日々是総合政策No.255

ウクライナ問題(1)

 2014年3月15日の国際連合安全保障理事会(国連安保理)において、翌3月16日実施の「クリミア自治共和国とセヴァストポリ市のロシア併合に関する住民投票」結果を無効とし、ウクライナの「主権、独立、統合、領土保全」を再確認するという決議案が否決された。理事会構成国15か国(常任5、非常任10)のうち、13か国が賛成、ロシアが反対、中国は棄権した。常任理事国であるロシアの拒否権発動によって、決議案が否決された(注)。
 安保理決議案は、国連総会での決議案とは違って法的拘束力を持つため、可決については厳しい条件がある。第1に、5つの常任理事国(中、仏、独、露、米)のうちの1国でも反対したら成立しない。つまり、どの常任理事国も拒否権(veto)を持つ。第2に、9か国以上の賛成が必要である。15か国中の9か国の賛成、つまり最低でも6割の賛成を必要とする。単純多数決の過半数(15の場合は8以上)と比べ、より厳しい条件を課している。
 なお、常任理事国の5か国はいつも変わらず、非常任理事国の10か国は任期が2年で、毎年半数の5か国が入れ替わる。再選できないので、非常任理事国になっても2年後には必ず外れる。日本は過去11回選ばれ、最新は2016~2017年の2年間。2022年の非常任理事国選挙に立候補し、選ばれれば2023~2024年の2年間その座に就く。 
 安保理では否決されたものの、2014·年3月27日の国連総会では、47か国共同提案の「住民投票の無効とウクライナの領土保全を支持する」決議案が採択された。加盟193か国のうち賛成は100か国。ただし、安保理決議とは違って法的拘束力はない。反対は、アルメニア、ベラルーシ、ボリビア、キューバ、北朝鮮、ニカラグア、ロシア、スーダン、シリア、ベネズエラ、ジンバブエの11か国で、中国、インド、ベトナム、モンゴル、パキスタン、南アフリカ、南スーダンなど58か国が棄権し、コンゴ、イラン、イスラエルなど24か国が無投票であった。
 ここでは、反対した国以上に、棄権した国や無投票の国の名前を記憶してほしい。棄権や無投票の背後にはどのような国際関係があるかを知るために。

(注)決議内容と投票結果は、以下の国連ニュースに基づく。
https://news.un.org/en/story/2014/03/464002-un-security-council-action-crimea-referendum-blocked(安保理決議内容)
https://digitallibrary.un.org/record/767565(国連総会投票結果)
・URLへのアクセスはすべて2022年3月20日

(執筆:谷口洋志)

日々是総合政策No.254

家事労働を考える(4)-男女分担の改善策

 今回は家事労働の男女分担の改善策を考えましょう。下の表は本コラムNo. 251で紹介した表から日本の部分を抽出したものです。結婚や子供の有無を区別しない15~64歳の男女全体が対象です。無償労働の中心は家事労働(育児・介護等を含む)です。有償労働はおおむね市場労働を指し通勤時間を含みます。時間の測り方は一週間の曜日ごとの平均の和(月曜の平均+・・・+日曜の平均)を7で割った、週全体平均の一日あたり時間です。日曜を含むことに留意しましょう。男女比=女性の時間÷男性の時間です。

労働の男女分担(日本) 分
(出所)注1より。原資料はOECD][2020] Balancing paid work, unpaid work and leisure.

 男性と女性の総労働時間はおおむね等しく490分台となっています。ところが男性の有償労働(以下、労働と記す)の長さと無償労働(以下、家事と記す)の短さが目立ちます。また労働の男女比-女性の低さ-も気になります。
 そこで男性の労働を減らして家事を増やし、それにより女性の家事を減らし、女性の労働を増やすという方策が考えられます。
 しかし、この方策は家計の収入を減らす可能性があります。それは男女間の賃金ギャップが存在するからです。注2によると、日本女性の賃金は男性の賃金を100とすると、77.5%に過ぎません(男女ともフルタイマーの賃金)。つまり、賃金ギャップが22.5%です。この値は、男性賃金の中央値と女性賃金の中央値の差です。中央値はデータ(賃金)を高い順番に並べたとき、ちょうど真ん中に位置する値です。日本の22.5%はOECD諸国の3位です。ちなみに1位は韓国で31.5%、OECD平均は11.6%です。
 さて、以上から、男性の時間当り賃金X円>女性の時間当り賃金Y円が成立ちます。ここで男性が家事を増やすため1時間労働を減らすと収入がX円減り、女性が家事を減らして1時間労働を増やし収入がY円増加しても、家計の収入は(X-Y)円減ってしまいます。
 そこで、賃金収入を減らすことなく労働時間を削減して、家事の男女分担を改善する意欲を高めることが重要です。たとえば、テレワークや業務情報のデジタル化の推進が考えられます。とくに、テレワークは通勤時間を減らしつつ、対面方式での会議や取引を減らす効果があります。


1.内閣府男女共同参画局URL 
https://www.gender.go.jp/about_danjo/whitepaper/r02/zentai/html/column/clm_01.html 図表1[CSV形式:2KB]より。
2.OECD URL
https://data.oecd.org/earnwage/gender-wage-gap.htm

(執筆:馬場義久)

日々是総合政策No.253

大攘夷論始末―朋有遠方より来るー

 本コラムNO.249では、「開国して西洋列強から技術を吸収し、殖産興業と富国強兵により力を蓄えた後に攘夷を実行する」とする大攘夷論が鎖国か開国かで騒然とする幕末の政策的収斂に寄与したと論じ、日本人は実現までは現在の我慢が必要になる思考を好むとした。コラムを読んでくれた友人からメールが届いた。曰く、「後の為に、今は我慢と、何度も我々は高校時代以来やって来たな。それで現在があるのだが、残り僅かな人生を思うと、もう我慢はいいな」と。
 国家政策を論じたつもりが、友人は日々の個人的心情に置換えた。不意に30年前に読んだ本の一節を思い出した(注)。論語には、国家の政策・制度と個人の道徳・心情という二重性が言葉に込められているという。「朋有遠方より来る、亦楽しからずや」(学而第一 1)は、「親しい友人が遠くからやってきて、語らうなどは楽しいではないか」という個人的心情にも読めるが、「遠方の小国家が同盟しようとやって来た。良いこと、うれしいことではないか。」といった国家政策とも読める。古代アジアで活躍した孔子の言葉の特徴とされる。
 経済の世界では、家計や企業のミクロ的経済行動を単純に合成しても、必ずしも国の経済にマクロ的な合理性をもたらさない(合成の誤謬)とされる。政治の世界では、古代アジアなら一人の国王の二重読みで済むが、民主主義国では個々の国民の意思が政治的意思決定の手法により国家の意思・政策になる。国家が国民的支持を得て他国との戦争を決意するとしよう。合成の誤謬もなく、問題があるとすれば意思決定手法にある。しかし、個人の心の中で意思が決まるまで日常の心情と戦争遂行の間で葛藤があり、子供たちのために命を掛けても戦うとかあの政治家の言葉を信じようとかいった心理的合理化があったに違いない。政策決定は常に個人の心情を紡いで国家的意思に辿り着く。その過程の緊張感を伴う思索の結実である。
 大攘夷論の二重読みに触れて立ち止まり考え込む。友人は言う。「コロナ騒ぎで、残り人生の2年分を無駄にした。来年は早くコロナ騒ぎが収束して、あちこち色々行ってみたいものだ。」
 朋有遠方より来る。亦た楽しからずや。

(注)吉本隆明「良寛」、(株)春秋社、1992 年2 月

(執筆:元杉昭男)

日々是総合政策No.252

地方創生の決め手か? 子育て優遇政策

 人口減少が経済停滞の一因になっています。国勢調査によれば、2005年から2020年にかけて、全国の人口は1,541,426人減っています(注1)。都道府県別では、東京都、沖縄県、神奈川県、埼玉県、千葉県、愛知県、滋賀県、福岡県、大阪府だけが増加していますが、その他、秋田県、青森県、岩手県、高知県などすべての地域で減少しています(注2)。この中で、千葉県・流山市の人口は、152,673人から199,849人へと30.9%増加、東京都の増加率11.8%を上回っています(注3)。 
 都心から近い緑のまち流山市の活性化が、2005年のつくばエクスプレス(TX)の開通に促進されたことは否定できません。しかし、それにもまして、共働き子育て夫婦に焦点を当てた優遇政策をはじめとして、市民の安心感を誘う健全で効率的な行財政、市民の参加とコミュニティを重視するさまざまな政策(注4)が実っています。     
 たとえば、子育てに関して、子ども家庭総合支援拠点や子育て世代包括支援センターの
 設置など子どもを生みやすい環境づくり、次いで保育園の増設、病児・病後児保育、駅前送迎保育ステーションの設置、そして学童クラブや相談体制の拡充のように子どもの成長に沿った政策が実施されています。行財政は、少ないスタッフ数やマーケット課の設立など強い経営意識の下で遂行されています。この効率的な自治体経営を可能にしているのが、自治会を奨励、市民活動推進センターを設立しながら市民・民間団体との協業を実践する地域社会づくりです。        
 これらの政策が人の流れを変えつつあるように思われます。東京都の県外移動状況を見てみますと、2005年の転入者数が438,087人、転出者数351,525人であったのが、2020年に転入者数が401,168人に減少する一方、転出者数は362,794人に増加しています(注5)。内閣府のアンケート調査によれば、東京在住者の4割が地方への移住を望む中で、10~30代の女性は結婚・子育てを主なきっかけにしています(注6)。共働き子育て夫婦を主対象とした構想と実施計画をオープンにした上で、市民の参加を促す流山市の政策スタンスが参考にされる機会が増えそうです。

(注1)2005年と2020年の人数は各年の10月1日を基準にしています。総務省統計局「令和2年国勢調査」(https://www.stat.go.jp/data/ kokusei/2020/kekka/pdf/outline.pdf
(注2)総務省統計局「令和2年国勢調査」及び「平成17年国勢調査」(https://www.
e-stat. go.jp/stat-search/files?page=1&toukei=00200521&tstat=000001007251

より計算。
(注3)千葉県「千葉県統計年鑑(平成17年)」(https://www.pref.chiba.Ig.jp/toukei/ toukeidata/nenkan/nenkan-h17/index.htmI) 及び流山市「流山市の常住人口」
 (https://www.city.nagareyama.chiba.jp/information/1008422/1008423/1008457.html
(注4)流山市総合政策部企画政策課「流山市総合計画 基本構想・基本計画」
 (https://www.city.nagareyama.chiba.jp/res/projects/default_project/_page/001/0 07/327/sougoukeikaku.pdf)及び「流山市総合計画 実施計画(令和2年度版)」  (https://www.city.nagareyama.chiba.jp/res/projects/default_project/_page/001/007/327/r2jissikeikaku.pdf
(注5)東京都「東京都住民基本台帳人口移動報告令和2年」(https://www.toukei. 
metro.tokyo.Ig.jp/jidou/2020/ji-data2.htm

(注6)内閣府「「東京在住者の今後の移住に関する意向調査」の結果概要について」
https://www.chisou.go.jp/sousei/meeting/souseikaigi/h26-09-19-siryou2.pdf
注のURLの最終アクセスはいずれも2022年1月23日。

(執筆:岸真清)

 

日々是総合政策No.251

家事労働を考える(3)-国際比較

 今回は、日本の家事労働時間・市場労働時間の国際的に見た特徴を紹介します。下の表は、15歳から64歳の男女について、有償労働時間と無償労働時間を比較したものです。有償労働は市場労働(仕事)を中心として通勤・通学などを含み、無償労働は日常の家事・買い物・世帯員及び非世帯員のケア・ボランティアなどからなります。ケアを含む家事労働と考えてよいでしょう。
 時間は、本コラムNo.248 と同じく一週間の曜日ごとの平均の和(月曜の平均+・・・+日曜の平均)を7で割った、週全体平均の一日あたり時間です。

表  生活時間の国際比較2020年 週全体平均 一日当り(分)
(出所)注1より。原資料はOECD[2020] Balancing paid work, unpaid work and leisure.

 以下の点が注目されます。
 第一に、男女とも日本の総労働時間(有償労働+無償労働)が一番長いことです。日本の男女は、きわめて忙しい日々を過ごしています。
 第二に、日本の女性の有償労働時間がスウェーデンの女性並みとなっています。スウェーデンは女性の労働参加率の高い国として有名です。同国は1960年代から1980年代末まで、女性の地方公務員を増やす政策を採り続けました(以下、注2より)。その間、民間の雇用数は男女とも増加していません。このような思いきった政策をとったスウェーデンと日本が、有償労働時間の点で並んだわけです。ただ、同国が女性公務員に対して、60年代からの主にパートタイマーを雇う方式から、80年代にはパートタイマーを一定数確保しつつ、フルタイマーを増やす政策に転じたことにも留意すべきです。
 第三に、日本の男性の有償労働時間が突出して長く、逆に、無償労働の短さが目につきます。他国に比べ、男性の労働時間の配分が有償労働に片寄っているわけです。
 第四に、無償労働の男女分担比を求めると、日本女性は男性の5.5倍、米国は1.7倍、英国は1.8倍、ドイツは1.6倍、フランスは1.7倍、スウェーデンは1.3倍となり、この点でも日本は最高です。
 以上、日本の男女の有償労働時間が長いことをふまえると、労働生産性の上昇が家事労働の男女間配分の改善にとっても重要な課題でしょう。


1.内閣府男女共同参画局URL  
https://www.gender.go.jp/about_danjo/whitepaper/r02/zentai/html/column/clm_01.html 図表1[CSV形式:2KB]より。
2.Rosen,Sherwin[1997] ”Public Employment,Taxes and the Welfare State in Sweden”in The Welfare State in Transition,by(eds.) R.B.Freeman,R.Topel and B.Swendenborg, The University of Chicago Press,pp.84-85.

(執筆:馬場義久)

日々是総合政策No.250

2022年元旦

 新年明けまして、おめでとうございます。

 新型コロナウイルス感染症の心配が地球規模で続く中、2度目の新年を迎えました。日本では、昨年に実施されたワクチン接種の進展とともに、昨夏に比べ昨年末には新規感染者数が激減し、重症化リスクも低下しています。また、従来型よりも感染力の強いオミクロン株の感染拡大が、現時点では欧米諸国に比べ相当に抑制されています。さらには、3回目のワクチン接種も始まっています。
 この日本の現状について、皆さんは、どう思いますか。読売新聞が2021年12月3~5日に実施した電話全国世論調査では、岸田内閣について「支持する」62%、「支持しない」22%で、年末年始の旅行や帰省については「感染防止策を徹底していれば問題ない」48%、「感染が拡大する恐れがあるので自粛すべきだ」49%でした(注1)。皆さんは、今年のお正月をどのように過ごされていますか。
 日本のコロナ感染対応についてどう評価するかは、評価の対象と評価する主体と評価する基準で異なります。評価対象が、感染状況(新規感染者数・重症者数・死者数及び人口1千人あたりの各人数など)や経済状況(国内総生産・売上高・失業者数・倒産数・消費支出など)といったコロナの感染やその影響の結果を表す諸変数のいずれの数値なのか(注2)、コロナ感染に対して政府(国・地方政府[都道府県・市町村])が実施する諸対策(封鎖対策・経済対策・医療対策など)のいずれの対策なのかで、評価主体・評価基準が同じでもコロナ感染対応の評価は異なります。他方、評価主体が政府なのか民間主体なのか、研究機関なのか非研究機関なのか、利害関係者なのか中立な第三者なのかなどで、つまり評価主体が誰かで、評価対象・評価基準が同じでもコロナ感染対応の評価は異なるでしょう。
 政府関係者は、またテレビ・新聞などで発言している民間言論人は、いかなる評価対象に関して、どのような評価基準に基づいて、自らの意見を述べているのでしょうか。あるいは、その意見は、特定の評価主体の意見を基に、述べられているのでしょうか。
 皆さんには、評価対象・評価主体・評価基準の3つの窓から、コロナ感染対応の評価を考えていただきたいと思います。

(注1)この詳しい調査方法などは、読売新聞オンライン(2021年12月6日、https://www.yomiuri.co.jp/election/yoron-chosa/20211205-OYT1T50116/ )を参照のこと。ただし、別メディアの世論調査では、岸田内閣を「支持する」66.4%、「支持しない」26.2%で、「年末年始に『帰省も旅行もしない』と答えた人は79.5%」でした(FNNプライムオンライン2021年12月20日、https://www.fnn.jp/articles/-/287920)。
(注2)NHK「特設サイト新型コロナウイルス」の「データで見る」を参照のこと(https://www3.nhk.or.jp/news/special/coronavirus/data-widget/#mokuji0)。
上記のURLの最終閲覧は、2021年12月30日。

(執筆:横山彰)

日々是総合政策No.249

大攘夷論

 NHK大河ドラマ「青天を衝け」では、尊皇攘夷を信奉していた渋澤栄一が、幕府に次いで明治新政府に雇われ、明治の産業界で活躍する姿は分かりにくい。幕末の幕府・諸藩の武士や識者は世界情勢、特にアヘン戦争の結果を知って、西欧諸国の圧倒的軍事力に恐れを抱いていた。橋爪大三郎氏によれば、当時の人々にとって、攘夷と開国は実は枝葉で、根本は日本が多くの国のように植民地化されずに戦争(攘夷)を覚悟してでも独立を全うできるかであったという。日米和親条約による開国でアメリカが日本を独立国として認め保障したので実現した。しかも、アメリカは独立戦争によりイギリスの植民地から独立したので、ヨーロッパ列強と異なり、海外に植民地を持たないという公然の政策を持っていることも日本側が知っていた可能性があるという(注)。
 幕末には、日本民族の正統な支配者を朝廷とする尊王論と、中華思想に基づいた夷狄(外国)を排撃する攘夷論が結びついた尊王攘夷論が勃興した。尊皇論は元々幕府も薩長も会津も尊皇なので思想的対立軸ではないが、極端な日本の美化と外国に対する卑下を背景に外国人殺傷・外国船砲撃・外国施設の焼き打ちなどを主張する攘夷論を激化させる役割を果たした。しかし、薩英戦争や馬関戦争で西洋列強に屈し、「開国して西洋列強から技術を吸収し、殖産興業と富国強兵により力を蓄えた後に攘夷を実行する」 という「大攘夷論」が大勢を占めるようになり、明治維新を迎える。経済的対立よりも純粋な政治対立だったから、理の通った論調が大切であって、渋澤栄一的転身もあった。
 大攘夷論は、攘夷と開国という二者択一の矛盾を、「攘夷のための開国」という形で一段高い次元で対立を解消する。攘夷の実現に関する「現在と将来の異時点間の政策選択」の問題であるが、実現までは現在の我慢が必要になるから政治的合意形成が不可欠である。日本人はこうした思考を好み、歴史的に文化・政治・経済・社会に影響しているかもしれない。コロナ禍の中でロックダウンに反発する欧米の市民デモを目の当たりにして考え込んでしまった。
 と、市井の俄か歴史家の空想は尽きない。

(注)橋爪大三郎・大澤真幸「げんきな日本論」、講談社現代新書、2016 年 11 月

(執筆:元杉昭男)

日々是総合政策No.248

家事労働を考える(2)

 今回は日本の家事労働の基本的な実態を紹介します。表1は家事関連時間の推移を10歳以上の男女別について示します。家事関連時間とは、家事(炊事・清掃など)、介護、看護、育児、買い物に要した一日当り時間を指します。時間は、一週間の曜日ごとの平均の和(月曜の平均+・・・+日曜の平均)を7で割った値です。家事関連を全く行わない人も含まれています(以下、すべて同じ算出法)。

表1 家事関連時間の推移(時間.分)
(出所)注4頁 表2-1より。

 2016年には男性が44分に対し女性は3時間28分であり、男性は女性より2時間44分短いわけです。1996年の男女差3時間10分より縮まっていますが、依然として男女差は大きいのが現状です。
 次に表2は、10歳以上の個人から、末子に6歳未満の子を持つ夫と妻を抽出したケースを示します。こちらの男女差もまだ大きいですね。しかも、表1に比べると妻の家事労働の長さが目立ち、この点が表1より男女差を大きくしています。ちなみに2016年に妻は、育児を3時間45分行っています(注11頁表4-3より)。

表2 6歳未満の子を持つ夫妻の家事関連時間(時間.分)
(出所)注11頁 表4-3より抽出。

 また、表2と同じ夫妻の市場労働時間を見ると、2016年に夫は職場で7時間43分働き、妻は2時間10分働いています(注34頁4-1表と36頁4-2表より)。よって、市場労働と家事関連時間の合計である総労働時間は、夫が9時間6分、妻が9時間44分となります。夫婦ともに長時間労働です。この点を踏まえて、子育て夫婦の家事労働における男女差の縮小策を検討することが重要でしょう。


総務省統計局URL 『総務省 平成 28 年社会生活基本調査-生活時間に関する結果-』
https://www.stat.go.jp/data/shakai/2016/pdf/gaiyou2.pdf

(執筆:馬場義久)

日々是総合政策No.247

経済成長をもたらすコミュニティビジネス活性化

 首相所信表明において、成長と分配を軸とした「新しい資本主義」が取り上げられました。地域の活性化を重視する「デジタル田園都市国家構想」の下で、イノベーションやスタートアップ企業の成長を促進するシステムの構築が目指されています。他方、分配に関しては、看護・介護、保育・幼児教育担当者の給与引き上げ、また赤字にもかかわらず賃上げを実施する中小企業に対して補助率が高められようとしています。  
 政策の主な対象にされているのは、持続的な社会の礎、コミュニティビジネスです(注1)。コミュニティビジネスは共助社会の推進者ですが、中小企業・小規模事業、ベンチャービジネス、それにソーシャルビジネス(医療・介護、教育、環境関連事業)が含まれます。生産活動は、コミュニティビジネスと市場経済の推進者である産業ビジネス(大企業・中堅企業)に担われていると考えられます。経済発展に伴って生産量が次第に増加していく中で、ビジネスの2つのタイプの発展経路を、次のようにイメージできるのではないでしょうか(注2)。
 生産活動開始期⇒収穫逓増期⇒弱い収穫逓減期⇒強い収穫逓減期⇒金融投機活動期
 この経路の中で、コミュニティビジネスは、生産活動開始期から弱い収穫逓減期までの期間、産業ビジネスは弱い収穫逓減期(一時的に収獲逓増現象が生じることもありますが)から金融投機活動期までが、それぞれの主な活動期間であると考えられます。金融投機活動期に至る頃には生産活動から得られる収益率が低下、それをカバーする金融商品への投機が増加、金融資産が肥大化します。しかも資金を負債に頼るレバレッジが高まり、バブルを醸成・崩壊することになります。そこで、この段階に至る前に、有望なコミュニティビジネスに資金を振り向ける政策が望まれることになります。       
 資金を仲介するのが、政府、地方自治体、地方銀行、協同組織金融機関(信用金庫、農業協同組合など)、NPO・NPOバンク、それに市民直接参加型のコミュニティファンドなどです。しかし、「田園都市国家構想」や「生涯活躍のまち構想」が十分な成果を収めることができなかった苦い経験を克服すべく、計画時点から地域の住民・市民の参加を促し意思を反映する政策プロセスの確立が急務になっています。

(注1)企業や家計の行動を重視するRomarやLucasの内生的成長論の意図を、さらに地域の制度・社会組織の視点から強調するのがVázquez-Barqueroです。すなわち、市民と企業のニーズの充足を重視、経済成長が多様な地域で生じ、多様な規模の企業が重要な役割を果たすはずである。また投資決定過程への市民の参加を通じて、市民の地域改革の意思と能力を活用する政策が採られることになると主張しています。Vázquez-Barquero,A.(2010)The New Forces of Development: Territorial Policy for Endogenous Development, Singapore: World Sciientific,pp.54-79を参照。
(注2)岸真清(2021)「地方創生の金融規制改革」岸真清・島和俊・浅野清彦・立原
繁『規制改革の未来 地方創生の経済政策』東海大学出版会、53-65ページをご覧下さい。

(執筆:岸 真清)

日々是総合政策No.246

対日本のデジタル化(1)

 今年9月にデジタル庁が発足し、日本でもようやくデジタル化が加速することが期待されている。しかし、現状のままでのデジタル化には多数の限界や重要な課題がある。
 そもそも、デジタル化が期待されるのは、コロナ禍でのデジタル対応の混乱と失敗がある。例えば、コロナ禍で経済活動が停止・短縮されたことによる収入激減に対し、一律の10万円給付を決めたものの、オンラインでの申請等ができずに、結局は郵送に頼らざるを得なかった。オンライン方式よりも、手書きでの郵送のほうが迅速に処理できたというのは、残念というより恥ずべきことだ。
 なぜなら、2001年に発表されたe-Japan戦略では「我が国が5年以内に世界最先端のIT国家となることを目指す」としていたし、2013年の世界最先端 IT 国家創造宣言では「世界最高水準のIT利活用社会の実現」を目指すとしていたからである。しかし、2021年の情報通信白書では「デジタルインフラ整備などの一部については世界的に見ても進んでいるものの、全体としては大幅に後れている」と書かれている。
 実際、スイスの経営大学院IMDの世界競争力センターが毎年発表するデジタル競争力ランキング(IMD World Competitiveness Center, World Digital Competitiveness Ranking, https://www.imd.org/centers/world-competitiveness-center/rankings/world-digital-competitiveness/)によると、世界64の国・地域での日本の順位は、2018年の22位から2019年の23位、2020年の27位、2021年の28位へと下がり続けている。
 ちなみに、2021年のトップ5は、米国、香港、スウェーデン、デンマーク、シンガポールである。また、台湾8位、韓国12位、中国15位、ドイツ18位で、日本はマレーシアの27位に次ぐ第28位である。この順位を見ると、日本のデジタル化はかなり遅れており、世界最先端どころかデジタル中進国ないしデジタル途上国としか言いようがない。日本にはいったい何が欠けているのだろうか。それをしばらく考えてみたい。

(執筆:谷口洋志)