日々是総合政策No.280

再考:純資産税(8)-地方純資産税の再分配機能

 本コラムNo.271No.277で紹介したように、スイスとスペインは地方純資産税を採用しています。しかし、地方分権を想定した国と地方の税源配分論によると、再分配を目指す税制は地方税ではなく国税が望ましいとされます。分権下経済では、税率等が各地方により自主的に決定され地方間で税率格差が生じるので、富裕層が高税率の地域から低税率の地域へ移動しかねません。移動が生じると、高税率の純資産税による再分配は実現しません。純資産税が国税であれば税率等が全国共通なので、国内地域への移動誘因は生じません。ただ、以上は理論の話です。
 そこで以下、スペインでの実際を紹介します。注は、2011年に再導入された同国の純資産税をとりあげ、他の州からのマドリード州(以下、M州と記す)への移動を推計しました。M州に注目するのは、M州だけが純資産税の税負担をゼロとし、他の州はすべて、税率に基づき正の税負担を課すからです。
 まず、M州では、2015年の純資産税申告者数が2010年に比べ約6000人増加し、他方、16の他州の申告者数は平均で375人減少しました。なお、M州で申告を必要とするのは、居住地の確認と共に、申告資産と税率に基づき暫定税額を算定した上、それを全額税額控除し税負担をゼロとするからです。
 注意すべきは、M州への移動が主に虚偽の居住地申告であった点です。法律上、税負担ゼロを享受するには、主要な住宅による居住地がM州でなければならないのに、別荘等の所在地を利用したわけです。Evasion(脱税)の一種です。
 次に、M州では資産保有額の多い順に並べた上位1%層の資産額が、2010年に比べ16%増加しました。これは、仮に、税による移動がないとした場合の資産増加8.7%の約2倍です。他方、他の諸州では上位1%層の資産シェア(全資産額に占める上位1%層の資産額の割合)は減少しています。
 M州のみの税負担ゼロ措置が、超富裕層による税負担回避=虚偽の地域間移動を招いたわけです。以上から、注は、M州を国内的なタックヘイブン(租税回避地)と呼んでいます。

注 Agrawal, D., Foremny, D. & Martinez-Toledano, C. (2020),”Paraisos fiscales, wealth taxation, and mobility” IEB Working Paper 2020/15.

    (執筆 馬場義久)

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