日々是総合政策No.52

変わり行く日本の雇用システム

 あらゆるものが、時代とともに変化する。現在のわれわれを取り巻く環境をみると、不安定な国際政治、異常気象、人口減少(少子高齢化)、第4次産業革命(AI、ビッグデータ、ICT、IoT、空飛ぶ自動車、自動車の自動運転等)、挙げれば切りがないほど多くものが変化し、新しいものが生み出されている。
 戦後長く日本企業の組織文化とされて来た日本的雇用慣行も変化の兆しが出始めている。日本的雇用慣行とは、わが国の大企業を中心とした雇用慣行の特徴である。終身雇用(長期雇用)、年功賃金、企業別組合は、その特徴であり三種の神器と呼ばれている。この特徴に加えて、大卒の一括採用を含めて日本的雇用慣行と呼ぶこともある。
 大学の3年生は年明けの3月から一斉に就職活動を開始し、その年の10月までに内々定を獲得する。早い学生であれば、4月、5月までに内々定を獲得する。なかには3社ないし4社から内々定を獲得する者もいる。そうした学生も10月1日の内定式までには1社に絞って内定式を迎えることになる。
 経団連が大卒の一括採用を2021年春入社から廃止し(政府の要請により22年春入社する大卒まで継続の模様)、さらに、経団連会長の中西宏明氏(日立製作所会長)やトヨタの社長である豊田章男氏も終身雇用制は維持できないと言及している。
 日本経済は、もはや高い成長が望めず、日本的雇用慣行である終身雇用制が維持できなくなっている。企業はこうした状況を打破しようと、AI,ビッグデータ等に精通している新卒を獲得するために、通常年収300万程度の新卒に対して年収1000万~3000万の報酬を提示することで、技術革新により対応できる人材獲得をねらっている。その結果もたらされるのは、年功賃金制の崩壊と正社員間の賃金格差である。2020年4月からは、非正規と正規労働者の賃金格差の縮小を目的として、同じ仕事をしている人には、同じ賃金を支払う(同一労働同一賃金)制度がスタートする。さらに、雇用流動化対策として金銭的解雇権も議論され始めている。

(執筆:小﨑敏男)

日々是総合政策No.51

水戸黄門民主主義

 数年前に団体旅行で中国に行ったことがある。通訳兼添乗員は大学の日本語学科を卒業した26歳の中国人男性だったが、話す日本語がよく分からない。観光の説明なら良いが、「何時どこで集合」と伝える時は困る。でも私には彼の日本語が何となく理解でき、私が若者の通訳になってしまった。「この人の言いたいことは・・・です。」と言うと、若者が頷き自由行動が始まる。そのうち若者と話し込む機会が増えた。一人っ子で親元を離れ上海で単身アパートを借りている。家賃が高くて困っている。マンションを買わないと結婚して貰えない・・・。
 ある時、中国は自由が無くて不満ではないかと聞いてみたら、政治的な自由とか表現の自由とかなくてもビジネスができて豊かになれば良いのだと言う。チベットでもウイグルでも混乱を抑えて秩序を守り、一方で汚職や詐欺などをする悪い奴を捕まえてくれればよい。ふと元米国国務長官のキッシンジャーの「『秩序を取るか、正義を取るか』と問われれば、自分は間違いなく秩序をとる。」という言葉(A Biography、別宮貞徳監訳)を思い出した。でも、いつか自由などの基本的人権がないことに不満を覚えないか。
 欧米諸国は中国も経済発展すれば共産党独裁の政治体制は維持できなくなり、民主主義の価値観を共有出来るようになる。だから経済発展を支援するべきだという今までの信念が誤りだと気づいた。どんなに経済が発展してもどんな政治体制を取りうるし、経済発展による経済力や軍事力や高度な情報技術などを国内外の圧政に使うこともあり得る。
 19世紀初頭のドイツの哲学者ヘーゲルは、「東洋人は、(中略)自由であることを知らないから自由はないのです。かれらは、ひとりが自由であることを知るだけです。(中略)このひとりは専制君主であるほかなく」(歴史哲学講義、長谷川宏訳)と言った。中国は歴史上未だに真の民主主義を経験していない。若者は水戸黄門のように悪人を懲しめながら上手に統治し秩序を守り豊かになれば良いとする。この国はどうなるのだろうか。
 別れ際に「2~3年後にまた中国に来たら通訳に指名してあげるよ。」と言ったら、若者は「馬鹿にするな!その時は社長になっている。」と言い放った。そして雑踏の中に消えた。

(執筆:元杉昭男)

日々是総合政策No.50

経済成長(続き)

 こんにちは、ふたたび池上です。前回は、生産関数の収穫低減、経済成長における人口と一人あたり消費のトレード・オフのお話でした。前回予告した、技術革新が起きる場合の経済成長の話は次回に延期し、今回は絶対収束、条件付き収束のお話です。
 生産関数が収穫低減の場合、資本蓄積、人口増加が進むにつれて、追加的な資本の増加、人口の増加がもたらす生産へのリターンは低減し、経済成長のスピードは遅くなります。話を簡単にするために、資本、人口の2つの変数を、資本を人口で割った一人あたり資本という1つの変数にして、話を進めます。生産関数が収穫低減の場合、一人あたりの資本の蓄積が進んだ先進国の経済成長率は、途上国の経済成長率より小さいのです。やがて、途上国の経済は先進国の経済に追いつきます、つまり、各国間の一人あたり資本および所得における経済格差はなくなるのです。世界の一人あたり資本および所得が同じ値に収束するので、絶対収束と呼びます。
 実際の経済データを用いて、この絶対収束が成立しないこと、途上国が先進国に追いついているとは言えないことがわかっています。なぜでしょうか?実は、前々回お話した、生産物のうち、どれだけ消費せずに貯蓄するかという貯蓄率が異なると、一人あたり所得が収束する値が異なるのです。また、人口成長率が異なると、一人あたり所得が収束する値が異なります。これらの貯蓄率、人口成長率の差異を考慮するという条件つきならば、一人あたり資本の小さい国は、大きい国に追いつき、一人あたり資本、所得が同じ値に収束する、というのが条件付き収束です。実際の経済データを用いた研究は、貯蓄率や人口成長率だけでなく、貿易政策などの違いも考慮して、条件付き収束が成立することを示しています。たとえば、アメリカの各州の間における、一人あたり資本、所得以外の変数の違いは、世界各国のそれらの変数の違いより小さいことが推測できます。この違いの小ささを利用し、アメリカの各州の間では条件付き収束が成立することがわかっています。
 次回は、生産関数が変化しないという仮定を外し、技術革新が起きる場合の経済成長のお話です。

(執筆:池上宗信)

日々是総合政策No.49

大阪はどう変わるのか(上)

 2019年3月大阪府の松井一郎知事と大阪市の吉村洋文市長がともに辞職して、松井氏が大阪市長選に、吉村氏が大阪府知事選に立候補することを表明し、両者ともに4月、当選を果たしました。地域政党「大阪維新の会」に所属する両名が、知事と市長の立場を入れ替えて選挙にのぞんだのは、党の最重要政策としてきた大阪都構想を実現させるためです。
 2017年4月に大阪維新の会と公明党が任期中に大阪都の賛否を問う住民投票を行うことを合意する文書をかわしていた(任期中とはいつまでなのかについては諸説ある)ものの、公明党からの協力が得られず、これが実現できないと松井・吉村氏らが2019年3月判断し、住民の信を問うため、出直し選挙に踏み切ったのです。
 しかし、松井氏の知事任期は2019年11月まで、吉村氏の市長任期は2019年12月までで、そのままの立場で選挙に立候補すれば、当選したとしても、それらの期間までしか任期がなく、構想実現のためには時間が短過ぎます。4年の時間を確保するために、立場を入れ替えてのクロス選挙となったのです。
 大阪都構想の目的は大阪市と大阪府の二重行政を解消することです。大阪市のワールドトレードセンタービルディング(WTC:現在の大阪府咲洲庁舎)と大阪府のりんくうゲートタワービルは、その高さを競って建設されました(後者の方が0.1m高い)が、どちらも巨額の損失が生じました。両高層ビルの建設は、市と府が似た事業を行う二重行政の典型例とされます。どちらか一つが事業を行う仕組みになっていれば、損失は少なくてすんだでしょう。
 高度成長の頃ならいざ知らず、少子高齢化が進み税収が上がりにくくなっている中、このような無駄を許しておく余裕はもはやありません。水道事業は、規模の経済が働く費用逓減産業として経済学の教科書に紹介されています。しかし大阪では、市内向けの水道を大阪市が管理し、大阪府が大阪市を除いた府内の市町村向けの水道を供給しています。これらを統合し一元管理に移行するのが合理的に思われます。ところが、水道料金が値上がりになる地域が出るなどの理由によって政治的な軋轢が生じ、実現できていません。

(執筆:奥井克美)

日々是総合政策No.48

生涯所得基準と消費税の逆進性

 前回(No.41)では、年間所得を基準にすると消費税は、高所得層ほど貯蓄率が高いため、逆進的であると述べました。今回は、貯蓄の目的が将来消費の準備にある点をふまえ、生涯所得を基準にして消費税の逆進性を検討します。
 生涯中に得る所得をW、生涯の消費税込みの消費をC、消費税はCのうちtの割合(0<t<1)とします。
 (1)この人が、人生百年の長寿時代のため、家族に資産を残す余裕がないと仮定すると、生涯の途中での貯蓄も将来時点で取り崩し、自分の消費に使います。つまり、生涯所得をすべて消費に使いきるので、
  C=W ①  が成立します。右辺は生涯の収入であり、これで左辺の消費税込みの生涯支出を賄います。
 さて、生涯の消費税負担はtCですから、生涯所得に対する生涯消費税の割合、つまり生涯平均税率は、①より、tC = tWを使うと
  tC /W=tW/W=t と表せます。
 tは消費税率であり各人に共通です。つまり、生涯平均税率は、Wの水準に関わりなく一定のtです。消費税は生涯所得に対する比例税となり逆進的ではありません。
 (2)しかし、上の人がBだけ資産を残すケースでは結論が変わります。その場合、式①は
  C+B=W ② と変わります。Wの使い方にBが加わるからです。このとき
生涯平均税率は、②より、tC = t(W-B)を使うと  
  tC /W=t(W-B)/W=t(1-B/W) となります。生涯平均税率は、B/Wに依存します。遺贈は通常の貯蓄と異なり、遺贈者が取り崩して消費できないからです。よって生涯所得に占める遺贈の割合、つまり、右辺のB/Wが高いほど、左辺の生涯平均税率は低くなります。通常、Wが高いほどB/Wが高くなりますので、生涯平均税率はWの増加とともに低くなり、個人単位で見る限り、生涯基準でも消費税は逆進的となります。ただし、その原因は貯蓄一般ではなく遺贈行為にあります。
 さらに、家族(家計)単位で考えると、遺族が相続した財産を消費に回す限り、遺族の消費税負担が生じます。

(執筆:馬場 義久)

日々是総合政策No.47

日本的論理を疑う(1)

 今年の大学1年生向けの授業で「よみやすい日本語」をテーマに取り上げた。句読点の打ち方、修飾語と被修飾語の意味、複数の修飾語の並び順、パラグラフまたは段落の意味と役割、文章の作成方法など、「よみやすい日本語」とは何かについて資料を使って説明した。
 このテーマにこだわってきた背景には以下の点がある。
 第1に、日本では自分の書いた日本語の文章について他人が批評・コメントすることはほとんどない。だから、意味不明でも誤字脱字であっても、不適切なものがそのまま活字となってしまう。その「過去は取り戻せない」まま、永久に記録・記憶されることになる。特に若い時に書いた文章にはそうした不適切なものが多数混ざっている。
 第2に、経済学の勉強を志すようになってから読んだ日本語の教科書は、何度読んでも理解できないものが多かった。当初は自分の読解力不足だと思っていたが、乱読するうちに問題は自分でなく相手、つまり著者である研究者や大学教員であると思うようになった。なぜなら、書いてある内容を全部理解できる本があったからである。
 なぜ、ある本は理解することが難しく、ある本は容易なのか。理解することが難しい原因としては、読み手の能力不足を別にすれば、以下のような理由が考えられる。
 第1は、書き手が「よみやすい」「理解しやすい」日本語に気を遣って書いていないこと。第2は、書き手の日本語表現力自体に問題があること。第3は、読み手が一定の予備知識を持つことを前提に書かれていること。第4は、公式を知っていても、その応用問題を理解するには時間がかかること。第5は、論理は簡単でも、それが積み重なると、最初の論理とあとの論理の関係がわからなくなってしまうこと。
 米国や世界で売れている経済学の英語の教科書を読むと、日本語の教科書とは雲泥の差があることに気付かされる。上記の問題点のほとんどが解決されており、分量や論点が多いにもかかわらず、すらすらと理解できるのである。どうせ勉強するなら、日本語でなく英語の教科書で勉強してみてはどうだろうか。

(執筆:谷口洋志)

日々是総合政策No.46

何のために働くか?

 人は、何のために仕事をするのでしょうか?もうすぐ卒業を迎える学生に質問すると、食べていくため(生活費を稼ぐため)、趣味に使うお金を稼ぐため、親から経済的に独立するため、周りの人も皆卒業すると働くから、などの答えが返ってきます。
 マサチューセッツ工科大学のエドガー・シャインは、経営大学院の修士課程の2年生にアンケートをし、卒業後にもフォローアップインタビューをしたデータから、個人がキャリアを選択するときの軸となる価値観や欲求を8つに分類し、キャリア・アンカー(アンカーは錨)と名付けました。アンカーとは、人は自分に適していない仕事に就いたときに何かに引き戻されるイメージを持つ、という例えで、専門・職能別能力、経営管理能力、自立・独立、保障・安定、起業家的創造性、奉仕・社会貢献、純粋な挑戦、生活様式の分類の中に、誰もがどうしてもあきらめたくない領域を持っている、という考え方です。何が自分の重要なアンカーであるかを知ることができれば、自分らしい職業選択をできることになります。
 学校を卒業して勤め人として給料をもらうと、そこから所得税や住民税などの税金を納めるようになります。企業も個人と同じように企業所得から税金を納めています。しかしながら、毎年のように決算数値をごまかす粉飾や脱税のニュースを耳にします。
 ではなぜ、粉飾や脱税は起こるのでしょうか?税金は、ごまかせるなら払いたくないお金なのでしょうか?
 私たちは、税金を財源として公共サービスを受けています。納税は憲法上の3大義務の一つです。教育と勤労は権利とも書かれていますが、納税だけは権利と書かれていません。所得に見合った納税をするのはもちろんですが、平均額より多くの納税が出来たら、それは誇りと考えてもよいかもしれません。だからこそ、税金の使途にも注意を払っていく必要があります。公共サービスをたくさん受けられる方がいいか(大きな政府)、最低限で良いか(小さな政府)という視点も重要です。働くということは、自己実現と社会構成員としての責任を果たす両面を持っています。
 さて、みなさんは、何のために働きますか?

参考:エドガーH.シャイン著、金井壽宏訳『キャリア・アンカー―自分の本当の価値を発見しよう―』白桃書房、2003

(執筆:渡部美紀子)

日々是総合政策No.45

政策の外部性をどう解決するか

 ある国や地方政府で実施される公共政策は、一部の国民や住民にマイナスの影響を及ぼしたり、他の公共政策にプラスやマイナスの影響を及ぼしたり、他の国や地方政府にプラスやマイナスの影響を及ぼしたり、いまは生まれていない将来世代にプラスやマイナスの影響を及ぼしたりします。こうした影響が、「政策の外部性」です。
 一部の国民や住民にマイナスの影響を及ぼす場合は、「1人1票と1円1票」(No.7)で述べたことの応用問題になります。また、ある公共政策が他の公共政策にプラスやマイナスの影響を及ぼすのは、政策間に補完関係や競合関係があるか、2つの政策課題をもたらす諸要因に共通項や何らかの関係性があるかです。そして、他の国や地方政府あるいは将来世代にプラスやマイナスの影響を及ぼしたりする公共政策の例としては、地球温暖化対策やエネルギー政策が考えられます。

 化石燃料の燃焼による二酸化炭素(CO2)排出は、地球温暖化をもたらし、経済的な損失を発生させる。

 この「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC:Intergovernmental Panel on Climate Change)の見解を前提にすれば、ある国(地方政府)のCO2排出削減のための地球温暖化対策は、他の国(地方政府)や将来世代にプラスの影響を及ぼします。このプラスの影響には、国と地方政府の相互間の影響もあります。他方、CO2排出増大をもたらすようなエネルギー政策は、マイナスの影響を及ぼします。
 地方政府間の政策の外部性(水平的外部性)や、国と国内の地方政府との間の政策の外部性(垂直的外部性)に係る問題については、当事者間交渉による問題解決、中央政府である国の政治による問題解決、裁判所の司法による問題解決が考えられます。これに対して、国家間つまり国際間の政策の外部性に係る問題については、世界政府が存在しないゆえに、2国間なり多国間の当事者間交渉(外交交渉)による問題解決や、国際司法裁判所や他の国際裁判所の司法による問題解決や、経済制裁や軍事行動による力による問題解決があります。
 しかし、将来世代への政策の外部性に係る問題については、将来世代との当事者間交渉はできなく、現在世代がどのように解決するのかを確りと考える必要があるのです。

(執筆:横山彰)

日々是総合政策No.44

税について考えましょう

 経済学は、理論的に、そして論理的に社会の中で経済主体(個人、企業、政府)がどのように行動するかを考察する学問です。経済活動の多くの事柄は買手(需要)と売手(供給)のいる市場で決まります。しかしながら、まちの安全を守る治安や誰でもが利用することができる道路整備といった社会全体に利益が及ぶ公共財は民間の売手と買手の取引きを行う市場が成立しません。そこで政府は、このような公共財を提供することが求められます。
 公共財の提供には費用がかかりますから財源が必要で、そしてその財源の中心は税です。つまり、政府はどんな公共財をどれだけ提供するかということと、その財源をどのように調達するかを決定しなければなりません。いずれも市場を通じて決定されることはありませんから、民主主義の国では、選挙を通じて決めなければなりません。経済が成長し、社会が成熟化するに伴って、公共財(行政サービス)に対するニーズは多様化とともに拡大してきましたが、その財源をどのように調達するかを決めることは政府にとって非常に重要な責務です。
 ですが、選挙において政策を提示する側(政治家)にとって、国民の負担である税制の議論はあまり人気のあるテーマではありません(負担を軽くする提案はありますが)。国民また住民は、“サービスは多く、税負担は低い”状況を好みます。また税制は、環境対策など特別な例を除いて、社会の方向性を決定するような政策手段ではないことも、アピールすることが必要な場面では人気がないことの理由になっているのでしょう。その中で公的に必要な負担を主張することは、ある意味勇気のいることだと思います。
 大学で税についての意見を求めると、「負担は仕方がないが納得のいく使い方をしてもらいたい」という声が多く見られます。つまり、必ずしも現状に満足していなくても、税が公的な支出の裏返しであることは理解されているこということです。学校教育を終えて社会に出て経済活動を行うことは、納税者になることを意味します。税については、ややもすると「自分以外の人が払う税は良い税金」となりがちです。投票する側も、政策を実現するための支出とその財源となる税に正面から向かい合う意識が求められます。

       (執筆:林 宏昭)

日々是総合政策No.43

事実を直視する

 思い違いをしていたことに気付くことがあります。米国の地域金融政策がその一例です。米国の金融について問われたとき、真っ先に目に浮かんだのは大規模な金融機関が林立するウオール街でした。しかし、実際には小規模な金融機関が圧倒的に多く、連邦レベル、州レベル、市レベルそれにNPO(非営利組織)を通じたきめ細かい地域金融政策がとられています。
 地域金融を担当している主な金融機関は、リージョナルバンク(日本の地方銀行に相当)、貯蓄金融機関、コミュニティ開発金融機関(CDFIs)です。中でも重要な役割を果たしているのがCDFIsですが、政府、銀行、財団などから資金を調達してそれをNPOや社会的企業(社会的目的を有する営利企業)に融資することで、コミュニティ開発を促進しています。ただし、CDFIsは総称であって、コミュニティ開発銀行、地域開発信用組合、NPO法人(法人格を有するNPO)によって構成されています。
 CDFIsを支えているのが、1977年に制定された地域再投資法(CRA)です。人種的な貧困問題に悩む連邦政府が地域の資金を地域に回すように民間金融機関を誘導することが、その目的です。1994年には、クリントン政権が直接的な投資、補助金制度、財政および経営支援を行うCDFIファンドを設置してCRAの運用を強化しています。また、コミュニティ開発団体に投資した納税者の連邦所得税を軽減する制度を敷いています。
 その後、2008年にバングラデッシュのグラミン銀行のしくみを活用したグラミン・アメリカが設立されています。5人一組の連帯保証を条件とする代わりに無担保の小口金融を営むグラミン・アメリカは、先進国が発展途上国の金融システムを取り入れた特異な事例ですが、2009年にCDFIsとしての認可を受けています。さらに、オバマ政権下の2012年に、規制緩和を通じて小規模事業の資金調達を促進し、雇用と成長を高める新興企業促進法(JOBS法)が制定されています。この規制緩和を一層進めるのがトランプ政権下で2017年に公表(下院で可決)された金融選択法案ですが、地域経済への資金供給の道が拡げられようとしています。  

CDFIs: Community Development Financial Institutions
CRA: Community Reinvestment Act 
JOBS: Jumpstart Our Business Startups

       (執筆:岸 真清)