日々是総合政策No.273

デフレについて考える (3)

 1995年から2022年までの消費者物価指数(CPI)のデータをみると、デフレでもインフレでもない状況が続いています。しかし、「生鮮食品を除く総合」指数の前年同期比が2%以上のプラスになることを物価安定目標としている日本銀行は、CPI上昇率が低いためにデフレ的であることには変わりないと見ています。
 この認識が適切かどうかを考えるために、CPIの詳細を見てみましょう。以下の表は、2005年1月と2022年1月の品目別価格を比較して17年間に何%変化したかを計算したものです。ウエイトは、CPIの計算で各品目が何%の比重を占めているかを示します。
 17年間に「総合」は5.2%の上昇、「生鮮食品を除く総合」は4.2%の上昇です。主要品目ではエネルギーの急騰(39.6%)と情報通信関係費の暴落(▲37.0%)、10大品目では光熱・水道(32.6%)と食料(17.4%)の値上がり、家具・家事用品(▲13.6%)と教育(▲10.5%)の値下がりが目立ちます。価格変動の大きなエネルギーや食料の大幅上昇により、「食料(酒類を除く)及びエネルギーを除く総合」は下落(▲2.4%)しています。
 中分類品目ではさらに詳細がはっきりします。エネルギー関係、食料関係や諸雑費関係(たばこ、身の回り用品)の品目の値上がりの一方で、教養娯楽用耐久財、家庭用耐久財や通信の大幅下落が目立ちます。教養娯楽用耐久財にはテレビ・パソコン・プリンタなど、家庭用耐久財には冷蔵庫・洗濯機・掃除機・エアコンなど、通信には通信料(固定、携帯)・携帯電話機などが含まれます。要するに、ICT(情報通信技術)や家電製品の大幅下落がCPIを下落させているということです。
 しかし、ICTや家電製品の購入価格が暴落しているわけではありません。購入価格が変わらなくてもCPIでは計算上下がったとされるのは、大幅な品質向上があったからです。たとえば、パソコンの実売価格が同じでも、性能・品質が2倍に向上したならばCPIでは半分に下落したと見なされるのです。つまり、品質向上のために値下がりしていないのに値下がり扱いされることがCPIの上昇を阻んできた主因なのです。
 したがって、CPIの計算では物価上昇が小さいとしても、購入価格に基づく生活実感では物価上昇はもっと大きいはずだということになります。

(執筆:谷口洋志)

日々是総合政策No.272

デフレについて考える (2)

 消費者物価指数(CPI、Consumer Price Index)のデータは、1970年1月から最新月まで利用でき、毎月更新されます。2022年9月5日時点で最新の同年7月分のCPIは、同年8月19日に公表されています。
 CPIの公表データは幾つかありますが、最も注目されるのは、基本分類指数における全国の月次(げつじ)データのなかの総合指数です。月次以外にも年平均や年度平均があり、総合指数以外にも10大費目・中分類・小分類の品目別指数があります。中分類指数のデータには総合と10大費目のデータも含まれるので、CPIの動向を知るには非常に便利です。
 下の図は、中分類指数のデータにある「生鮮食品を除く総合」指数の動向です。1995年1月から2022年7月までのデータです。生鮮食品は気候や自然条件の変化による価格変動が大きいという理由から、日本銀行は、「生鮮食品を除く総合」指数を物価目標に用いています。また、エネルギー価格の変動も比較的大きいとの理由で「食料(酒類を除く)及びエネルギーを除く総合」指数も参考に使われます。前者をコアCPI、後者をコア・コアCPIということがあります。コア(core)とは核、中心、核心、中心部という意味です。
 図よりわかることを(計算の上で)整理すると、以下のようになります。
(1)消費税率が引き上げられたところでCPIがジャンプしています。これは、増税分が価格に転嫁された(増税分だけ値段が上がった)ことを意味します。
(2)1990年代半ばからの動向をみると、CPIはあまり変化していないようにみえます。
(3)前の月からの変化(前月比と呼ばれます)をみると、全331期間のうちCPIが上昇したのは136回、下落したのは129回、不変は66回でした。
(4)1年前の同じ月からの変化(前年同月比と呼ばれます)をみると、全331期間のうちCPIが上昇したのは141回、下落したのは164回、不変は26回でした。
(5)(4)の下落164回のうち連続下落期間をみると、1995年に5か月、1998~1999年に10か月、1999~2003年に48か月(2005年9月まで延ばすと72か月、うち5回下落せず)、2009~2011年に28か月(2013年4月まで延ばすと50か月、うち7回下落せず)、2016年に10か月、2020~2021年に12か月、それぞれ連続して下落しています。
 (2)~(5)をみると、下落回数や連続下落は目立つものの、過去15年にわたってCPIが継続的に下落していたと読み取ることはできません。

「生鮮食品を除く総合」指数の動向:1995年1月~2022年7月
(出所)総務省統計局「消費者物価指数(CPI)」(https://www.stat.go.jp/data/cpi/index.htm)より作成(2022年9月5日アクセス)。

(執筆:谷口洋志)

日々是総合政策No.271

再考:純資産税(5)-スイスの純資産税

 今回はスイスの純資産税の仕組みを紹介します。その税収は、2020年に対GDP比1.1%を占め、欧州の他の純資産税採用国であるノルウェーの0.5%、スペインの0.2%を上回っています(注1より)。
 スイスの純資産税の特徴は、第一に、州と市町村の税として課税される点です。26の州が自主的に税率・課税最低限を決定し、2300の市町村は当該州の税の一定率の税収を得ます。純資産は基本的に納税者の居住地で課税され、住宅などの不動産のみがその所在地で課税されます。(注2,pp.5-6より)。低い税負担地域への納税者の移動を起こしかねません。
 第二に、2018年の課税最低限は、夫婦の家計で最低の州が5.5万ドル(743万円)で最高の州が25万ドル(3375万円)の値です。この額を超えた純資産額に課税されます。州と市町村を合わせた税率は0.1%から1.1%に分布しています(注3,p.211より)。ちなみに、米国民主党のサンダー議員が提案した純資産税は、課税最低限が3200万ドル(43.2億円)、最高限界税率8%です(注3,p.212,表1より)。
 課税最低限と税率が低いスイスの純資産税は累進度の低いタイプです。また、課税対象者に富裕層に加え中間層を含めています。
 さらに、スイスには、株式等の金融資産のキャピタルゲイン税がありません (注2,p.6より)。つまり、純資産税はキャピタルゲイン税の部分的な代理を担っています。部分的とは、金融資産のキャピタルゲインの正常利潤のみに課税するという意味です。
 以上のようなスイスの純資産税の仕組みは、富裕層との格差是正(再分配)機能を限界づけることでしょう。


1.OECD URL [2022]
https://stats.oecd.org/viewhtml.aspx?datasetcode=REV&lang=en
2.Brülhart,M, J,Gruber,M,Krapf,and K,Schmidheiny [2019]“Behavioral Responses to Wealth Taxes: Evidence from Switzerland.” CESifo Working Papers 7908.
3.Scheuer,F,and J.Slemlod [2021]“Taxing Our Wealth” Journal of Economic Perspectives,Vol.35,pp.207–230.

(執筆:馬場義久)

日々是総合政策No.270

デフレについて考える (1)

 経済学では、デフレーション、略してデフレは、物価水準が継続的に下落することを言います。反対に、物価水準が継続的に上昇する場合をインフレーション、略してインフレと言います。
 日本では、ときどき、1990年代半ばからずっとデフレが続いていると言われます。しかし、厳密にいえば、これは事実ではありません。これについて考える前に、幾つかの確認から始めましょう。(細部についての細かい議論は省略します。)
 第1に、物価水準とは、さまざまな財貨・サービスの価格を総合したもの、であることに注意してください。というのは、ある財貨・サービスが値下がりし、ある財貨・サービスが値上がりすることはいつも生じており、結果としてこれを総合した価格水準、つまり物価水準は上昇することもあれば下落することもあるからです。
 第2に、物価水準には異なる種類があることを確認しましょう。消費者が日頃購入する財貨・サービスの総合価格(物価)を消費者物価、そして、ある基準年の水準を100として他の年・月の消費者物価水準を表したものを消費者物価指数(CPI、Consumer Price Indexの略)と言います。2022年9月現在、基準年は2020年です。統計は、総務省統計局が作成し、公表しています。 
 購入・支出する財貨・サービスのすべてがCPIに含まれるわけではありません。たとえば、税金・社会保険料(医療・年金保険料など)や土地・家屋の購入といった支出はCPIに含まれませんが、個人が所有する住宅(持家)については帰属家賃としてCPIに含めています。帰属家賃を計算に入れるのは、借家だけを計算に含めて持家を除いた場合の影響を取り除くためです。
 以下では、CPIを念頭に、デフレの問題を考えることにします。
 なお、企業同士が取引する財貨(サービスを含みません)の物価指数は、企業物価指数(CGPI、Corporate Goods Price Indexの略と呼ばれます。CGPIは、国内外別に、国内企業物価指数と輸出・輸入物価指数から構成されます。2022年9月現在、基準年は2020年です。統計は、日本銀行(調査統計局物価統計課)が作成し、公表しています(注)。

(注)CPIとCGPIの詳細やデータについては、総務省統計局「消費者物価指数(CPI)」(https://www.stat.go.jp/data/cpi/index.htm)、および日本銀行「物価関連統計」(https://www.boj.or.jp/statistics/pi/index.htm/)をご覧ください。いずれも2022年9月5日アクセス。

(執筆:谷口洋志)

日々是総合政策No.269

再考:純資産税(4)-超過利潤の課税

 本コラムNo.266で述べたように、純資産税は投資家が実際に得た資産収益に課税せず、投資家全体に共通の「みなし収益率」に基づいて課税する資産所得税の一種です。
 いま、市場利子率4%(国債等安全資産の収益率)のもとで、税率1%の純資産税を採用したとします。Wを負債控除後の純資産とすると
 純資産税負担=0.01×W=(0.01/0.04)×0.04×W
 より、この純資産税は, 資産所得税率を25%、みなし収益率を4%とする、みなし資産所得税と等価です。
 いま、殆どの投資家が実際に4%の収益をあげ、他方で7%の収益を得た投資家もいると想定しましょう。この場合でも純資産税は、7%のうち4%分しか課税しません。
 7%-4%=3%分を超過利潤と呼びます(超過利潤について詳しくは注1,36頁を参照)。金融資産の超過利潤とは、市場利子率という事前の期待収益率を上回る収益のことです。他方、市場利子率4%分を、事前の期待どおりの収益という意味で正常利潤と呼びます。つまり、純資産税は正常利潤のみに課税します。
 超過利潤を生む代表例はキャピタルゲインです。キャピタルゲインは資産(株や土地等)の値上り益(=売却額-購入額)のことです。たとえば、斬新な技術革新を行った企業の株価は、市場利子率を上回る上昇を示します。
 ちなみに2016年において、全米で所得が1000万ドル(約13億円)超の富裕者-所得基準のスーパーリッチ-が得たキャピタルゲインは、彼らの全所得の46%を占めます(注2,194頁)。富裕者ほど豊富な情報に基づいて株式投資を行えるので、多くの超過利潤を取得したことでしょう。もちろん超過利潤は消費機会を増やしますので、課税の公平の見地からは課税すべきです。
 しかし、純資産税はこの超過利潤を課税しません。スーパーリッチが他階層より多額の超過利潤を得る場合、所得格差是正の観点からは、キャピタルゲインによる超過利潤の課税強化が求められます。この点からすれば、純資産税には限界があります。


1.八田 達夫 [1996]「所得税と支出税の収束」、木下和夫編著『租税構造の理論と課題』税務経理協会、25-58頁。
2.Scheuer,F,andJ.Slemlod [2020]“Taxation and Superrich”,Annual Reviews of Eonomics,vol.12,pp.189-211.

(執筆:馬場義久)

日々是総合政策No.268

ブルー・マンデー

 新聞の論説に目が留まった。「米政治学者のフランシス・フクヤマ氏は1989年の冷戦終結を『歴史の終わり』と評した。世界は民主主義と自由経済の勝利に沸き、もはや取って代わるものはないように見えた。それが『歴史の休日』(米評論家のチャールズ・クラウトハマー氏)にすぎなかったのは、既存の秩序に挑む中国やロシアの蛮行が示す通りだ。」(注1) 
 冷戦後の世界に咲き誇ったグローバリズムの下で、自由経済は一国の内部でも国家間でも格差をもたらした。米国内の政治不安の一因となり国会議事堂襲撃事件を目の当たりにした。社会主義から脱却したロシアは西側諸国との格差に不満を持ち、“愛国心”を煽る権威主義が蔓延し、領土や自然資源を求めてウクライナを侵攻する。民主主義下の政策はグローバリズムと自由経済の弱点是正に十分に機能しなかったのか。
 「冷戦後」に築き上げた国際的な秩序は葬り去られ、国家安全保障が重視される。防衛費増額だけでなく、エネルギー・食料・半導体の安定的確保などが重視される。シンガポールですらフードセキュリティー政策を打ち出した(注2)。自国の都合で輸出を止める食料輸出国や海上輸送の不安を前提に、備蓄・輸入先多様化・食料自給向上が重視される。無限定な比較優位でなく地政学的リスクを踏まえた政策が求められる。
 戦火のウクライナの人々が身を隠すシェルターが日本にはない。旧都市計画法“(1919年)では「都市計画とは、交通、衛生、保安、防空、経済等に関し、永久に安泰を維持し又は福利を増進するため」とある。現都市計画法は「健康で文化的な都市生活及び 機能的な都市活動を確保」と謳っている。もし、防空が目的に入れれば、一定規模以上の建築物には防空用地下室の設置が義務付けられ、都市計画税は引き上げられるかもしれない。
 民主主義を発展させる総合政策への期待は大きいものの、分断化と高コスト化への不安と不満が渦巻くだろう。休日は終わった。翌日はBlue Monday(ブルー・マンデー:憂鬱な月曜日)である。

(注1)小竹洋之「インフレの先は日本化か」、日本経済新聞朝刊「Opinion」、2022年7月26日
(注2)元杉昭男「コロナ禍のシンガポール的選択」、日々是総合政策No.235、2021年9月3日

(執筆:元杉昭男)

日々是総合政策No.267

政策問答(1)

 総合的に政策を考えるために、次のような政策課題に関する問いかけに対して、皆さんにはご自身で回答してみていただきたいと思います(注)。

 (1) いま最も重要な政策課題は何か
 (2) その政策課題を抱える社会はどのような社会か
 (3) その政策課題に関係する主体は誰か
 (4) その政策課題を引起こす諸要因は何か
 (5) その政策課題を放置するとどうなるのか
 (6) その政策課題をどのようなデータで把握するのか     
 (7) その政策課題と諸要因を関連づけるモデルや理論は何か
 (8) 比較するときの価値判断基準は何か
 (9) その政策課題を解決するための最善の政策手段は何か
 (10) その政策課題を解決するために社会が犠牲にしなければならないものは何か
 (11) その政策課題と最も密接に関連する政策課題は何か
 (12) 誰がその政策課題を解決すべきなのか
 (13) あなたは、その政策課題の解決について何ができるのか

 ここでいう政策課題とは、社会問題と言い換えてもいいでしょう。政策とは「より良い社会をめざす人間の営み」で、社会とは「制度化された様式の中で、相互に関係し合い共同に活動している人間の集団」と解するならば、政策課題は「より良い社会をめざす人間の営み」に係る課題で、社会が抱える問題となります。
 これから、(1)から(13)までの問いかけに関して順番に、皆さんが回答するときに役立つようなヒントを示していきます。まず、(1) いま最も重要な政策課題は何かについて、皆さんは何か一つ具体的な社会問題を挙げてみてください。「いま」の時点が現在だとすると、なぜ、その社会問題が現時点で最も重要だと考えたのでしょうか。例えば、地球温暖化問題や子どもの貧困問題や新型コロナウイルス感染症拡大による諸問題などの社会問題を挙げた人もいるでしょう。そうした社会問題は、皆さんが実際にご自分で直面し実感した問題なのでしょうか、あるいはソーシャルメディアを含めたマスメディアが取り上げた問題なのでしょうか。マスメディアが取り上げた社会問題だとしても、マスメディアが取り上げる多数の社会問題の中から、なぜ皆さんは一つの特定の社会問題を最も重要な社会問題として、回答したのでしょうか。
 こうしたことを根本から考えることが、総合的に政策を考える総合政策学の醍醐味なのです。

(注)本稿はじめ次回以降の政策問答シリーズのエッセイは、横山彰(2001)「地方財政の政策課題を考える」『地方財政』40(3):4-8、横山彰(2009)「総合政策の新たな地平」中央大学総合政策学部編『新たな「政策と文化の融合」:総合政策の挑戦』中央大学出版部:1-14など筆者の著作に依拠しています。

(執筆:横山彰)

日々是総合政策No.266

再考:純資産税 (3)-資産所得税との比較

 今回は純資産税と資産所得税を比較します。資産所得税には二つのタイプがあります。まず、実際の資産収益(利子・配当など)に課税する方式です。この実際タイプは日本など多くの国で採用されています。もう一つは、政府が定めた、みなし収益率(国債等の安全資産の収益率)に資産価値を乗じた「みなし収益」に課税します。その例としてオランダの税制ボックス3が有名です(注1を参照)。 以下、このタイプを、みなし資産所得税と記します。
 注1と注2が述べるように、純資産税は、みなし資産所得税の一種です。負債控除後の資産価値をW、みなし収益率をr、資産所得税率をtk、純資産税率をtw とし、また、税率はWに関して一定とします。投資家の税負担は 
 みなし資産所得税=tk ×r×W
 純資産税 =tw×W
なので、tw= tk ×r であれば両税の負担額が等しくなります。つまり、税率twの純資産税は、税率tk=tw/rの、みなし資産所得税に他なりません。
 みなし資産所得税は政府が収益率を設定し、それをすべての投資家に適用する税制です。よって、純資産税も、各投資家が得た実際の収益とは関わりなく課税します。結局、Wの等しい投資家であれば、すべて同額の税負担(twW)となります。
 しかし、同額のWでも、株式保有者と定期預金保有者とでは、実際の資産収益が異なるでしょう。純資産税では実際に高い収益を得る投資家ほど、その収益に占める税負担の割合が低くなります。つまり、実際の収益に関して逆進的となります。
 他方、日本などで採用されている実際タイプの資産所得税では、実際の収益率をrとすると、
 実際タイプの資産所得税=tk×r×W
となります。rが投資家によって異なることに注意して下さい。この税制では、実際の収益額r×Wに対する税負担割合は、どの投資家にとってもtk となりますね。


1.Cnossen, S.and L.Bovenverg [2000] “Fundamental Tax Reform in the
Netherlands”,CESifo Working Paper,No.342,pp.1-19.
2.Scheuer,F,and J.Slemlod [2021]“Taxing Our Wealth” Journal of Economic Perspectives,Vol.35,pp.207–230.

(執筆:馬場義久)

日々是総合政策No.265

ウクライナのこと

 ロシアのウクライナ侵略は内戦とも国境紛争とも違う。汎ゲルマン主義を掲げたヒットラーによるオーストリアの併合やチェコ・スロバキアの保護国化のように、汎スラブ主義を掲げたロシアの主権国家への侵略である。プーチン氏はロシア正教を信奉し、ソ連時代のスターリンを評価し、最近ではピョートル大帝の栄光を称え、ソ連やロシア帝国の領土を取り戻そうとする。日々の夥しい犠牲者の下で、専門家でもない者が罪悪感を伴わずに軽率に語れないが、疑問点だけは述べておきたい。
 第一に、西欧先進国の政治指導者が持っていた「どんな国でも経済発展すれば必然的に民主主義国になる」という信念である。中国は共産党の一党独裁のまま、経済大国となり軍事大国になり、ロシアは共産党一党独裁制も社会主義もなくなったが、専制的な政治体制(権威主義)になった。経済的発展と政治体制は無関係なのか。
 第二に、ロシアは共産党一党独裁制から多党制に基づく選挙制度に移行したが、プーチン氏率いる与党の一党優位政党制になり、野党政治家を露骨に排除している。第一次世界大戦後のワイマール共和国の民主主義体制下で国民的支持を得てナチス体制が出現した状況を想起させる。形式上の民主主義制度だけでは民主主義は守れないのか。
 第三に、「ロシア人として罪の意識を感じます」、「無関心でいたことをお詫びします」、「戦争犯罪の共犯者になってしまっている気がします」といった人々の発言がTV報道にあった。反戦を思う人々の心情として理解できるが、政府と人々の社会を分離して考える近代西欧の考えとズレがあるように思える。「ロシア人宿泊お断り」とした日本のホテルもあったが、何かアジア的な感じがする。政府指導者の偏狭的な愛国心が人々心情と一体化する恐れはないか。
 第四に、現代の軍事力は高額な兵器や兵員を保持できる経済力と、高度な科学技術を駆使した軍事技術と兵器製造に必要なサプライチェーンの掌握が必要である。この点で想定敵国に劣るとすればNATOのような軍事同盟で補うしかない。兵器としてのドローンや無人機の使用の延長上に、ロボット同士の戦闘で決着がつく日が来るのか。
 世界史的な出来事に同時代人として向き合いたい。

(執筆:元杉昭男)

日々是総合政策No.264

再考:純資産税 (2)-課税資産

 今回は純資産税の課税資産をとりあげます。純資産税は、潜在的には金融資産や不動産をはじめ、車・宝石など幅広い資産に課税することが可能です。この点、不動産だけに課税する固定資産税と異なっています。富裕者の資産課税を目指すなら、非課税資産や課税優遇資産(低率で課税される資産)を少なくし、課税資産を包括的に設定するのが望ましいでしょう。非課税資産などがあると、富裕者の税負担回避(課税資産の一部を非課税資産に移すこと)を誘発するからです。一般に、豊富な資産を持つ富裕者ほど、柔軟な資産選択が可能になります。
 注1によると、2017年時点での純資産税採用国(フランス・ノルウェー・スイス・スペイン) 7カ国と、かつての採用国7カ国(ドイツ・フィンランド・スウェーデン等)のうち、オーストリア以外の10カ国が、多くの非課税資産・課税優遇資産を設定しています(注1,p.84,表4.3より)。たとえば、林や森、住宅・年金・芸術作品・家具・農地・非公開企業の株式等々が、非課税或いは優遇課税の扱いを受けています。  
 純資産税の課税には、資産の市場価値を測定しなければなりません。しかし、相続で得た絵画等の価値は売却するまで確定しません。年金については、退職後の生活保障という社会政策的な配慮が非課税などの主な理由でしょう。住宅に対する課税優遇の一つの理由は、住宅の保有が中間層にも多いからです。さらに、農地・非公開企業(株式を一般に公開しない企業)の株式非課税は、個人による事業活動の支援が主な狙いです。
 たとえば、スウェーデンは、富裕者が多く所有する非公開企業の株式を非課税にして、他方、住宅の課税価値を厳しくその市場価値の75%としたため、純資産税が逆進的負担(資産額に占める税負担の割合が、資産額の多い富裕者ほど低くなること)となり、純資産税に対する国民の批判を招きました(注2より)。


1.OECD [2018],The Role and Design of Net Wealth Taxes in the OECD.
2.Waldenström,D [2018],Inheritance and Wealth Taxation in Sweden”, ifo DICE Report,Vol.16,pp.8-12.

(執筆:馬場義久)