日々是総合政策 No.2

マレーシアの「ワワサン2020」

 2018年5月にマレーシア首相に返り咲いたマハティール氏はすでに90歳を過ぎたというのに今も若々しい。マハティール氏は、かつて1981年から2003年までの約22年間にわたって首相の座にあり、日本の勤労精神を学ぼうという「ルックイースト政策」を1981年に提唱した人物として日本でもよく知られている。
 そのマハティール首相時代の1991年に、重要な長期ビジョン「Wawasan 2020(Vision 2020)」が発表された。ワワサン2020は、2020年までにマレーシアを先進国にするという目標である。そのために年7%の経済成長を通じて10年間に経済規模を倍増させるという数値目標が設定された。それだけをみると、日本政府が1960年代に掲げた「国民所得倍増計画」や、中国政府が1980年代以降掲げてきた10年倍増・20年4倍増計画と変わらない。
 しかし、ワワサン2020は、量的な成長戦略ではない。ワワサン2020は、国民の結束と社会的結合、経済、社会正義、政治的安定、政府のシステム、生活の質、社会的・精神的価値、国民の誇りと自信といった面での「先進国化」を狙ったものだ。
 その2020年が来年やってくる。経済面での「先進国化」目標はどうなったか。世界銀行の経済区分によれば、2017年時点での1人当たり名目国民総所得(GNI)が1万2036米ドル以上であれば、高所得経済、つまり先進国経済に分類される。2019年4月9日にIMF(国際通貨基金)が発表した統計によると、2020年におけるマレーシアの1人当たり名目GDP(国内総生産)は1万2100米ドルと予測されている。GNIとGDPという違いはあるが、2020年にマレーシアは先進国の経済水準に到達することが確実である。
 しかし、所得水準だけをみてマレーシアが先進国化したと判断することは早計だ。日本の国民所得倍増計画は、目標を超過達成したという意味では成功したが、環境を大幅に悪化させたという点では失敗だった。経済だけでなく、政治、社会、精神、心理、文化の面でも先進国化を目指す「ワワサン2020」は、もしかすると、日本を反面教師として見習おうという、もう一つの「ルックイースト政策」だったのか。

(執筆:谷口洋志)

日々是総合政策 No.1

パレート改善と外部性

 総合政策は、現実の社会を「より良い社会」に変えようとする人間の営みを総合的に研究します。これは、既にお伝えしました。人が違えば、「より良い社会」も違います。しかし、次のような考え方に異を唱える人は少ないでしょう。
 ある人が「白」よりも「赤」のシャツを着る方が望ましいと考えて「赤」シャツを着た、と想像してみてください。このとき、その人の着るシャツの色などは他の人々にとってどうでもよければ、その人が「白」シャツを着ている社会よりも「赤」シャツを着ている社会の方が「より良い社会」だ、と考えられます。この考え方は、パレート(1848 – 1923年:イタリアの経済学者)の名を冠した、「パレート改善」を良しとする価値判断に基づいています。パレート改善とは社会の構成員の何人をも悪化させることなしに誰かを良化できることで、こうした改善は社会全体にとって良いことと判断されます。改善前の社会と比べて改善後の社会の方が「より良い社会」と考えるわけです。
 言い換えれば、誰にもご迷惑をかけないならば、誰もが自分の幸福を追求し自分が良いと考える状態を実現することが、社会全体にとっても良いことであるとする考え方です。この考え方は、自由主義にも通じます。
 しかし、ある人がシャツではなく、自分が購入した白壁のビルを白よりも好きな色の赤に塗り替える場合は、どうでしょうか。ビル壁が白ではなく赤になることで不快になり損失を被る人(例えば隣人)がいれば、この変化はパレート改善になりません。このように、ある人の選択行動が第三者である他の人の利害に影響を与えるときは、「外部性」が存在すると言います。その影響がプラスなら正の外部性、マイナスなら負の外部性です。では、白いビルのままの社会と比べ、そのビル壁を赤くした社会は「より良い社会」と言えるのでしょうか。この点、社会全体としてどう評価するかについては、次回に考えましょう。

(執筆:横山彰)

日々是総合政策

日々是総合政策とは

 総合政策の基本的な考え方や日々の暮らしの中で考えたことや各々の研究成果などを、当フォーラムの理事を中心に中高生にも分かるように執筆する短い随筆欄です。
 中高生の皆さんが、いま暮らしている社会の一員として、どのような「より良い社会」をめざそうとするかで、皆さんが大切にしている社会も変わってきます。私たちは、日々、「より良い社会」をめざし、また自分の中にいる多様な自分を制御して自分なりの「より良い自分」をめざし暮らしています。この点で、私たちは日々総合政策を実践しているのです。
 身近の中高生や若者と一緒に、また日々総合政策を長年にわたり実践してこられた高齢の方々と一緒に、自分が大切にしている社会を「より良い社会」にするために、私たち一人ひとりが何ができるかを考える素材として、ここに掲載される小文が役立つよう願っています。
 なお、各小文は記名執筆者の個人的見解であり、その記述内容は各執筆者が責任を負うものです。

(執筆:横山彰)