忠人○○公と呼ばれるのは難しい。
(参考文献)ご興味のある方は、「一ノ瀬正樹・正木春彦編(2015)、東大ハチ物語、(一社)東京大学出版会」をご一読願います。
(執筆:元杉昭男)