日々是総合政策No.287

再考:純資産税(10)-潜在的長所

 今回は、純資産税の長所を資産所得税や相続税と比較しながら考えます。ご存じのように、米国では超富裕層への富の著しい集中が生じています。2019年の純資産保有家計を保有額の多い順に並べたとき、その最上位1%の超富裕層が、全米家計の純資産の41%を保有しています(本コラムNo.263より。)。
 このような超富裕層への資産集中の是正を税制で図るとします。この場合、純資産税には以下の長所があります。
 第一に、累進的な純資産税は資産保有自体の格差を課税前より縮小します。他方、キャピタルゲイン税などの資産所得税は、資産自体ではなく資産の生み出す収益に課税するので、累進的タイプであっても、資産所得の格差を是正するだけです。また、相続税の課税対象は相続資産ですから、自らの起業(創業)によって蓄積した資産などには課税できません。
 第二に、純資産税は資産格差の是正を素早く行います(注、p.500より)。他方、キャピタルゲイン税や相続税は課税に長い時間を要します。キャピタルゲイン税は、株式等の資産の売却額から購入額を差引いた額に課税するので、資産の売却を待たなければなりません。もちろん、相続税は超富裕層の死亡が課税の条件です。
 しかし、上記の純資産税の長所は「潜在的」なものに過ぎません。その実現には、少なくとも以下が必要不可欠です。
 第一に、納税単位-個人あるいは夫婦・世帯など―ごとに、その保有資産をもれなく捕捉できる徴税システム。これはマイナンバーによる公金受取口座の紐付けで済む問題ではありません。少なくとも、各銀行口座の預貯金、各特定口座の金融資産、及び別荘を含む不動産の納税単位別紐付けが必要です。
 第二に、超富裕層による課税資産から課税優遇資産への振替えを防ぐ措置。そのためには、課税対象を広くして、非課税扱いなどの課税優遇資産を少なくすべきです。しかし、これまでの純資産税採用国は、価値評価の困難さや産業保護の理由から、非上場株・農地などを課税優遇扱いにしてきました。この事実をふまえた対策が求められます。
 第三に、純資産税を採用していない国々や、いわゆるタックスヘイブン(租税回避地)への資産移転を防ぐ国際的なシステム。


Summers, A. (2021), Ways of taxing wealth: alternatives and interactions. Fiscal Studies, 42, 485–508.

  (執筆:馬場 義久)