社会保障の財政安定化と予防医療(上)
日本では、社会保障の財政安定化は、重要な政策課題になっています。社会保障の中核は年金、医療、介護の社会保険であり、これらの給付費は、主に高齢化に伴って増加しています(表1)。
注)1990年の介護は、福祉その他に含まれており、2000年の介護保険制度の導入以降、これは個別の項目として表示される。福祉その他は、主に生活保護、児童福祉、障がい者福祉を指している。
出所)国立社会保障・人口問題研究所(2021)「社会保障統計資料」https://www.ipss.go.jp/ss-cost/j/fsss-R01/R01.pdf(2022年10月10日最終確認)、内閣府(2021)「高齢化の現状」https://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2020/html/zenbun/s1_1_1.html(2022年10月10日最終確認)より作成。
基本財源は、社会保険料と公費(国と地方自治体の財政負担)ですが、経済の低成長と財政赤字の長期化により、財源の安定確保が次第に困難になっています。不足財源の一部は、公債発行収入に依存しており、公債残高の対GDP比が大きく上昇しています(注1)。
こうした課題について、様々な対策が検討・実行されています。具体的には、社会保険料率と消費税率、医療と介護の自己負担率それぞれの引き上げがあげられます(注2)。また、診療報酬と介護報酬の増加率の抑制や薬価基準の引き下げの他に、年金の受給開始年齢の引き上げが行われています。
負担の増加と給付の抑制が基本的方向になっていますが、人口動向や疾病構造の変化を踏まえた議論が必要になっています。人口動向については、周知のように、少子高齢化が進行する中で、総人口が減少しています。課題の一つは、主な負担者としての労働者、特に若年労働者が減少する一方、健康リスクのある高年齢の労働者が増加することにあります。健康リスクは、血圧・血糖値の上昇、肥満、喫煙・飲酒習慣、運動・睡眠不足、ストレスを指しており、広義には既往症が含まれます。
これは、年齢や性別、体質により個人差があるとされますが、加齢に伴う疾病、とりわけ生活習慣病の一因にもなっています。生活習慣病は、悪性新生物、心臓疾患、脳血管疾患、糖尿病、高血圧性疾患等を指しており、疾病構造の変化は、これらの患者が増加していることにあります。
予防医療の目的は、本来、健康リスクの低減や発症・重症化の抑制により、各人の心身の健康あるいは生活の質(QOL)を長期的に維持することです(注3)。これは、社会保障の負担と給付の議論には直接関係しないとはいえ、次の3つにつなげる施策として重要と考えられます。第1は労働生産性の維持・向上、第2は労働者の長期就労、第3は医療費増加率の抑制です。第1と第2は、限られた労働力の中で経済成長を維持しながら、社会保障の負担者を確保する要件の一つにもなりえます。
次回は、具体的方法を整理して、今後の方向を展望します。
(注1)公債残高(国債と地方債の発行残高)の対GDP比は、2019年には約200%になっており、他の先進国と比べ突出しています。なお、公費は、社会福祉関係の基本財源でもあるため、財源の安定確保と財政の健全化を同時に進めることが、現代の重要課題になっています
(注2)消費税率の引き上げにより財源を確保して、主に年金と医療、介護に配分する施策として、「社会保障と税の一体改革」が進められています。これを基本に、給付費の増加と少子高齢化(労働力人口の減少)がさらに進む2040年を見据えた施策として、「全世代型社会保障改革」が唱えられています。2040年の高齢化率は35.3%、社会保障給付費は、少なくとも188.2兆円になると推計されています(内訳は、年金が73.2兆円、医療が66.7兆円、介護が25.8兆円、福祉その他が22.5兆円)。厚生労働省(2021)「全世代型社会保障改革について」https://www.mhlw.go.jp/content/12602000/000727508.pdf(2022年10月10日最終確認)。
(注3)予防医療は、健康寿命の延伸において有用とされます。これは、2000年にWHO(世界保健機関)が提唱した概念とされ、「健康上の理由により日常生活が制限されることなく、自立した生活ができる期間」を指しています。日本では、2019年における男性の健康寿命が72.68歳、平均寿命が81.41歳(8.73歳の差)であり、女性はそれぞれ75.38歳、87.45歳(12.07歳の差)になっています。健康寿命を延ばしながら、こうした年齢差を縮めることは、各人のQOLに限らず、経済・社会全体にとって有益とされます。
(執筆:安部雅仁)