日々是総合政策No.282

社会保障の財政安定化と予防医療(中)

 予防医療は、本来、医学・医療の一領域として研究、実践されますが、社会保障の中でも年金と医療の財政安定化において有用と考えられています。今回は、関連施策の一例として、健康経営、健康日本21、データヘルス計画を取り上げます(注1)。
 健康経営の目的は、労働者の健康と生産性を管理して、健康に関連するコストを抑制することにあります。こうしたコストは、各労働者の健康リスクの数と状態によって異なるとされ、1人あたりでは1年間に最大で90万円程度になると推計されています(注2)。図1は、実態調査の一例として、総コストの内訳を見たものです。

図1 健康関連総コストの内訳

出典)厚生労働省(2017)「コラボヘルス ガイドライン」厚生労働省保険局、p.35等より作成。
注)「プレゼンティーズム」は心身の健康状態が良くない中での就労、「アブセンティーズム」は傷病の治療のための欠勤それぞれに伴う生産性の損失(ロス)を指している。これらは、医療費(薬剤費を含む)や傷病手当金支給額、労災補償費につながる要因にもなる。上記の割合は、小数点第2以下の四捨五入の関係で100%にはならない。

 健康経営においては、各企業と医療保険者(主に健康保険組合、協会けんぽ)の連携により、プレゼンティーズムを抑制することが重視されます。具体的方法は、定期健診と特定健診、ストレスチェックにより健康リスクを把握して、ウェルネス・プログラムやワーク・ライフ・バランスの実践によりこれを低減させることにあります(注3)。こうした取り組みは、各労働者のQOLと生産性の維持の他に、長期就労が可能になった際には、年金財源の負担者の維持・増加において有用とされます。
 健康日本21の基本目的は、各人の健康寿命を延ばした上で、平均寿命との差を縮めることにあります。QOLの長期的維持が要件とされますが、健康リスクは年齢や性別により異なるため、これに応じた対応が必要になります(注4)。この中でも、労働者の家族(配偶者、高齢者等)の健康増進は、上記の健康経営との関係において有益とされます。家族(遠方に住む家族を含む)の誰かが外来・入院治療や在宅ケアを受ける際には、付き添いや看病のための欠勤・休職が必要になるケースがあります。これに伴う生産性の低下を抑制する上でも、家族の健康が重要になります。
 上記2つの施策について、根拠に基づく保健・医療サービスが提唱されています。データヘルス計画はこれが想定され、保健・医療データの活用が基本になります。具体的には、①定期健診と特定健診の結果やレセプトの情報収集、②健康リスクの種類や発症リスクの分析、③健康管理と保健指導、二次予防への情報の活用があげられます(注5)。これらは、医療費(健康保険料)の増加率抑制につなげる上でも有用と考えられています。

(注1)健康経営については、No.92のエッセイを参照。健康日本21については、厚生労働省(2012)「健康日本21 総論」https://www.mhlw.go.jp/www1/topics/kenko21_11/pdf/s0.pdf(2018年12月14日最終確認)、データヘルス計画については、厚生労働省(2017)「データヘルス計画 作成の手引き(改訂版)」https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12400000-Hokenkyoku/0000201969.pdf(2020年9月23日最終確認)等を参照。
(注2)健康リスクについては、No.278のエッセイを参照。
(注3)ウェルネス・プログラムは、各職場内での健康増進の取り組みを指しています。この場合には、業種・職種に応じたプログラムが望ましいとされます。
(注4)具体策の一つとして、各医療保険者やIT関連企業は、生活習慣の改善や健康管理、セルフケアの情報を提供しています。
(注5)二次予防は早期発見・早期治療が基本であり、早期発見はCTやMRI等による精密検査、早期治療は検査結果に基づく初期段階での治療をそれぞれ指しています。

(執筆:安部雅仁)

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