日々是総合政策No.183

スウェーデンのコロナ禍対策(6)

 スウェーデンのコロナ禍による死亡者について新しいデータ(注1)が公表されましたので、今回はそれを紹介します。このデータは9月28日までの死亡者5826名についてのものです。なお、10月6日現在の死亡者は5892名(注2)です。同データは死亡者について年齢、コロナ以外の疾患、居住地、居住住宅、死亡場所などを明らかにしています。下の表1はその一部を筆者が抽出したものです。
 まず総数全体を男女別に見ると男性が女性を上回っています。次に年齢別では、5211名(総数の89.4%)が70歳以上で、2899名(49.4%)が85歳以上です。死亡者の大部分は高齢者です。
しかし、年齢別を男女別に見ると85歳以上では女性の方が多くなっています。表1では示していませんが、5歳刻みの年齢で男女間を比較すると84歳以下までは男性が多く、85歳以上から女性が多くなっています。ちなみに2019年のスウェーデンの男性の平均寿命は80.75歳、女性のそれは84.24歳です(注3)
 次の疾患の欄は感染時におけるコロナ以外の疾患数を示します。死亡者の58%が二つ以上の疾患を抱えていました。主な疾患は心臓病・高血圧・糖尿病・肺疾患です。一番多いのは高血圧です。

表1 死亡者の構成(人、%)
(出所)注1より筆者抽出。

 さらに死亡者の住居構成を見たのが居住の欄です。ホームヘルプ欄は自分自身の住宅で、ホームヘルプ(訪問介護・看護)を利用している高齢者を指します。
 特別住宅は、ホームヘルプ以上の介護サービスを必要とする高齢者の為の施設で、その入居対象は身体疾患等を抱え24時間ケアが必要な高齢者です(注4)。なお、注5によれば、2019年の特別住宅の入居高齢者は87000人です。
 つまり、全死亡者の46.2%が特別住宅という介護施設の入居者でした。表2がその死亡者の内訳を示します。「ストックフォルム」とはストックフォルム県にある特別住宅の死亡者を表します。同県は全スウェーデンの21県のうちの最大人口県で、日本での東京都に該当します。

表2  特別住宅居住の死亡者(人)
(出所)注1より。

 注5によれば2019年の特別住宅の20%は民営であり、2007年の15%より民営が増加しています。このような民営化傾向も踏まえて、高福祉国家の高齢者介護サービスの中心的施設で、なぜ多くの犠牲者が出たのか、その原因解明が求められます。


1.スウェーデン社会庁URL
https://www.socialstyrelsen.se/statistik-och-data/statistik/statistik-om-covid-19/statistik-over-antal-avlidna-i-covid-19/
2.スウェーデン公衆衛生庁URL
https://fohm.maps.arcgis.com/apps/opsdashboard/index.html#/68d4537bf2714e63b646c37f152f1392
3.スウェーデン国家中央統計局URL
https://www.scb.se/en/finding-statistics/statistics-by-subject-area/population/population-composition/population-statistics/pong/tables-and-graphs/yearly-statistics–the-whole-country/life-expectancy/
4.石橋未来[2016]「スウェーデンの介護政策と高齢者住宅」『大和総研調査季報』
Vol.21,154-169頁。
5.Socialstyrelsen[2020] Statistics on Elderly and Persons with Impairments – Management Form 2019.

URL いずれも最終アクセス 2020年10月9日。

(執筆:馬場 義久)

日々是総合政策No.182

パンデミックと会計

 「パンデミック(世界的大流行(注1)」)という言葉が、耳に新しいものではなくなりました。日本で最初にウイルスのパンデミックに関するSFを書いたのは小松左京氏『復活の日』(1964年)だと言われています。1980年には映画化もされています。この小説や映画の中では確かに「パンデミック」が扱われていますが、その現象が「パンデミック」という言葉で大々的に説明されているわけではありません 。(注2)
 前回、「企業のリスクマネジメント」で書かせていただいたように、上場企業は、有価証券報告書のなかで、「事業等のリスク」について記述することになっており、2004年3月末に終了する事業年度から義務付けられています。ここに「パンデミック」という言葉が出てきたのは、2006年3月期の有価証券報告書が最初です。
 当初の「事業等のリスク」では、投資者の判断に影響を与える可能性がある項目として感染症の「パンデミック」が挙げられている程度でした。しかし、2020年3月期の多くの企業の有価証券報告書では、パンデミックが発生した場合に起こりうることが事細かに想定されています。たとえば、消費市場が停滞して売上が減少する可能性、インバウンド需要が減少する可能性、物流停滞の可能性、国内小売店舗の閉鎖の可能性、従業員や顧客がり患した場合の販売活動の停滞の可能性、などなど。私たちはパンデミックを経験することで、どのような直接的・間接的ダメージがあるのかを身近なこととして具体的に想定できるスペックを手に入れました。それをどう生かしていけるのか、解決していけるのかが今後の課題です。
 アカウンタビリティ(Accountability)という言葉は、説明責任という意味で用いられますが、もとは会計(Accounting)から派生した用語です。企業会計は、利害関係者に対し、今回の新型コロナ感染症によって受けたダメージ、今後備えていく対策と方針について説明していく責任があります。

(注1)最近は、「感染爆発」という訳が多見されます。
(注2)『復活の日』(1964年)の中では、「世界的大流行」(ルビでパンデミー)という言葉が2回出て来るのみです。

(執筆:渡部美紀子)

日々是総合政策No.181

IMFの分析は日米の感染症対策の失敗を示唆する

 IMF(国際通貨基金)は、2020年10月13日公表予定の世界経済見通し(World Economic Outlook)のうち、新型コロナウイルス感染症対策を分析した第2章「大封鎖の経済的影響の解剖」を10月8日に公開した。
 第2章では、人の移動に関するGoogleのデータと、求人情報サイトIndeedの求人データを用いて、感染症流行の当初7か月間における経済・社会状況が分析される。取り上げる感染症データは89か国、移動データは128か国、求人データは22か国、地方レベルの感染症データは15か国373箇所、移動データは15か国422箇所に及ぶ。
 暫定的分析であるとはいえ、その本格的な分析は注目に値する。そこでは、以下のような重要な分析結果が示される。
 (1)強制的なロックダウン(封鎖)措置だけでなく、自発的なソーシャル・ディスタンシングも、経済と求人の縮小に大きく貢献した(2つはほぼ同等な負の経済的影響を及ぼす)。
 (2)ロックダウン措置の緩和によって経済が部分的に回復するものの、感染症リスクが終息するまでは完全な回復には至らない可能性が高い(自発的な自粛が残るので)。
 (3)移動に関するデータの分析から、ロックダウンは、女性と若年層の移動に対して、より強い影響を及ぼした。
 (4)女性の移動が強く落ち込んだのは、例えば学校閉鎖期における児童の世話や育児の負担が女性に集中したことを反映したものと考えられる。
 (5)外出自粛(stay-at-home)によって若年層の移動が他の年齢層より大きく落ち込んだ。若年層が労働所得に依存し、非正規労働に就くことが多いことを考慮すると、これは若年層と高年層の世代間格差を拡大させる可能性がある。
 (6)ロックダウンは、コロナ流行の初期に、十分に厳格に実施された場合には、感染症拡大をかなり抑制することができる。
 (7)ロックダウンは、短期的には経済を縮小させるものの、長期的にはウイルス拡大を封じ込め、ソーシャル・ディスタンシングの必要性を低下させることによって、より急速な回復を実現させることにより、経済全体にはプラスの影響を及ぼすであろう。
 上記のうち、(6)と(7)は、日米の感染症対策の失敗を示唆するものとして注目される。

(執筆:谷口洋志)

日々是総合政策No.180

欧州グリーンディールと欧州復興計画

 新型コロナウイルス感染症は、前回(No.171)にも述べましたように、全世界の社会と経済に甚大な影響を及ぼし、人々に「新たな日常」への転換を求めています。欧州もコロナ危機の対応を余儀なくされています。このコロナ感染が大きな社会問題となった2020年の前年末、すなわち2019年12月に、欧州委員会は新たな成長戦略として、次に定義されるような「欧州グリーンディール」(The European Green Deal)を策定しました(注1)。


 欧州グリーンディールは、・・・EUを、2050年に温室効果ガスの純排出がなく経済成長が資源の使用から切り離された、近代的で資源効率の高い競争的な経済をもった公正で繁栄した社会に変革することを目的とした新たな成長戦略である。


 この新たな成長戦略策定後に生じたコロナ危機に対処するため、欧州委員会は2020年5月に、EU(European Union:欧州連合)の予算総額1.85兆ユーロの欧州復興計画(the recovery plan for Europe)を提案しています。欧州復興計画では、EUが立ち直り、コロナ危機による被害を修復し、次世代のためにより良い未来を準備するためにグリーンとデジタルの対になった移行を加速させることの重要性が示されました。そして、欧州グリーンディールを最大限に活用するには、次世代EUが競争力のある持続可能性を推進することが不可欠であり、復興への公共投資は、環境と気候変動に「害を及ぼさない」というグリーン宣誓を尊重する必要があるとされています。とりわけ欧州委員会は、気候変動対策をさらに強化するため、2021-27年のEU長期予算について総支出の少なくとも25%が同期間の気候変動対策に充てられることを提案していますので、復興への公共投資もこの点が配慮されることになります(注2)。
 さらに、コロナ危機によって、欧州でもデジタル化の重要性が一層高まり、社会生活や経済生活の永続的かつ構造的な変化(更なるテレワーク、eラーニング、eコマース、電子政府)がもたらされ、国境を越えたデジタル公共サービスへの簡単で信頼できる安全なアクセスを可能にする広く受容されるe-ID(公共電子ID)が開発されるようになる点も、指摘されています(注3)。

(注1)European Commission, “The European Green Deal,” (Brussels, 11.12.2019 [COM(2019) 640 final]) p. 2
https://eur-lex.europa.eu/resource.html?uri=cellar:b828d165-1c22-11ea-8c1f-01aa75ed71a1.0002.02/DOC_1&format=PDF なお、経済成長と資源利用との切り離しは、環境分野では「デカップリング」といわれています。この点についての簡単な説明は、
https://www-cycle.nies.go.jp/magazine/mame/201608.htmlを参照ください。
(注2)European Commission, “The EU Budget Powering the Recovery Plan for Europe,” (Brussels, 27.5.2020 [COM(2020) 442 final])
https://eur-lex.europa.eu/resource.html?uri=cellar:4524c01c-a0e6-11ea-9d2d-01aa75ed71a1.0003.02/DOC_1&format=PDF,
European Commission, “Europe’s Moment: Repair and Prepare for the Next Generation,” (
Brussels, 27.5.2020 [COM(2020) 456 final])
https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/PDF/?uri=CELEX:52020DC0456&from=EN,
European Commission, “Supporting Climate Action through the EU Budget,”
https://ec.europa.eu/clima/policies/budget/mainstreaming_en を参照。
(注3)European Commission, “Europe’s Moment: Repair and Prepare for the Next Generation,” (Brussels, 27.5.2020 [COM(2020) 456 final]) p.8
https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/PDF/?uri=CELEX:52020DC0456&from=EN を参照。

上記のリンク先URLすべて、最終アクセス2020年10月5日。

(執筆:横山彰)

日々是総合政策No.179

企業のリスクマネジメント

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)によって、全世界は大変なダメージを受けています。このような現況を昨年度中に想像できた人はどのくらいいるでしょうか?
上場企業は、有価証券報告書のなかで、「事業等のリスク」について記述する義務があります。市場のリスクや信用上のリスク、経営管理上のリスクやその他企業を取り巻くリスクなど、想定しうるあらゆるリスクについて記載しなければなりません。
 2018年4月から2019年3月の間に決算を迎えた日本の上場企業の有価証券報告書の中で、「パンデミック」、「感染症」、「伝染病」、「新型インフルエンザ」をリスクとして記載した企業は、727社(eolにより筆者検索)であり、20%程度にとどまります。21世紀に入ってからだけでも、SARS(2003年)、新型インフルエンザA型(H1N1、2009年)、MERS(2012年)、エボラ出血熱(2014年)など、パンデミックと呼ばれる伝染病の感染爆発が世界的に発生しました。しかし、自社のリスクとしてこれを認識していた日本の上場企業は、2019年3月までの1年間では5分の1しかなかったことになります。この数値が2019年4月1日から2020年3月までの1年間では、80%以上に跳ね上がります。さらにリスク項目としては記載していないまでも、有価証券報告書のどこかにこれらの用語の記載のない企業はありませんでした。どの企業も何らかの影響を受けていることになります。各企業がどのようにこの危機に対処したかは、今後の有価証券報告書の記載から明らかになるでしょう。
 近年のリスクは、「事業戦略およびビジネス目標の達成に影響を与える不確実性(注1)」と定義されています。リスクマネジメントとは、想定されるリスクを事前に管理し、リスクの発生による損失をできるだけ回避することです。そのためには、まず、リスクを発見し、認識しなければなりません。今回のコロナ禍の経験を、何らかの発展に繋げ、社会をよりよくしていく経験値としていくために、企業、そして私たち個々人がしていくべきリスクマネジメントについて考え続けていく必要があります。

(執筆:渡部美紀子)

注1 米国COSO(The Committee of Sponsoring Organization of the Treadway Commission: トレッドウェイ委員会支援組織委員会)からERM(Enterprise Risk Management)フレームワークの改訂版が公表(2017.9.6)されており、その中で明示されている。

日々是総合政策No.178

新しい社会を構築するESG投資

 新型コロナウイルスに対処するESG投資がクローズアップされています。ESG投資とは、企業の売上高や収益だけでなく、Environment(環境)、Social(社会)、Governance(ガバナンス)に重きを置く投資のことです。
 Global Sustainable Investment Reviewによれば、全世界のESG投資は2016年の約23兆ドルから2018年の約31兆ドルへと目覚ましい伸長を見せています。そのうち、欧州、米国、日本の投資残高は、欧州が約14兆ドル、米国が約12兆ドル、日本が約2兆ドルに増加しています。また、全運用資産に占めるESG投資のシェアは、欧州48.8%、米国25.7%、日本18.3%になっています。2016年のシェアが、欧州52.6%、米国21.6%、日本3.4%であったことから、特に日本の伸長 が顕著です(注)。
 ESG投資は、2006年の国連における責任投資原則(PRI)の提唱、2015年のSDGs(持続可能な開発目標)の採択および気候変動対策を国際的に取り決めたパリ協定によって推進されてきました。同様に、長期投資に見込まれる安定した収益も主因になっています。ESG投資は主に環境整備事業を対象とするグリーンボンド、社会的な課題の解決を目指す事業を対象とするソーシャルボンドを主な資金調達手段にしてきました。しかし、現在では、これら両者を合せたサステナビリティボンドがESG投資を支える代表的な存在になっています。その伸長に与っているのが、医療体制の整備や企業の資金繰りの支援を目的にするコロナ債です。                                         日本においても、最近、民間金融機関や企業による新型ウイルス対応のコロナ債発行が目立ちます。さらに、「個人向けコロナ債」も発行される予定ですが、政府系金融機関や機関投資家がこれまで担ってきた資金の流れが多様化することを示唆しています。たとえば、感染性ワクチン開発を支援し健康的な生活の確保を目指すSDGsの政策目標(目標 (3)、ターゲット(b))が、ESG投資という政策手段を通じて、民間企業や市民など身近な政策主体によって実現が加速されることになります。ただし、その前提となるのが、公正・透明な市場を保証する国際協力の強化であることは言うまでもありません。

(注)Global Sustainable Investment Alliance, Global Sustainable Investment Review
2018
, gsi-alliance.org/wp-content/uploads/2019/03/GSIR_ Review 2018.3.28.pdf, pp.8-9,(2020.8.7アクセス)。

(岸 真清)

日々是総合政策No.177

ふるさと納税泉佐野市訴訟最高裁判決について(下):林景一裁判官「補足意見」への違和感

 林景一裁判官「補足意見」は、制度そのものに内在する本質的な問題点を指摘した宮崎裕子裁判長自身の「補足意見」の見解を和らげようとしているようにすら見えるのである。
 林裁判官「補足意見」が上告人泉佐野市への批判を判決本文以上に厳しく書いていることに、筆者の違和感の大きな原因がある。
 判決本文自体が、「このような本件不指定に至るまでの同市の返礼品の提供の態様は、社会通念上節度を欠いていたと評価されてもやむを得ない」と述べているのに、林裁判官補足意見はさらに加えて、「特に、同市が本件改正法の成立後にも返礼割合を高めて募集を加速したことには、眉をひそめざるを得ない。」とまで述べている。そして、その上で被告であった総務省、あるいは、その後ろにいる官邸に忖度するかのように、「新たな制度の下で、他の地方団体と同じスタートラインに立って更なる税収移転を追求することを許されるべきではないのではないか、あるいは、少なくとも、追求することを許される必要はないのではないかという感覚を抱くことは,それほど不当なものだとは思われない。それは、被上告人が他の地方団体との公平と呼ぶ観点と同種の問題意識である。」とまで述べる。
 判決本文が指定除外は、「実質的には、同大臣による技術的な助言に従わなかったことを理由とする不利益な取扱いを定める側面がある」と指摘している行為を「不当なものだとは思われない。」と、言っているようですらある。まるで、悪いのは勝訴した「泉佐野市」で、「ふるさと納税制度は悪くない」、「泉佐野市を除外したのは悪くない」と、被告であった総務省、あるいは、その後ろにいる内閣官邸にメッセージを伝えようとしているような感じさえ覚えてしまい、気味悪さがあります。
 そういえば、最高裁判事の人事も内閣官邸が慣例破りをしていると話題になっていたこともあった。そうした内閣官邸の人事権への忖度が補足意見にあったのだとしたら、日本の三権分立と司法権の独立に不安を感じざるを得ないのではないのだろうか。そんなことは、私の杞憂に過ぎないのであれば、いいのだが。

(執筆:平嶋彰英)

日々是総合政策No.176

菅政権の「改革」のエンジンは?

 「人生には、3つの坂がある。上り坂、下り坂、そして「まさか」という坂だ」。これは、小泉純一郎元首相の言葉だったと思います。
 憲政史上最長の通算在職日数、そして連続在職日数を更新した安倍晋三前首相が、その記録を達成した週末に退任を表明し、9月16日に、長期政権の幕を閉じることになりました。
「まさか」、新型コロナウイルス感染症という新たな感染症が発生するとは。「まさか」、東京オリンピック・パラリンピックが1年程度の延期になるとは。2020年は、「まさか」「まさか」の連続となりました。
 元々、安倍首相の意中の後継者と擬されていたのは、岸田文雄前政調会長でした。岸田氏にとっては、「まさか」の総裁選の構図となりました。石破茂氏にとっては、地方票で存在感を見せることが、今回の総裁選のミッションであったはずです。「永田町の論理では「菅氏」だが、党員の声は「石破氏」」という構図を作り、来年の総裁選につなげる戦略ですが、石破氏にとっても「まさか」の票数となり、「ポスト菅」を狙う戦略を見直さざるを得ません。
 安倍前首相の退陣表明後、内閣支持率が上昇したことも興味深い現象です。安倍前首相は66歳。体調が回復すれば、まだまだ政権を担当することができる年齢です。ポスト菅は、「まさか」の安倍前首相の「再登板」(という可能性もゼロではありません)。
 菅義偉首相は、経済政策の重心を、規制改革やデジタル化の推進といったミクロ経済政策に移行させていくようです。身近なところであれば、携帯電話の料金の値下げなども進められる見通しです。こうした政権の主要政策について、省庁横断的な推進役となるのは河野太郎行革・規制改革担当相です。河野大臣には、小泉改革時の竹中平蔵氏のような役割を期待されるのではないかと思います。
 ポスト菅の候補たちが、「まさか」の坂にある中、河野大臣にとっては、「ポスト菅」の最終試験が課されたとも言えるかもしれません。中曽根康弘元首相も、首相に就任する直前のポストは、鈴木善幸内閣の看板政策であった「行革」を担当する「行政管理庁長官」でした。
 課題は、改革のエンジンとなる機能をどのように設定するかです。小泉改革では経済財政諮問会議がその役割を担いました。菅改革のエンジンは「どこ」になるのか。これが改革の成否を占う最初の見極めどころです。

(執筆:矢尾板俊平)

日々是総合政策No.175

ふるさと納税泉佐野市訴訟最高裁判決について(上)

 ふるさと納税に関し、平成27年度税制改正における「ふるさと納税制度の特例控除額の倍増」と「ワンストップ特例」の導入で、返礼品競争が過熱したとも言われます。当時、筆者は総務省の自治税務局長、つまり、この制度の事務方の責任者でした(注1)。
 ふるさと納税の対象を総務大臣指定団体に限る制度改正とこれに基づく総務大臣の指定告示によって、ふるさと納税制度から除外された泉佐野市が国を訴えた訴訟で、最高裁が6月30日に泉佐野市の全面勝訴の判決を下した(注2) 。
 この最高裁判決に関して、コメントを申し上げれば、国会提出前の制度検討時に法制的な面から十分検討し、このような最高裁判決をいただくような訴訟や事態を招かないように、十分検討し制度を作らなければならないもので、結果としてこのような判決をいただいたことは残念で、早い段階で返礼品競争に対処できなかったことに原因があり、そのことには責任があり後悔が残ります。
 判決については、いくつかのメディアから取材を受け、最高裁判決を読み直していると、段々と 時折引用される、判決における林景一裁判官の「補足意見」に、一体何が言いたい何のための補足意見なのだろう、その意図は何だろうという違和感を感じるので、コメントしておきたい。
 林裁判官「補足意見」では、「私は、法廷意見に同調するものであるが、本件の経緯に鑑み,上告人の勝訴となる結論にいささか居心地の悪さを覚えたところがあり、その考え方を以下のとおり補足しておきたい。」と書く。今は居心地の悪さを逆にこちらが、感じてしまう。
一方で、あまり引用されていないが、林裁判官の外、宮崎裕子裁判長自身も補足意見を付している。こちらは、「私は、法廷意見に賛成するものであるが、その理由を、本件の背景にあるいくつかの問題を俯瞰しつつ補足しておきたい。」として、「ふるさと納税」が税なのか寄附金なのかという本質的問題に言及し、「もし地方団体が受け取るものが税なのであれば、地方団体がその対価やお礼を納税者に渡す(返礼品を提供する)などということは、税の概念に反しており、それを適法とする根拠が法律に定められていない限り、税の執行機関の行為としては違法のそしりを免れない」とも述べていた。

以下、(下)へ続く。

(注1)筆者のふるさと納税制度に関するコメントは、No.101 を参照されたい。
(注2)判決全文は、https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/537/089537_hanrei.pdf  <最終アクセス2020.8.22>を参照されたい。

(執筆:平嶋彰英)

日々是総合政策No.174

Go to 震災遺構、Go to伝承施設

 東日本大震災から9年が経過し、来年の3月11日には10年をむかえます。被災自治体の復興計画では、計画期間を10年と設定しているところが多く、震災復興は新たなステージに移ります。そのような状況のなか、被災地では震災遺構や伝承施設が整備されてきています。震災の実態を正確に残すこと、さらには防災の観点から震災の教訓をしっかりと後世に伝えることは重要なことです。
 8月下旬、私は本務校の出帳で被災地の震災遺構や伝承施設を訪問する機会をえました。宮城県では、仙台市の荒浜小学校、名取市閖上にある津波復興祈念資料館などを訪問しました。また、岩手県では、奇跡の一本松がある陸前高田市の「いわてTSUNAMIメモリアル」、釜石市の「いのちをつなぐ未来館」などを訪問しました。これらの施設は自治体直営のものもあれば、NPOを含め純粋に民間で運営しているものもあります。そして、展示物や映像が中心の施設もあれば、被災体験をもつ語り部による説明が中心になっているものもあります。
 震災遺構や伝承施設は、震災の実態を記録する資料館であると同時に、震災の教訓を後世に伝える発信基地にもなります。ですから、震災遺構や伝承施設を整備し運営していくことは望ましいことですが、公の資金が投入されるという実態をふまえれば、被災地ごとに重複するような伝承施設が必要なのかという疑問が生じます。効率化を重視するのであれば、伝承施設は一定の被災地域をまとめたうえで整備することが望ましいでしょう。しかし、被災地ごとに震災の被害は異なっているのも事実です。ですから、被災地ごとに伝承施設が存在することにこそ意義があり、そのことが震災被害の複眼的な理解につながるという考え方も否定できません。
 今年の「Go Toトラベルキャンペーン」は、コロナウイルスの状況もあり、効果はあまり期待できません。来年は震災から10年という節目の年になります。その時の状況にもよりますが、キャンペーンに関係なく震災遺構や伝承施設を訪問することは有意義であると思います。百聞は一見にしかずとはこのことです。

(執筆:矢口和宏)