日々是総合政策No.159

新型コロナウィルス感染拡大世界一の米国の真の病理(下)
―基底にある医療保障制度の不備と経済格差―

 米国の所得格差について、少し詳しく検討してみよう。A.スタンズベリーとL.H.サマーズは、最近の論文「労働者の力の衰退と独占体の力の上昇」において、民間部門の組合の組織化と力が落ち、最低賃金の実質価値が低下し、株主の積極行動が強まり、経営者のむこうみずな経営戦略が広がるといったような形で、労働者の力が衰退してきたために、所得が労働者から資本の所有者に移され、労働分配率の低下や企業価値・マークアップ値の上昇を招くようになったと主張している。
 被用者の労働分配率(賃金・給料を付加価値額で除したもの)は、米労働統計局のデータで見てみると、1970年の58.1%から1990年の55.7%へと低下してきたが、2000年代に入ると2000年の57.1%から2015年の52.8%へと大きく落ち込んできている。
 議会予算局(CBO)の「家計所得の分布(2013年)」によると、全家計の所得源泉中の労働所得のシェアは、1979年77.4%、2013年72.5%であるのに対し、トップ1%所得層(最富裕層)の労働所得のシェアは、1979年33.1%、2013年36%と随分低い。上述のような長期にわたる労働分配率の低下は、トップ1%所得層は別にして、それ以外の所得階層、特に中・低所得層の実質賃金を停滞させ、所得格差を広げることになった。
 他方、資本所得分配率(課税前・政府移転前民間全所得に対する資本所得の比率)を、米経済分析局のデータで見ると、1980年代初めの40%未満から2010年代中頃には46%以上にまで上昇している。トップ1%所得層では、上記CBOの資料によれば、資本関連所得のシェアは、全家計平均で約20%であるのと違って、60%台と大変高くなっている。資本関連所得の主なものは、資本所得、キャピタル・ゲイン、事業所得であるが、特に事業所得のシェアが1979年の10.8%から2013年の23.2%へと上昇している。これは、1986年レーガン税制改革で個人所得税最高税率が法人税最高税率より引き下げられたため、法人税を納めていた多くのC(普通)法人が法人所得を株主に通り抜けさせるS(小規模事業)法人やパートナーシップに転換したことが契機となっている。すなわち、S法人やパートナーシップの利潤は毎年完全に株主に配分されるので、事業所得が伸びたのである。ここに、米国の株主資本主義化の一端をみることができる。

(執筆:片桐正俊)

日々是総合政策No.158

新型コロナウイルス感染症対策への提言ノート(1) 

 7月の4連休初日に、新型コロナウイルス感染症の東京都における新規患者報告数は300件を超え、366件となりました。この4連休は、元々は、東京2020五輪大会の開会式(7月24日)とその前日を休日(海の日)とした「オリンピック連休」でした。東京オリンピック・パラリンピックの延期が決まり、その後、政府は「Go To トラベルキャンペーン」を、この連休に合わせて実施することになりましたが、新型コロナウイルス感染症の流行拡大に伴い、「Go To トラベルキャンペーン」は、東京都を除く形で始まりました。しかし、この連休の局面は、不要不急の外出の自粛、都道府県をまたぐ移動の自粛を要請が必要となる状況に転じました。

出所:東京都『都内の最新感染動向』に基づき、筆者作成(注1)

 上のグラフは、東京都が公表する都内の感染状況(新規患者に関する報告件数)について、1月24日以降、7月23日現在までの毎日の新規患者報告数と累計数をまとめたものです。
 3月の3連休以降の最初の「山」に続き、6月下旬から第二の「山」となっていることは明らかです。この「山」は、最初の「山」よりも高い山になるかもしれません。
私だったら、このタイミングで、この連休中に緊急事態宣言を発出すると思います。医療体制を維持しなければなりませんし、新型コロナウイルス感染症以外の患者さんにとっての医療体制も守る必要があります。
 いま、国や自治体は、新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づき、感染症対策に取り組んでいます。新型インフルエンザ等対策特別措置法や政府の行動計画において、今回、「想定外」であったことは、ワクチンや抗新型コロナウイルス治療薬が存在しないということです。そのため、新型インフルエンザ等対策特別措置法ではなく、新たに新型コロナウイルス感染症対策特別措置法を立法化し、今般の感染症の特徴に応じた対策や行動計画を新たに定める必要があると考えています。
 また、東京都は1兆円近くあった貯金(財政調整基金)のほとんどを、今般のコロナ対策に使い、残額が807億円となる(注2)など、いわば財政的にも「体力勝負」の様相です。財政に対するケアも必要です。
 そもそも、コロナ禍の中で、東京都知事選挙を任期満了に伴い実施したことは、正しかったのでしょうか。
 このコラムを通じて、これらの論点について考えていきたいと思います。

(注1)東京都『都内の最新感染動向』「新規患者に関する報告件数の推移」(2020年7月23日現在)
https://stopcovid19.metro.tokyo.lg.jp/
(注2)東京都『都財政に関する有識者との意見交換会』「資料1 都財政の状況(事務局資料)」(アクセス日:2020年7月23日)
https://www.zaimu.metro.tokyo.lg.jp/syukei1/zaisei/02tozaisei.pdf

(執筆:矢尾板俊平)

日々是総合政策No.157

新型コロナウィルス感染拡大世界一の米国の真の病理(上)
―基底にある医療保障制度の不備と経済格差の深刻さ―

 先進国の中で米国ほど、新型コロナウィルスの感染拡大によって、その社会体制の構造的欠陥を白日の下にさらしている国はない。ジョンズ・ホプキンス大学の集計によると、7月7日現在世界の感染者数1162.6万人のうち、米国は293.9万人で25%を占め、世界一感染が拡大している国である。その一番の原因は、トランプ政権がウィルス検査体制を整えず、感染症対策に消極的で、対策を打っても後手に回ってしまったことにある。しかし、それだけではない。根底に、米国には医療保障制度の不備と1970年代から続く経済格差の拡大という2つの構造的問題がある。
 他の先進国のような国民皆医療保険制度のない米国では、民間医療保険が中心で、公的医療保険制度として65歳以上高齢者向けメディケアと低所得者向けメディケイドしかない。オバマ政権の時に国民に民間医療保険への加入を義務付けたが、トランプ政権がその義務を撤廃したために、医療保険に加入していない無保険者が約2900万人もいる。この多くは、貧しく民間医療保険に入れないでいる。
 会社の提供する民間医療保険に加入していても、コロナウィルスの影響で完全に解雇されれば、無保険者に転落する。当然のことながら、検査や医療を受けられない低所得者・無保険者が相対的に多いヒスパニックや黒人は、白人と比べて、糖尿病や心臓病等の基礎疾患を多く抱えており、コロナウィルス感染・死亡リスクは高くなる。
 次に、経済格差についてみておこう。OECDの「所得分布データベース」により、先進5カ国の家計の政府移転後・課税後可処分所得のジニ係数(係数が1に近いほど格差が大きく、0に近いほど格差は小さい)を2017年について比較すると、米国0.390、英国0.357、日本0.339、ドイツ0.289、フランス0.292となっており、米国の所得格差が一番大きい。また、可処分所得の中央値の50%未満の所得しかない人口が全人口に占める比率を貧困率として比較すると、米国17.8%、英国11.9%、日本7%、ドイツ10.4%、フランス8.1%となっており、米国の貧困率が非常に高い。こうした経済格差の深刻さこそが、医療保障制度の不備と相俟って、米国を世界一の新型コロナウィルス感染大国にしてしまっているのである。

(執筆:片桐正俊)

日々是総合政策No.156

スウェーデンのコロナ禍対策(4)

 今回はスウェーデンでのコロナ禍による死亡者について取り上げます。注1によれば7月1日時点で死亡者数は5333人であり、国際的にかなり高い値です。ちなみに人口10万人あたりの死者数は50.7人で、イギリスの64.7人、イタリアの57.4人より少ないですが,フランスの44.4人、アメリカの37.1人を上回ります(注2より)。
死亡者数の多さとともに、死亡者が大ストックフォルムに集中しているのが特徴です。大ストックフォルムとはストックフォルム県をさし、ストックフォルム市だけでなく周辺の都市圏を含み、日本でいえば東京都にあたります。その人口は2018年で約233万人です(注3より)。注1によれば大ストックフォルムでの死者数は2278人で全国の42.7%を占めます。
 No.153で紹介した注4の筆者は、大ストックフォルムが外国人の多い地域である点を危惧しています。死者に外国人が多く含まれている可能性があるからです。注5より算出すると、2019年に大ストックフォルムには、外国をバックグランドとする人-以下、外国人と記す-が約82万人います。この数はスウェーデンにいる全外国人の31.1%を占め、大ストックフォルムの人口233万人に対し35%を占めます。
 コロナ禍による死亡者を外国人とスウェーデン人とで区別したデータが見つかりませんので、代わりに以下の図を紹介します。

全死亡者のうち、外国生れの割合%
(出所)注6より。

 図の横軸は週単位で1月1日から6月21日までの期間を表します。縦軸は、死亡者(コロナ禍による死亡者だけでなくすべての死亡者)のうち外国生れの人の割合を示します。概ね下方に位置する折れ線は2015年から2019年の平均値で、上方に位置する折れ線が2020年の値です。とくに第12週、すなわち3月中旬から2020年の値が急上昇し、2019年までの値とのギャップが大きくなっています。一概に結論づけることはできませんが、コロナ禍の外国人への波及が予想されます。

(注)
1.スウェーデン公衆衛生庁URL
https://fohm.maps.arcgis.com/apps/opsdashboard/index.html#/68d4537bf2714e63b646c37f152f1392
2.ブルームバーグURL
https://www.bloomberg.com/news/articles/2020-06-28/sweden-s-covid-expert-says-the-world-still-doesn-t-understand
3.外務省URL
https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/sweden/data.html
4.IMF URL
https://www.imf.org/en/News/Articles/2020/06/01/na060120-sweden-will-covid-19-economics-be-different?utm_medium=email&utm_source=govdelivery
5.スウェーデン中央統計局 URL
https://www.statistikdatabasen.scb.se/pxweb/sv/ssd/START__BE__BE0101__BE0101Q/UtlSvBakgGrov/
6.スウェーデン中央統計局 URL
https://www.scb.se/om-scb/nyheter-och-pressmeddelanden/folj-preliminar-statistik-om-dodsfall/

最終アクセスすべて 2020年7月1日。

(執筆:馬場義久)

日々是総合政策No.155

テレワークは主流になれるか?(1)

 新型コロナウイルス感染症問題への不安から、自宅もしくは自宅近くの駅周辺の場所を借りて仕事をするテレワークをすべきだという議論がある。テレワークは、今後の働き方として果たして主流となりうるか。
 一般社団法人日本テレワーク協会の説明によれば、テレワークとは、「tele = 離れた所」と「work = 働く」をあわせた造語であり、働く場所によって、在宅勤務、モバイルワーク、サテライトオフィス勤務の3つに分けられる(https://www.japan-telework.or.jp/intro/tw_about.html)。このうち、モバイルワークは、顧客先や移動中でのPC・携帯使用を意味する用語であり、特定の場所での働き方ではないので、以下では、自宅もしくは自宅近くの場所(サテライトオフィス)で働くテレワークについて考える。
 今から20年以上前に、サテライトオフィスの調査をしたことがある。埼玉県大宮駅西口の超高層ビルに入居していた会社を訪問したのだが、話を聞いてがっかりした。高額・高コストな通信機器・端末(当時最先端の電子黒板もあった)が設置されていたにもかかわらず、ほとんど使っていないという話だった。
 使わない理由はいくつかあった。例えば、(1)当時の通信回線の速度・反応が遅い(伝送遅延)、(2)会議をした時にはいつも通信障害や不具合が生じる、(3)たまにしか使わないので通信機器の使用に慣れない(一種のデジタル・デバイド)、(4)声だけで相手の顔が見えず、いつ大事な話になるかを緊張しながら聞くために終わった後に強い疲労感が残る、など。
 別の訪問場所では、サテライトオフィスで働くことに強い不安があるということも聞いた。(5)同じ部署の人間同士での会話がなく、雑談からのひらめきや話題の発展といった展開がない(face-to-face communicationの効果得られず)、(6)通信手段を通じて仕事のやり取りするだけで、自分の仕事がどのように評価されているのか不安に感じる、(7)ひと月のうち何度かは都心に行く必要があり、結局は勤務場所が2か所に分散され、継続的な作業ができない、など。
 現在の状況下で、これらの問題は解決済みなのだろうか。(2)以降で考えてみたい。

(執筆:谷口洋志)

日々是総合政策No.154

コロナ禍と不確実性:キッシンジャーの「推測の問題」

 7月6日現在、東京都の新規感染者数は5日連続で100名を超え、コロナ禍の心配が続いています。新規感染者数の推移をどう評価し、いかなる対応処置をとるかについては、医療分野や経済分野などの有識者でも種々の意見があります。しかし、そうした意見の基になる新型コロナウイルス感染症やその対策の政策効果に関する情報は、コロナ禍の全体像を把握できるほどではないようです。有識者を含めすべての人々がいま不確実性に包まれた状況下にある、といえます(注1)。
 不確実性に包まれた状況下においては、公共政策の最終決定権者は、ファーガソンが引用するキッシンジャーの「推測の問題」(the problem of conjecture)に直面します(注2)。 


 あなたが首相だったとして、大惨事の危険に気づいたとします。でも確実とは言えない危険で、どれほどの確率かも言えません。確率を示せない不確実な領域にあるものの、[大惨事の発生する]危険がある状態です。危険を排除する、または軽減させるべく困難な行動に出ますか。もしかしたら成功するかもしれません。一方で、何もせず最善の結果を祈るだけという手もあり、幸運にも大惨事は起こらないかもしれません。予測[推測]の問題とは、大惨事を阻止しようと先手を打っても見返りがないということです。なぜなら避けられた大惨事、起こらなかった事件に対して感謝する人はいないからです。何もしなければ行動のコストを被ることはありません。ですが不運にも大惨事が起こるかもしれません。意思決定者[最終決定権者]の利得は極めてアンバランスなのです。
 民主主義[社会]においては何もせず最善の結果を祈る方が簡単です。なぜなら予防策のための先行投資はほぼ確実に無駄になるからです。大惨事を阻止することに成功した場合でも、起こらなかった大惨事には誰も感謝しないので利得はありません。


 これがキッシンジャーが明らかにした問題で経済の領域にも当てはまる、とファーガソンは言っています。しかし、コロナ禍の大惨事に関しては、予防策をとる「行動のコスト」を誰が負担するのかを再確認する必要があります。この大惨事を阻止する行動を見せなければ、指導者としての資質を問われるかもしれません。
皆さんが最終決定権者だったら、どうしますか。

(注1)この状況は、No.58 で触れた「合理的無知」(追加的な情報を獲得することの便益と費用を比較考量して費用の方が便益よりも大きければ、それ以上の情報を獲得せず情報欠如となること)の状況とは異なります。たとえ費用がかからずできる限りの情報を獲得できたとしても、その情報は完全ではなく限定的である状況です。
(注2)以下は、NHK BS1スペシャル「欲望の資本主義2020スピンオフ ニーアル・ファーガソン 大いに語る」 (2020年4月29日放送)でのファーガソンの言説(字幕)を一部加筆修正したものです。ここでの「危険」は‘risk’で、字幕では「リスク」と訳出されています。しかし、一般に経済学では、事故の発生確率が分かっている事象を「リスク」、事故の発生確率が分からない事象を「不確実性」として区別しています。一般的な意味での‘risk’は、つまり事故の発生確率の分かっている「リスク」と分からない「不確実性」の両方を含めた‘risk’なので、ここでは「危険」と訳しています。 [ ]部分は加筆しています。
 また、Niall Ferguson, “The Problem of Conjecture,” in Melvyn P. Leffler and Jeffrey W. Legro (eds.), To Lead the World: American Strategy after the Bush Doctrine, Oxford, New York: Oxford University Press, 2008, pp. 227-249の分担執筆章(第10章)冒頭部分(p. 227)に引用されている “Decision Making in a Nuclear World,” Henry Kissinger Papers, Library of Congressの中のキッシンジャーの「推測の問題」(the problem of conjecture: ‘conjecture’ は「明確な知識に基づいておらず推測によって形成される意見や考え方」や「明確な知識に基づいていない意見や考え方の形成」を意味していますので、「推測」の問題は「推測によって形成される意見」の問題もしくは「推測による意見形成」の問題といった方が正確になります)における選択問題は、以下の通りで、BS1スペシャルでのファーガソンの選択問題とは若干ニュアンスが異なっています。
 「おそらく最も難しい問題は外交政策における推測の問題である。・・・各政治指導者は、最小限の努力しか必要ないと評価するか、より多くの努力が必要であると評価するかの選択がある。・・・彼が早く動くならば、彼はそれが必要であったかどうかを知ることができない。彼が待つならば、彼は幸運かもしれないし不運かもしれない。それはひどいジレンマである。」

(執筆:横山彰)

日々是総合政策No.153

スウェーデンのコロナ禍対策(3)

 No.142で紹介したように、スウェーデンはコロナ感染抑制策として、ロックダウンなどの厳しい規制措置はとっていません。国内の移動についても、基本的に国民の自律性に期待しています。今回は、このスウェーデンの「緩い規制」について検討したIMF(国際通貨基金)の記事の一部を紹介します。これはIMFの4人のスウェーデンチームが執筆したものです。

1.下の表は、規制策による職場への移動の減少率(%)を4国で比較したものです。2020年3月13日から4月12日までの変化率の平均です。表のスウェーデン2は「緩い規制」が導入された場合の予測値で、スウェーデン1が実際の値です。

(出所)注より作成。

 スウェーデンでの職場への移動は「緩い規制」により、予測値以上に減少しました。自律性が発揮されたのかも知れません。しかし、減少率は強い規制を採用した隣国3国には及びません。

2.次に経済面を取り上げます。注によると、2020年の第1四半期(1月から3月)の実質GDPの成長率を世界30カ国でみると、スウェーデンだけが約0.1%のプラスで、他の29カ国はすべてマイナスです。フィンランドが-1%、デンマークとノルウェーがともに-0.2%で、最も低下したのは中国で-10%です。注の筆者によれば、一般に国内の感染抑制政策は、国内需要とくにサービス部門への需要を削減するが、スウェーデンはサービス需要の落込みが他国より低く、輸出は逆に増加したということです。「緩い規制」が経済の落込みを抑えたかも知れません。
 他方、年間ベースでみるとスウェーデンも不況の到来を覚悟しなければなりません。とくに3月以降に始まった製造業―その多くは輸出企業―の落込みが問題です。これは外需の減少とサプライチェーンの崩壊によるもので、「緩い規制」の影響を受けないからです。注によると、2020年の実質GDPのスウェーデンの予想成長率について、IMFが-6.8%,スウェーデン財務省が基準ケースで-4%、悪いケースだと-10%、スウェーデン中央銀行が基準ケースで-7%、悪いケースで-9.8%と予想しています。
 注の筆者は、現在時点では、「緩い規制」がこの不況を長引かせるのか逆に回復に寄与するのか、言えないとしています。つまり、「緩い規制」の長所と言われる「経済への打撃抑制効果」も、より長期的な視点での検討が必要ということでしょう。

(注) IMF URL
https://www.imf.org/en/News/Articles/2020/06/01/na060120-sweden-will-covid-19-economics-be-different?utm_medium=email&utm_source=govdelivery
最終アクセス 2020年6月22日。

(執筆:馬場 義久)

日々是総合政策No.152

コロナ後の世界 (3) 「リモートワーク」が変えること

 私たちは、新型コロナウイルス感染症のワクチンや治療薬が開発され、そのワクチンや治療薬が十分な供給体制が構築されるまでは、新型コロナウイルスを意識し、感染のリスクを常に想定しながら、社会経済活動の在り方を組み立てていくしかありません。
 政府による緊急事態宣言の発出後、在宅での「リモートワーク」を導入した職場が増えました。「リモートワーク」は、新型コロナウイルスのリスクを想定する生活においては、益々、普及を目指していくべき取り組みでしょう。そのためには、零細・中小企業でのICT投資の拡大が必要となります。また、個々の家庭のICT環境の整備も欠かせません。この点は、政府の経済対策としても重点的に取り組むべき項目と言えます。
 これまでの日本社会では「ハンコ」が重要な役割を果たしてきました。契約時、社内での決裁時など、印鑑を必要とする書類が多くあります。ICT技術を活用した「リモートワーク」になると、回覧される書類も契約書類も紙ではなく、電子ファイルになることも多くなるため、「ハンコ」を押すということも少なくなるかもしれません。これは日本文化の大きな変容と言えるかもしれません。
 「リモートワーク」の普及は、「就業規則」を見直す機会になるかもしれません。今後、新型コロナウイルス感染症の再流行等により学校の休校、幼稚園や保育園が休園となったとします。核家族で共働きの世帯では、やはり子どもたちの対応をすることは難しくなります。そこで、曜日ごとに、「今日は父親が子どもの対応をする日なので、昼間に仕事をするのではなく、母親の仕事が終わる夕方以降に、仕事をすることができる」、「今日は母親が子どもの対応をする日なので、父親の仕事が終わる夕方以降に、仕事をすることができる」というような家庭内分担を可能にすることが必要です。
 このような裁量的労働時間設定を、「就業規則」や「雇用契約」で認めことで、柔軟に就業時間を設定することができるようになれば、「ワークライフバランス」の推進も大きく前進することでしょう。そして、このことは、「移動」という概念からの解放に加え、「固定的な就業時間」という概念からも解放されることを意味し、実は、地方創生を大きく推進することにも貢献します。

(執筆:矢尾板俊平)

日々是総合政策No.151

コロナ後の農業・農村

 経済発展は相互依存の深化による。世界中からあらゆる物が集められ、人々や情報は世界中を飛び回る中、コロナ危機はグローバル化され豊かさを手に入れた人類に、その相互依存を断ち切るよう迫り、人流・物流に大きなダメージを与えている。その反面、情報流の価値を高めた。
 人流面では非接触社会の実現が強調されるが、過密化した都市がコロナ危機のような疫病に脆弱であることは歴史上明らかである。巣ごもり消費は自宅が多用途空間として担うことを意味する。情報通信技術(ICT )を活用して、都市内の施設で分担されてきた職場・学校・保育園・病院・娯楽・スポーツジム・レストランなどの機能を自宅が担う。地価が安く広々とした居住空間を実現できる地方・農村居住は再評価されるだろう。「密なオンライン空間と疎な居住空間の組合せ」の農村居住が注目される。
 物流面では、冷戦終結以来のグローバル化で物資のサプライチェーンが全世界に広がった。しかし、コロナ危機で医療用品・機器などの生産国は輸出禁止を行い、各国が国民の安全に関わる戦略物資を確保する動きが見られた。自国の都合で輸出規制をするならWTO体制の意義が問われる。安全保障の視点から各国は戦略物資の自給と緊急時の同盟国・友好国間の物資融通に向かう。食料も過去の世界的な食料危機で輸出規制が行われ、その安定供給体制に関心は高まる。
 情報流は人流・物流の補完的な役割から、出張も本の購入も不要となるICTの進歩により代替的意味も持つに至った。その中で、最近、ICT やロボット技術を活用し省力化・精密化・高品質化する「スマート農業」が注目を集めている。しかし、情報通信インフラの整備には多大な投資が必要になる上、疎な空間である農村では投資効率が悪い。そこで、日常生活にも防災にも在宅勤務などにも多目的に利用される結合供給的発想が重要になる。
 パンディミックに強い社会の創造が世界的な課題である。そうしないと、安全と監視の兼合いに悩む民主主義体制よりも強権政治体制の方が優れているという恐ろしい結論になってしまう。人類がICTなどの英知で相互依存の低下による経済発展の鈍化を防ぐことができるか試されている。

(執筆:元杉昭男)

日々是総合政策No.150

新型コロナウイルス感染症対策

 6月1日現在における日本政府の新型コロナウイルス感染症(以下、コロナ)対策の全容は、内閣官房のWebサイト(https://corona.go.jp/action/)で知ることができます。
 そして、さらなるコロナ対策として、政府は令和2年度第2次補正予算案を5月27日に閣議決定し、国会での成立を目指しています。その追加歳出は、コロナ対策関係経費31兆8,171億円、国債利払費等963億円、議員歳費▲20億円で、合計で31兆9,114億(概数で31.9兆円)になっています。コロナ対策関係経費の主要なものを概数でみると、中小・小規模事業者向け融資を中心とした「資金繰り対応の強化」11.6兆円、「家賃支援給付金の創設」2.0兆円、コロナ緊急包括支援交付金を中心とする「医療提供体制等の強化」3.0兆円、「コロナ対応地方創生臨時交付金の拡充」2.0兆円、「持続化給付金の対応強化」1.9兆円、「コロナ対策予備費」10.0兆円です(注1)。
 この第2次補正予算で意見が分かれるのは、「医療提供体制等の強化」と「コロナ対策予備費」の評価です。前者については、第2次補正予算の9.40%(概数での算定、以下同じ)に過ぎず、さらにはPCR(polymerase chain reaction:ポリメラーゼ連鎖反応)・抗原検査などの検査体制強化622億円、コロナに係る情報システム整備42億円、ワクチン・治療薬の開発と早期実用化等2,055億円と、「検査体制の充実、感染予防防止とワクチン・治療薬の開発」には合計でも2,719億円(第2次補正予算の0.85%)しか充てられていません(注2)。後者については、10兆円という規模の予備費(第2次補正予算の31.35%)は、「財政民主主義の観点から、使途を明確にする必要がある」といった意見が野党各党から出されています(注3)。この点は、議会(立法府)が政府(行政府)の行動を統制する手段としての役割を予算がもつこと、すなわち予算の統制機能に関わります。こうした予算の役割と、今後のコロナ情勢に応じて政府が柔軟な政策対策をとれることとのバランスが問題になります(注4)。
皆さんも、予算という窓を通して政府のコロナ対策を眺めてみてはいかがですか。

(注1)財務省「令和2年度補正予算(第2号)の概要」
https://www.mof.go.jp/budget/budger_workflow/budget/fy2020/sy020407/hosei020527b.pdf
(注2)厚生労働省「令和2年度厚生労働省第二次補正予算案の概要」
https://www.mhlw.go.jp/wp/yosan/yosan/20hosei/dl/20hosei03.pdf
(注3)NHK「第2次補正予算案 “10兆円の予備費 使途説明を” 野党各党」
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200528/k10012449301000.html
(注4)この点については、次の考察も参考になります。大石夏樹(2009)「予備費制度の在り方に関する論点整理」『経済のプリズム』 第72号、13-25頁、参議院事務局企画調整室
https://www.sangiin.go.jp/japanese/annai/chousa/keizai_prism/backnumber/h21pdf/20097202.pdf
以上のURL、すべて最終アクセス 2020年6月1日。

(執筆:横山彰)