日々是総合政策 No.32

緑の人と青い人

 いまから20年以上前に日本で初めて誕生した「総合政策研究科」という大学院の講義で、「緑の人と青い人」というレポート課題を出したことがあります。その後、学部の講義や関西で設置された学部を持たない総合政策系大学院の講義などでも同じ課題を出して、総合政策の醍醐味を私なりに受講生に伝えてきました。その課題は、次の通りです。

「ある社会で緑の人が右に進もうと言い青い人は左に進もうと言ったところ、その社会は緑の人の言うことに従い右の進路をとった。こうした現象が生起する状況を列挙し、その政策的含意を考察しなさい。」

 社会人院生も含む当時の受講生の皆さんのレポート内容は、極めて多彩で色々な考察が加えられ、大変に示唆に富んだものでした。中高生はじめ若い読者の皆さんには、まずもって、ご自身で少し考えてみていただきたいと思います。
 こうした現象が起こるのは、(1)その社会の構成員のほとんどが緑の人であったから、(2)緑の人が法的権限を持った代表者であったから、(3)その社会の支配的な宗教の最高責任者が緑の人であったから、(4)その社会の審美眼からして緑の人が美しい人だったから、(5)緑の人が科学的根拠を示したから、(6)過去の言動からして社会的信頼は緑の人の方が高かったから、(7)緑の人が言う右の進路の方が得をする人数が多かった(1人1票の結果)から、(8)緑の人が言う右の進路の方が社会全体の純便益が大きかった(1円1票の結果)から、(9)左より右の進路の方が歩きやすそうだったから、(10)緑の人の演説の方が良かったから、などなど(そうした諸要因の重なりも含め)色々な説明が考えられるでしょう。
 一度限りの科学的根拠からすれば青い人の言説の方が正しかったとしても、過去の言動からして青い人が「狼少年」だった場合には、その科学的根拠だけでは社会の進路は決まらないかもしれません。また、青い人の言うことが本当に正しくても、青い人の言うことだけは絶対に受け入れたくない、といった感情が政策決定を左右する場合もありえます。
これらの点から、「政策は人なり」の側面も考える必要があるのです。

(執筆:横山彰)

日々是総合政策 No.31

国の財政と地方の財政

 日本では,国と都道府県,市区町村からなる3層の政府によって公共部門が構成されている。都道府県と市区町村は地方公共団体と呼ばれ,国とともに多くの公共サービスを提供している。この国と地方の関係で,日本の政策過程の特徴は,多くの政策が国によって決定され,地方がその政策を実施するということにある。その理由を考えると,どうも日本人の平等感が根底にあるように思われる。どこに住んでいても,同じように学校教育や医療のサービスが受けられるような,平等な社会を日本人は望んでいるのではないだろうか。そのため,どこにいても等しくサービスが受けられるように,国が政策を全国一律に決定し,その実施を地方政府が担っている。
 ところで,この政策を行うためには,国は地方が政策を実施するための財源を確保する必要がある。国によって決められた,地方で提供すべき公共サービスの水準,すなわち標準的な財政需要(最近ではナショナル・スタンダードと呼ぶ)の財源を充たすため,国にとって地方全体での必要な額の財源を保障することが必要となる。この制度は,地方財政においてマクロでの財源保障制度と呼ばれている。毎年度の国と地方の予算過程で,地方の標準的な財政需要に見合う財源を確保し,不足の場合には地方財政対策によって財源保障がなされている。図1はその大まかなイメージであるが,左側に国の一般会計が,右側に地方全体の財政状況を示す地方財政計画が示されている。地方財政計画の歳出が上で述べた標準的な財政需要の大きさを表し,この地方財政計画歳出に見合う十分な財源を,国からの国庫支出金や地方交付税を含めて地方財政計画歳入で確保し,上で述べたように,どこに住んでいても同じようなサービスが受けられるようになっているのである。

図1 国の予算と地方財政計画(通常収支分)との関係(令和元年度当初)

出典 総務省ホームページ

(執筆:堀場勇夫)

日々是総合政策 No.30

トランプ大統領の公約と財政面から見た真実(下)

 トランプ大統領は、2016年の大統領選挙に際して大規模減税で経済成長を促し、雇用増を図ろうとする、共和党伝統の政策を掲げた。特に法人税率の35%から15%への引下げ、所得税率の3段階簡素化、遺産税の見直し等の大規模減税を公約にした。トランプ政権は17年12月末に公約そのままではないが、レーガン減税以来といわれる、10年で約1.5兆ドルの大規模減税法(2017年減税・雇用法)を成立させ、18年1月から実施に入った。その内容は、①法人税率を35%から21%に18年から引下げ、②海外所得の還流時課税を廃止し、海外資産に一度切り課税、③所得税最高税率の引下げ、④遺産税の減税、⑤オバマケア罰則金廃止等である。果たしてその経済効果はどうか。
 トランプ政権は、減税効果で実質GDP成長率が18年に3.1%それ以降20年まで3%を超える状態が続くと強気であった。だが、18年は2.9%の成長にとどまった。超党派の議会予算局の「予算と経済見通し2019-2029」は、減税効果が薄れる20年以降は実質成長率が19-23年2.0%、24-29年1.7%に落ちるとする低い予測を出している。
 また、トランプ政権は、減税や規制緩和で経済成長すれば、税収増で財政収支は改善し、任期の8年で債務を完済すると主張した。だが、法人税収が22%も減少し、18年度の財政赤字は、前年度より17%増えて7790億ドルとなった。議会予算局は上述の資料で、財政赤字は20年度が8960億ドルだが22年度は1兆ドルを超えて増えて行き、29年度には1兆3100億ドルになると予想する。政府債務は18年度の15.8超ドルから8年後の26年度には24.6兆ドルに膨らむと予想する。
 さらに、トランプ政権は、減税・雇用法は中間層と中小企業のために減税だと主張していたが、現実は違う。租税政策研究所の資料「共和党税法下の租税便益の大半は最富裕層に帰着」によると、同法が27年まで完全に実施されたとして、減税便益の99.2%がトップ5%の家計(富裕層)に行き、第3五分位を中間層とするとこの層は2.1%便益が減る。
 以上、トランプ政権の財政(減税)政策は、経済成長、財政赤字改善、減税便益の効果のいずれの点においても、短期的な効果は多少あっても長期的には効果が低いか望ましくない結果になるというのが、真実の姿である。

(執筆:片桐正俊)

トランプ大統領の公約と財政面から見た真実(上)

日々是総合政策 No.29

スポーツと地方創生~平成の日本サッカーの変化を振り返る(上)

 ラグビーW杯ワールドカップ2019日本大会や2020年の東京オリパラ大会を前に、W杯の開催とJリーグの創設をみた、平成の日本サッカーを振り返りたい。サッカーに関し、2002年の日韓共催W杯と地域密着のJリーグの創設が絶大な影響を及ぼし、日本サッカーの競技力が顕著に向上したことには異論もないだろう。こうした世界規模のスポーツ大会開催には、運営や施設整備に公共的主体が相当に関わるが、その意義は十分検証されるべきだ。
 メキシコ五輪での日本の銅メダル獲得後に、部活動でサッカーに親しんだ筆者が初めて見たW杯は多くのサッカーファンと同様、1974年西ドイツW杯の決勝のTV中継だ。皇帝ベッケンバウアーの西ドイツと、スーパースターであったヨハン・クライフを擁するオランダの決勝に酔いしれた。以来、私にとってW杯やヨーロッパサッカーの環境はずっと憧れだった。一生のうちに一度でいいから、日本がW杯の舞台で世界の強豪と戦うところは見てみたい、というのがその頃からのなかなか果たせぬ夢だった。
 今の若い方には想像がつかないかもしれないが、1970年代以降日本はアジアの壁に阻まれ、W杯出場どころかオリンピックもなかなか出場できなかった。それが平成のJリーグの創設後、「ジョホールバルの歓喜」を経てフランス大会に初出場、日本で開催された日韓共催W杯では、決勝トーナメントに進んだ。その後日本はロシア大会まで6大会連続W杯出場を果たし、そのうち日韓共催を含め3大会で予選ラウンドを突破し、ベスト16に進出した。アジアでは、アジアカップで三度の優勝と一度の準優勝、アジアのクラブチームナンバーワンを決めるACLでも3チームが計4度頂点を極めた。さらに2011年には、なでしこジャパンが女子W杯で優勝、東日本大震災に沈む我が国に元気をもたらしたことも記憶に新しい。
 この日本サッカーの水準の躍進には、Jリーグの創設と拡充が大きく寄与したことは間違いない。また、このJリーグの広がりは日本の地域社会にも大きな影響を与え、地方創生にも寄与している。Jリーグの地域密着へのこだわりが、地域の人々の「地域」への思いに訴えるものがあったということなのではないだろうか。この点に地方創生の原点を見る思いがしている。
 Jリーグの現状と平成の動きは、(下)で紹介する。

(執筆:平嶋彰英)

日々是総合政策 No.28

民主主義のソーシャルデザイン:ちばでもプロジェクト

 「投票に行く人を増やす」。これも民主主義のソーシャルデザインを考える上で、非常に大切なテーマです。私は、2012年の衆議院選挙のときから、選挙が行われるたびに、私のゼミ学生の皆さんと一緒に「投票に行く人を増やす」ための活動として、「ちばでもプロジェクト」を行っています。「ちばでも」の言葉の意味は、「千葉のデモクラシー(民主主義)」。大学のキャンパスが所在する千葉市で選挙が行われなかった2018年を除き、ほぼ毎年、活動を展開してきました。大学キャンパス内に「期日前投票所」を設置し、学生がその運営にも関わるという活動も行いました。私は、小学校から帰宅して、国会中継を見ながら、答弁の真似をすることが大好きな子どもでした。選挙が近づくたびに「ワクワク」するのは、大人になった今でも変わりません。
 投票率が低い要因は、有権者が候補者や政党のことをなかなか知ることができないからではないか。候補者や政党のことを知ろうとすると、大変だし、面倒だ。だから、有権者は、しっかりと調べて投票に行くよりは、投票に行かない方が良いという選択をしているのではないか。このような仮説に基づき、候補者にアンケートを実施し、WEBで政策比較サイトを作りました。
 選挙期間中、学生が実際の政党マニフェストを読んだ上で、模擬投票をしてもらうということもしています。公職選挙法の関係で、選挙期間中には結果を公表することはできないですが、選挙後に、実際の選挙結果と若者による模擬投票の結果を比較し、世の中全体の意見と自分たちの意見の相違点を考える、というような取り組みもしています。
 これまでの経験から、現在は、社会に対する自分の影響力を知る、何か変えた経験がある、ということが、政治参加や社会参画の促進に対する重要な要素であるという仮説を持ち、様活動をしています。選挙のときに「投票に行こう」と言うだけではなく、日常から身近なことに関わり、何らかの成功体験を積み重ねていくことが、時間はかかるかもしれませんが、これが投票率の向上にもつながっていくのではないかと思い、夏の参議院選挙に向けて、新たな「ちばでも」のデザインを考え始めています。

(執筆:矢尾板俊平)

日々是総合政策 No.27

累進所得税(1)

 前回(No.18 )述べましたように税や社会保険料による公的負担の評価には、その使い道、誰に使うか、評価期間の長さが重要な影響を与えます。そこで本コラムではこれらの点に注意しつつ、公的負担の意味を再考します。
 今回は租税の累進的負担についてです。所得税を例にとります。Aさんの所得が2000万円、Bさんの所得が200万円とし、2000万円には40%、200万円には10%の税が課されると想定しましょう。このように、高所得ほど平均税率(=所得全体に占める税負担の割合、今の例では40%と10%)が高くなる所得税制を累進所得税と言います.
 累進所得税制によって何が生じるか?Aは2000万円稼いで、所得税を40%課されるので所得税は800万円、よって手取り、経済学でいう可処分所得は1200万円となります。Bの可処分所得は180万円となりますね。
 ここでAとBの所得格差に注目しましょう。課税前にはAの所得はBの10倍(=2000/200)でした。ところが課税後の可処分所得を比べると、Aの可処分所得はBの約6.7倍(=1200/180)に縮小しています。つまり、累進所得税は、課税後の所得格差を課税前の所得格差より小さくするのです。
 では累進所得税でなく比例所得税の場合はどうでしょうか?比例所得税は所得水準にかかわりなく一定の平均税率を課します。勤労者の社会保険料がほぼ該当します。いま、その平均税率を10%とすると、Bは前の例と同じで200万円が180万円になり、Aは今度、2000万円に10%の税率ですので、所得税は200万円、手取りは1800万円です。よって、二人の所得格差は、課税後も10倍(=1800/180)で、課税前の所得格差(=2000/200)は変化しません。二人の所得に同じ平均税率を適用するからです。
 結局、累進所得税は、高所得に低所得より高い平均税率を課して、所得格差を縮小するわけです。ただ、その所得格差の縮小は、課税前と課税後を比べただけのことです。たとえば、Bさんの課税前所得を250万円に引き上げ、課税前の格差自体を10から8に縮小するような抜本的な格差縮小政策ではありません。

(執筆:馬場義久)

日々是総合政策 No.26

人口減少のインパクト(3):地域別の人口減少(2)

 前回のコラムでは、地域別の人口減少について話を進めました。主に地方において人口減少が加速していくのに対して、東京都は2030年までは人口が増加すると予測され、2045年でも2015年段階よりも人口は多くなる予想されています。つまり、地方は「低出生+高齢化」によって人口減少が加速するのに加えて、「都市への流出」というもう一つの要因によって人口減少が加速していくことになるのです。
 前回、2015年から2045年の30年間で、一番人口減少数「数」が大きいのは大阪府で約150万人と書きました。大阪府の2015年段階での人口は884万人です。2045年には734万人になると予想されています。確かに減少数としては非常に大きいですが、2045年においても東京都に次いで2位の人口規模を誇ります。総人口に占める大阪府の人口割合は、2015年と2045年ではほぼ変化はありません(7%)。一方、人口減少「率」が一番大きい青森県(-47%)では、2015年段階での人口が131万人であるのに対して、2045年段階での人口が82万人まで減少します。
 ちなみに、2045年段階での総人口が最小となる都道府県は鳥取県で、約45万人と予想されます。この約45万人というのは、尼崎市の人口とほぼ等しい数字になります。鳥取県の面積は約3,500平方キロメートルであるのに対して、尼崎市の面積は約50平方キロメートルですので、人口密度は70分の1となるわけです。
 さて、総人口だけではなく、年齢別の人口も見ていきましょう。少子高齢化は地方においてより深刻であると言われています。実際に、2045年の高齢化率(人口に占める65歳以上人口の割合)が一番低いのが東京都で、30.7%と予想されています。この数字も十分に大きいのですが、2045年段階での高齢化率が最も大きい都道府県は秋田県で50.1%になります。この数字のインパクトは極めて大きく、県民の約半分が高齢者となるのが30年後の秋田県ということになります。

(執筆:中澤克佳)

日々是総合政策 No.25

経済成長

 こんにちは、ふたたび池上です。前回は、国民一人あたり年間所得の増大は、貧困の減少、健康や満足度の増加をもたらすようだというお話でした。今回は、国民一人あたり年間所得の増大は、どのようにもたらされるのかというお話です。個人がどのように所得を増大させるのかではなく、一国の経済全体の生産物、所得がどのように増加するのかを捉えます。
 ある国の労働者全員を労働とし、すべての土地、工場、機械を資本とします。この労働と資本を用いて生産物が生み出されます。その生産物の売上は、賃金として労働者の所得になり、資本レンタル料として、資本所有者(資本家)の所得になります。さて、その労働者と資本家の所得ですが、一部は消費にあてられ、残りは貯蓄に回されます。そして貯蓄は投資にあてられ、投資は資本の増加分、資本蓄積となります。この一連の流れを図に、キーワードと矢印を使って書いてみてください。流れは、一回りが一年で、毎年、毎年繰り返す流れです。
 所得を増加させるためには、生産物を増加させる必要があり、生産物を増加させるためには労働と資本を増加させる必要があります。どうやら、労働と資本の増加が、所得増大の要因のようです。資本の増加は投資、そして貯蓄に等しいのですが、やたらに投資と貯蓄をしてはいけません。なぜでしょうか?また、労働の増加は、人口を増やせばよいのですが、やたらに人口を増やしてもいけません。なぜでしょうか?
 資本の増加を考えるには、まず、我々国民は上記の一連の流れのどこから幸せを得ているのかを考える必要があります。働くこと自体からの喜び、給料を家族に渡せること自体の喜びなどを簡単化のために割愛すると、我々は消費から幸せを得ています。だからといって所得をすべて消費に回してもいけません。なぜでしょうか?なぜならば、貯蓄=投資=資本の増加は、来年の生産物、所得、そして消費を増加させるからです。次回は、この話の続きです。

(執筆:池上宗信)

日々是総合政策 No.24

トランプ大統領の公約と財政面から見た真実(上)

 トランプ氏ほど公約にこだわる大統領も珍しい。彼は、2020年11月の大統領再選を目指し、「米国第一」のための公約実現こそが有権者の信認を得る一番の近道だと考え、そう行動してきた。では、16年の大統領選挙で掲げた主な公約はどの程度守られているのか。
 通商政策では、北米自由貿易協定からの脱退を公約したが、再交渉により米国に有利な米国・メキシコ・カナダ協定に合意させ、批准に向け動いている。環太平洋パートナーシップ(TPP)協定については、公約通り離脱を表明した。関税を使って米国に有利に二国間貿易交渉を進めるために、関税ゼロを目指すTPPを離脱したのである。そして、高関税化等で対中国貿易赤字の解消を公約していたが、実際に対中貿易交渉で、18年7月以来第1弾~第4弾の制裁関税を課そうとし、中国もこれに反撃の制裁関税を発動する動きになって、米中貿易戦争にまで発展している。
 環境政策では、地球温暖化対策の国際的枠組である「パリ協定」からの離脱を公約していたが、実際に離脱を表明した。エネルギー政策では、資源開発に対する規制緩和を公約していたが、天然ガスや原油などエネルギーを運ぶパイプラインの建設を促進する大統領令に署名している。金融政策では、2007-09年金融危機の再発防止を目的とした2010年金融規制改革法の廃棄を公約していたが、18年に中小銀行に対する規制緩和などの部分緩和の同法改正を実現している。
 移民政策では、メキシコ国境に壁建の建設を公約したが、その財源を下院民主党の反対で直接予算化できないので、非常事態宣言をして国防予算から捻出する方針である。
 医療政策としては、医療保険への加入を義務付けた2010年医療費適正化法(オバマケア)の完全廃止と別制度の導入を公約したが、2017年減税・雇用法においてオバマケア罰則金の撤廃を実現できただけである。財政政策の公約(減税政策)は、次稿で詳しく述べる。
 トランプ大統領は、上述のように公約を守ろうとしている点で「立派」に見えるかもしれないが、公約そのものが時代に逆行していたり、それを独りよがりに国際ルールや民主主義を無視して推進しようとするなど、国内外から批判を受け、望ましくない結果も生じている。

(執筆:片桐正俊)

日々是総合政策 No.23

気候変動を受け入れない人々を説得するには

 気候変動に対して必要な集団的行動を行うことは,これまで40年近くの歴史が証明してきたように大変難しいことです.その主な理由は,気候変動に対する認識バイアスを永続させるような社会的な観念形態(イデオロギー)の存在であり,それが集団的行動の形成の障壁となっていると考えられています.
 現在,アメリカで暮らす子供達は,大人に比べて政治的意見や文化的境界線を気にすることなく科学的問題についてオープンに学習し,意見を持つことができます.そのため,彼らは,大人よりも「気候変動は都市伝説に過ぎない」という意見を持ちにくい傾向にあります.こういった背景の下で,「子から親に知識・態度・行動を移転する」という世代間学習が,気候変動に対する社会観念的な障壁を克服するための有効な方法となり得るかもしれないと考えた米国の研究チームは,「子供達が学校で学んだことを家に持ち帰ることで,親の考え方を変えることができるか」を検証するために以下の様なフィールド実験を行いました(Lawson et al., 2019).
実験は北カリフォルニア沿岸部の中学校教師を通じて行われました.処置群100家族の子供達(中学生)は,気候変動に関する授業プログラムに参加しました.その内容は「天気と気候の違い」や「気候変動が生物にどのような影響を及ぼすのか」などに加えて,地域コミュニティ・プロジェクトへの参加も含まれていました.さらに子供達には,地域の天候変化に関する認識についてインタビューをするという課題が出されました.また対照群100家族の子供達は,通常通りの授業プログラムに参加しました.
 実験の前後に,「気候変動に対する懸念」に関するアンケート調査が親子に対して行われ,スコア化されました.気候変動に対する懸念スコアの変化を親の政治的立場別(保守・中間・リベラル)で分析し,対照群と比較したところ以下の様な主要な結論を得ました.
 気候変動に関する授業プログラムという介入は,子供達だけではなく,親の気候変動に対する懸念までも影響を及ぼすことが分かりました.どの政治的立場の親に対しても,この介入によって気候変動に対する懸念を増加させましたが,特に保守層の親の懸念は大幅に増加しました.(対照群においても保守層の親の懸念は増えたため,複数回,気候変動に関するアンケートに答えること自体が,考え方を変える効果を持っている可能性もあることも分かりました.)また父親の方が母親に比べて懸念スコアの上昇が高かったこと,娘の方が息子よりも親に対して大きな影響力を持つことも分かりました.
 つまり限定的な状況ではあるものの,中学校の授業は子供達を通して親の気候変動に関する考え方までも変えることができたのです.ただし,この効果がどれくらい長続きするのか,また集団的行動を形成できるのかについては,まだ良く分かっていません.

(出所)
Danielle F. Lawson, Kathryn T. Stevenson, M. Nils Peterson, Sarah J. Carrier, Renee L. Strnad and Erin Seekamp, 2019, Children can foster climate change concern among their parents, Nature Climate Change, 9: 458-462.

(執筆:後藤大策)