日々是総合政策No.70

予防医療(上)

 前回(No.42)は、日本の医療制度改革の経緯と方向を概観しました。医療制度改革の基本目的の一つは「国民皆保険制度の維持・安定化」にありますが、これにはいくつかの検討課題があり相互に関連しています。具体的には、①診療報酬、②薬価制度、③社会保険料と租税の負担(国民負担率)、④患者自己負担と高額療養費、⑤医療の提供体制(かかりつけ医機能、遠隔診療を含む)、⑥予防医療があげられます。
 こうした課題について、医療費と経済・財政の動向や人口と疾病構造の変化、治療・検査技術の進歩等が考慮され、改革が行われてきました。一般に①~⑤が重要課題になっており、これらを整理・検討した上で⑥の予防医療を取り上げる予定でしたが、近年ではその中でも労働者の予防医療の重要性が増しています(注1)。今回は、この意義を先に整理しておきたいと思います。
 労働者の予防医療は、主に経済産業省と厚生労働省、企業と保険者(健康保険組合等)において提唱され、大企業を中心に多様なプログラムが導入されています。一般にこうしたプログラムは、企業と保険者の協働(コラボレーション)によるものとされますが、労働者の主体的参加と行動が重要になります。
 予防医療の基本目的は、労働者の健康を長期的に維持・増進させることにあります。これにより期待される成果として、第1は労働生産性の維持・向上、第2は就労可能年数の延長があげられ、第3に重症化・長期入院の抑制による医療費軽減が期待されます。第1と第2は生産年齢人口が減少する中で有用とされ、第2は公的年金の繰下げ受給の選択につながる基本的要因にもなりえます(この場合には、高齢者雇用のあり方が問われることになります)。
 日本では(欧米の先進国に比べ)予防医療は必ずしも重視されていないとされ、また「予防による医療費抑制効果は明らかではない」とも指摘されます(注2)。こうした評価がなされていますが、健診・検査機器と検査技術(データ管理を含む)の進歩、疫学研究の進展により予防医療の質的向上が可能とされる現代では、予防医療には医療費の多寡では規定しえない意義があると言えます。
 今後の方向を考える上では、これまでの経緯と課題を整理する必要があります。これについては次回、「予防医療(下)」として取り上げます。

(執筆:安部雅仁)

(注1)一例として、日本経済新聞(2019年9月3日)「予防医療、企業を支援-社会保障改革 7年ぶり始動」が参考になります。
(注2)Cohen, J., P, Neumann. and M, Weinstein(2008)“Does Preventive Care Save Money? Health Economics and the Presidential Candidates”. The New England Journal of Medicine, Vol.358, No.14, pp.661-663.津川友介(2014)「予防医療のうち医療費抑制に有効なのは約2割」https://healthpolicy healthecon.com/2014/07/17/cost-saving-preventive-medicine/(2019年9月6日最終閲覧).

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