日々是総合政策No.277

再考:純資産税(7)-スペインの純資産税

 スペインは1977年に純資産税を導入し、2008年に廃止の後、2011年に突然再導入しました。以下、注による再導入された純資産税の効果分析を紹介します。同国はスイス・ノルウェーと共に、現在も純資産税を採用しています。それはスイスと同じく州税であり、課税最低限・税率の設定等も州に委ねられています。
 注はCatalan(カタルーニャ)州に注目します。同州の純資産税収はスペイン全体の46%を占めます(2015年。第一位のシェア)。同税の課税最低限は70万ユーロ(約1億円)です。スイス (本コラムNo.271参照) に比べて高く富裕層を対象としています。
 注は、申告資産額の多い順に並べた上位50%分の申告書をデータとし、再導入された純資産税の平均税率の違いが、資産保有額や資産構成に与えた変化-2011年の値に比べた2012年から2015年までの値-を推計します。ここで
 各人の平均税率=税額/申告資産=法定税率×課税資産/申告資産 
と表せ、申告資産は課税資産と非課税資産の合計ですので、平均税率は、納税者の保有資産に対する税負担割合-負担率-を示します。
 主な推計結果は、平均税率0.1%の増加は課税資産の3.24%の減少(2012年から2015年の累計)を招くというもので、その主因として、貯蓄の減少ではなく租税回避を導いています。
 租税回避の第一は、中小企業の会社株の非課税措置を利用するものです。個人が会社株の5%以上を所有していれば非課税となります。
 第二は、純資産税≦0.6×課税所得-所得税 という純資産税の負担上限措置の活用です。この右辺には1年以上保有した資産のキャピタルゲインは算入されません。たとえば、配当を分配する投資信託を減らし、非分配型の投資信託を購入しキャピタルゲインを得ると、配当分課税所得を減らせる一方、キャピタルゲインは課税所得を増やしません。結局、純資産税の負担上限値を低くできます。
 以上の富裕層の租税回避行動は、純資産税の格差是正機能を限界づけるでしょう。


Durán-Cabré, J., Esteller-Moré, A. & Mas-Montserrat, M. (2019), Behavioural responses to the (re)introduction of wealth taxes: evidence from Spain. IEB Working Paper 2019/04.

(執筆:馬場義久)

日々是総合政策No.276

憲法第53条の運用について考える

 11月15日の朝日新聞に「20日以内の召集、自民が反対意向『違憲の可能性』指摘」という記事(注1)がありました。
 憲法第53条は「内閣は、国会の臨時会の召集を決定することができる。いづれかの議院の総議員の四分の一以上の要求があれば、内閣は、その召集を決定しなければならない。」と定めています(注2)。これを歴代の内閣が、期限が規定されていないことをいいことに、実質的に無視してきたことはご案内のとおりです。その件については那覇地裁が「違憲と評価される余地はある」と判示した(注3)。
 自民党の憲法改正草案でも「20日以内」と規定する案が示されていることは、記事のとおり(注4)。しかし、これは、憲法改正のハードルが高い場合、国会法の改正でもできるのではないかと私は考えていました。いろいろな人に話してはいたのですが、また、東京弁護士会からも同旨の意見があります(注5)。そうしたところ、今国会で、立憲民主党と維新がそういう国会法改正案を提出したというので、その成立を期待していたら、この新聞記事では、自民党の議運委員長は「内閣の召集権の侵害になる恐れがある、」と発言し、「違憲となる可能性があると指摘したという。」しかし、自民党のこの発言は、憲法上内閣に国会召集については全面的に内閣の裁量に委ねられており、それを制限することは許されないとする解釈なのだろうか。法律は往々にして、内閣に義務づけを行うものが多く、また「国会」は国権の最高機関であるのだが・・・。この解釈に従えば、国会法第2条の「常会は、毎年一月中に召集するのを常例とする」も、同第2条の3の「衆議院議員の任期満了による総選挙が行われたときは、その任期が始まる日から三十日以内に臨時会を召集しなければならない。」という規定も違憲となると思われるのだが、見解を聞いてみたいものだ。各党の協議による実現を期待したい。

(注1) https://digital.asahi.com/articles/DA3S15475067.html?iref=pc_ss_date_article
(注2) 私の恩師伊藤正巳元最高裁判事の『憲法第三版』(1962年3月弘文堂)によると「この臨時国会召集要求件は、召集を行政部にのみ委ねるのではなく、国会の立場を配慮しているようであるが、議院内閣制のもとでは、実際上は、国会における少数派の権利を認めたものである。この要求があったときは、要求される期間に常会または特別会が召集されるため明らかに臨時会の必要がないと認められるときのほかは、内閣は相当の期間内に速やかに召集を決定しなければならず、緊急の必要性がないとか、内閣側の準備がととのわないなど不都合があるという理由で召集をおくらせることは許されない。要求に期限や期日を指定することが多い。これはそのまま内閣を拘束するものではない。しかし、この国会側の意思を尊重しつつ社会通念上相当と判断される期間内に召集すべき義務を負うのでありその期間をすぎた臨時会の招集は要求に応じたものではなく、内閣の職権に基づく臨時会の召集とみられるただ、臨時会召集の要求に対する召集義務に違反しても、履行を強制する法的方法はなく内閣の政治的責任を追及するほかない。」とされる(p.452)。
(注3)「憲法53条後段に基づく内閣による臨時会の召集の決定については,憲法が採用する三権分立の原理に由来する司法権の憲法上の本質に内在する制約として,裁判所の司法審査権は及ばないと解すべ きである。」としつつ、「憲法53条後段に基づく臨時会の召集要求に対して,内閣は臨時会を召集するべき憲法上の義務があるものと認められ,かつ当該義務は単なる政治的義務にとどまるものではなく,法的義務であると解されることから,同条後段に基づく召集要求に対する内閣の臨時会の召集決定が同条に違反するものとして違憲と評価される余地はあるといえる」 https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/566/089566_hanrei.pdf
(注4) https://jimin.jp-east-2.storage.api.nifcloud.com/pdf/news/policy/130250_1.pdf
(注5)「憲法第53条後段に基づき、速やかな臨時国会の召集を強く求める会長声明」(2021年09月09日東京弁護士会 会長 矢吹公敏)https://www.toben.or.jp/message/seimei/post-629.html
(以上のURLの閲覧日は、すべて2022年11月25日である)

(執筆:平嶋彰英)

日々是総合政策No.275

中国のクラウドファンディングに学ぶこと、学べないこと

 中国は、質の高い経済社会の発展と小康社会の実現を目指しています。そのため、中小企業・小規模事業などのコミュニティビジネス向けの資金供給が重視されています。ところが、これらの事業は国有商業銀行などフォーマル金融機関から資金調達するのが困難であったため、インフォーマル金融に依存するケースが目立っていました注1)。
 この状況下、2011年にクラウドファンディングが導入され、インフォーマル金融とフォーマル金融を結ぶ役割を担うようになりました。すなわち、合会注2)のようにコミュニティを基盤とするインフォーマルな組織が形成されていたので、クラウドファンディングとの間で、補完・代替関係が生じました。同様な関係が、改革が遅れ気味なフォーマル金融との間でも生じました。
 ところで、クラウドファンディング導入当時は、寄付型と購入型が主でしたので、規模も小さく政府の政策にそれほど関与することはありませんでした。しかし、その後、長期的な投資を目的とする株式型クラウドファンディングが伸長することになりました。さらに、インターネット市場の発展につれて代表的な社会メディアWeChatを活用するWeChatクラウドファンディングが、さらにEコマース(電子商)を活用するEコマースクラウドファンディングが創設され、2025年には世界の半分に相当する500億ドル以上の規模に到達するほどの拡大が予想されています注3)。それに伴って、中央政府の支援と規制が強化されるようになりました。  
 日本は、中国の急速なクラウドファンディングの発展を学ぶことができますが、学ばない方が良いことも含まれています。政府の干渉が中小企業・小規模事業、スタートアップ企業、ベンチャービジネスの参入を妨げないように、市場競争を重視した公正な政策を実施する必要性は、両国に共通しています。しかし、地域の人々の活力を最大限に生かすシステムについては疑問が生じます。とりわけ、個人が安心してクラウドファンディング投資に加わるためには、個人情報の保護が必須と思われます。携帯インターネットの普及がクラウドファンディングを推進していますが注4)、日本においても携帯インターネットの利用が増すものと思われるだけに、規律を前提とした自由な個人行動が望まれます。

注1)インフォーマル金融は、組織が整備されていないことを意味するのではなく、公的当局によって規制された制度に従っていないことを示しています。なお、2008年当時の温州市の場合、インフォーマル金融が中小企業の資金調達の70%を占めていました。陳玉雄(2010)『中国のインフォーマル金融と市場化』麗澤大学出版会、29-34頁によります。
注2)合会とは、数十名程度のメンバーが定期的に集まって、継続的に一定の資金を払い込む一方、すべてのメンバ-がプールされたすべての資金を順番に受け取るしくみです。透明な会合・契約、相互信頼のもとで成り立つ組織が特徴です。陳玉雄、前掲書、68-76頁および83-94頁、またFunk, A.S.(2018)Crowdfunding in China, Switzerland:Springer, pp.39-48を参照下さい。
注3)クラウドファンディング、WeChatクラウドファンディング、Eコマースクラウドファンディングの発展については、Funk, A.S.op.cit., p.1およびpp.165-175を参照下さい。
注4)WeChatクラウドファンディングの基盤となる携帯インターネット利用者数は、2012年の4億1,997万人から2017年の7億5,265万人に急増しています。江駿(2020)「中国のクラウドファンディングの成長要因に関する考察」地域政策科学研究(鹿児島大学リポジトリ),http://hdl.handle.net/10232/00031086 (2022年10月6日 最終アクセス)によります。

(執筆:岸 真清)

日々是総合政策No.274

再考:純資産税(6)-スイスの純資産税(続)

 今回は、注によるスイスの純資産税の効果分析をとりあげ、その要点を解説します。注は、2009年に各州が実施した純資産税率引下げによる課税資産の増大効果とその要因を明らかにしています。なお、同国の純資産税は税率決定権のある州の税です(本コラムNo.271を参照)。注では、隣接しているLucerna州とBern州の個人税申告データが使用されています。以下、L州とB州と記します。L州の税率は0.56%から0.28%へ、B州は0.74%から0.64%へ引下げられました。
 さて、L州での申告課税総資産の増加率(2009年から2015年までの増加の合計を2008年の値で割ったもの)が60.9%、B州が20.3%なので、その差40.6%を税率引下げの総反応と呼び、これを100%として、申告課税総資産の増大に寄与した要因を推定しています。
 まず、総反応の20%が不動産の価格増加によります。税率低下により、税引き家賃・地代(持家の帰属家賃などを含む)が増え、不動産価格が上昇します。次に総反応の24%が、L州への納税者の純移住増加です。国内だけでなく外国からの移住者も含ます。最後に50%が、L州に在住し続けた住民の申告課税金融資産の増大です。
 総反応50%の要因を精査すべく労働や貯蓄の増大を検討したところ、前者の効果はなく、後者も総反応の4.3%に過ぎません。注はこの点を踏まえ、その重要な要因として脱税の減少を示唆しています。ここで注目すべきは、スイス国内の銀行には顧客の金融資産について「秘密保持」が認められている点です。つまり、銀行口座の金融資産については納税者の自主申告であり第三者が介在しません。脱税のコストが低く中間層による脱税も可能です。他方、脱税は税率が高いほどメリットが大きい。大幅な税率引下げが脱税の誘因を弱め、申告される課税金融資産が増大したというわけです。
 純資産税減税の主要な効果として、貯蓄の増加ではなく脱税の減少を示唆した点、意義深いと思います。資産保有階層別にみた脱税の実態解明が求められます。


Brülhart,M,J,Gruber,M,Krapf,and K,Schmidheiny [2019]“Behavioral Responses to Wealth Taxes: Evidence from Switzerland.” CESifo Working Papers 7908.

(執筆:馬場義久)

日々是総合政策No.273

デフレについて考える (3)

 1995年から2022年までの消費者物価指数(CPI)のデータをみると、デフレでもインフレでもない状況が続いています。しかし、「生鮮食品を除く総合」指数の前年同期比が2%以上のプラスになることを物価安定目標としている日本銀行は、CPI上昇率が低いためにデフレ的であることには変わりないと見ています。
 この認識が適切かどうかを考えるために、CPIの詳細を見てみましょう。以下の表は、2005年1月と2022年1月の品目別価格を比較して17年間に何%変化したかを計算したものです。ウエイトは、CPIの計算で各品目が何%の比重を占めているかを示します。
 17年間に「総合」は5.2%の上昇、「生鮮食品を除く総合」は4.2%の上昇です。主要品目ではエネルギーの急騰(39.6%)と情報通信関係費の暴落(▲37.0%)、10大品目では光熱・水道(32.6%)と食料(17.4%)の値上がり、家具・家事用品(▲13.6%)と教育(▲10.5%)の値下がりが目立ちます。価格変動の大きなエネルギーや食料の大幅上昇により、「食料(酒類を除く)及びエネルギーを除く総合」は下落(▲2.4%)しています。
 中分類品目ではさらに詳細がはっきりします。エネルギー関係、食料関係や諸雑費関係(たばこ、身の回り用品)の品目の値上がりの一方で、教養娯楽用耐久財、家庭用耐久財や通信の大幅下落が目立ちます。教養娯楽用耐久財にはテレビ・パソコン・プリンタなど、家庭用耐久財には冷蔵庫・洗濯機・掃除機・エアコンなど、通信には通信料(固定、携帯)・携帯電話機などが含まれます。要するに、ICT(情報通信技術)や家電製品の大幅下落がCPIを下落させているということです。
 しかし、ICTや家電製品の購入価格が暴落しているわけではありません。購入価格が変わらなくてもCPIでは計算上下がったとされるのは、大幅な品質向上があったからです。たとえば、パソコンの実売価格が同じでも、性能・品質が2倍に向上したならばCPIでは半分に下落したと見なされるのです。つまり、品質向上のために値下がりしていないのに値下がり扱いされることがCPIの上昇を阻んできた主因なのです。
 したがって、CPIの計算では物価上昇が小さいとしても、購入価格に基づく生活実感では物価上昇はもっと大きいはずだということになります。

(執筆:谷口洋志)

日々是総合政策No.272

デフレについて考える (2)

 消費者物価指数(CPI、Consumer Price Index)のデータは、1970年1月から最新月まで利用でき、毎月更新されます。2022年9月5日時点で最新の同年7月分のCPIは、同年8月19日に公表されています。
 CPIの公表データは幾つかありますが、最も注目されるのは、基本分類指数における全国の月次(げつじ)データのなかの総合指数です。月次以外にも年平均や年度平均があり、総合指数以外にも10大費目・中分類・小分類の品目別指数があります。中分類指数のデータには総合と10大費目のデータも含まれるので、CPIの動向を知るには非常に便利です。
 下の図は、中分類指数のデータにある「生鮮食品を除く総合」指数の動向です。1995年1月から2022年7月までのデータです。生鮮食品は気候や自然条件の変化による価格変動が大きいという理由から、日本銀行は、「生鮮食品を除く総合」指数を物価目標に用いています。また、エネルギー価格の変動も比較的大きいとの理由で「食料(酒類を除く)及びエネルギーを除く総合」指数も参考に使われます。前者をコアCPI、後者をコア・コアCPIということがあります。コア(core)とは核、中心、核心、中心部という意味です。
 図よりわかることを(計算の上で)整理すると、以下のようになります。
(1)消費税率が引き上げられたところでCPIがジャンプしています。これは、増税分が価格に転嫁された(増税分だけ値段が上がった)ことを意味します。
(2)1990年代半ばからの動向をみると、CPIはあまり変化していないようにみえます。
(3)前の月からの変化(前月比と呼ばれます)をみると、全331期間のうちCPIが上昇したのは136回、下落したのは129回、不変は66回でした。
(4)1年前の同じ月からの変化(前年同月比と呼ばれます)をみると、全331期間のうちCPIが上昇したのは141回、下落したのは164回、不変は26回でした。
(5)(4)の下落164回のうち連続下落期間をみると、1995年に5か月、1998~1999年に10か月、1999~2003年に48か月(2005年9月まで延ばすと72か月、うち5回下落せず)、2009~2011年に28か月(2013年4月まで延ばすと50か月、うち7回下落せず)、2016年に10か月、2020~2021年に12か月、それぞれ連続して下落しています。
 (2)~(5)をみると、下落回数や連続下落は目立つものの、過去15年にわたってCPIが継続的に下落していたと読み取ることはできません。

「生鮮食品を除く総合」指数の動向:1995年1月~2022年7月
(出所)総務省統計局「消費者物価指数(CPI)」(https://www.stat.go.jp/data/cpi/index.htm)より作成(2022年9月5日アクセス)。

(執筆:谷口洋志)

日々是総合政策No.271

再考:純資産税(5)-スイスの純資産税

 今回はスイスの純資産税の仕組みを紹介します。その税収は、2020年に対GDP比1.1%を占め、欧州の他の純資産税採用国であるノルウェーの0.5%、スペインの0.2%を上回っています(注1より)。
 スイスの純資産税の特徴は、第一に、州と市町村の税として課税される点です。26の州が自主的に税率・課税最低限を決定し、2300の市町村は当該州の税の一定率の税収を得ます。純資産は基本的に納税者の居住地で課税され、住宅などの不動産のみがその所在地で課税されます。(注2,pp.5-6より)。低い税負担地域への納税者の移動を起こしかねません。
 第二に、2018年の課税最低限は、夫婦の家計で最低の州が5.5万ドル(743万円)で最高の州が25万ドル(3375万円)の値です。この額を超えた純資産額に課税されます。州と市町村を合わせた税率は0.1%から1.1%に分布しています(注3,p.211より)。ちなみに、米国民主党のサンダー議員が提案した純資産税は、課税最低限が3200万ドル(43.2億円)、最高限界税率8%です(注3,p.212,表1より)。
 課税最低限と税率が低いスイスの純資産税は累進度の低いタイプです。また、課税対象者に富裕層に加え中間層を含めています。
 さらに、スイスには、株式等の金融資産のキャピタルゲイン税がありません (注2,p.6より)。つまり、純資産税はキャピタルゲイン税の部分的な代理を担っています。部分的とは、金融資産のキャピタルゲインの正常利潤のみに課税するという意味です。
 以上のようなスイスの純資産税の仕組みは、富裕層との格差是正(再分配)機能を限界づけることでしょう。


1.OECD URL [2022]
https://stats.oecd.org/viewhtml.aspx?datasetcode=REV&lang=en
2.Brülhart,M, J,Gruber,M,Krapf,and K,Schmidheiny [2019]“Behavioral Responses to Wealth Taxes: Evidence from Switzerland.” CESifo Working Papers 7908.
3.Scheuer,F,and J.Slemlod [2021]“Taxing Our Wealth” Journal of Economic Perspectives,Vol.35,pp.207–230.

(執筆:馬場義久)

日々是総合政策No.270

デフレについて考える (1)

 経済学では、デフレーション、略してデフレは、物価水準が継続的に下落することを言います。反対に、物価水準が継続的に上昇する場合をインフレーション、略してインフレと言います。
 日本では、ときどき、1990年代半ばからずっとデフレが続いていると言われます。しかし、厳密にいえば、これは事実ではありません。これについて考える前に、幾つかの確認から始めましょう。(細部についての細かい議論は省略します。)
 第1に、物価水準とは、さまざまな財貨・サービスの価格を総合したもの、であることに注意してください。というのは、ある財貨・サービスが値下がりし、ある財貨・サービスが値上がりすることはいつも生じており、結果としてこれを総合した価格水準、つまり物価水準は上昇することもあれば下落することもあるからです。
 第2に、物価水準には異なる種類があることを確認しましょう。消費者が日頃購入する財貨・サービスの総合価格(物価)を消費者物価、そして、ある基準年の水準を100として他の年・月の消費者物価水準を表したものを消費者物価指数(CPI、Consumer Price Indexの略)と言います。2022年9月現在、基準年は2020年です。統計は、総務省統計局が作成し、公表しています。 
 購入・支出する財貨・サービスのすべてがCPIに含まれるわけではありません。たとえば、税金・社会保険料(医療・年金保険料など)や土地・家屋の購入といった支出はCPIに含まれませんが、個人が所有する住宅(持家)については帰属家賃としてCPIに含めています。帰属家賃を計算に入れるのは、借家だけを計算に含めて持家を除いた場合の影響を取り除くためです。
 以下では、CPIを念頭に、デフレの問題を考えることにします。
 なお、企業同士が取引する財貨(サービスを含みません)の物価指数は、企業物価指数(CGPI、Corporate Goods Price Indexの略と呼ばれます。CGPIは、国内外別に、国内企業物価指数と輸出・輸入物価指数から構成されます。2022年9月現在、基準年は2020年です。統計は、日本銀行(調査統計局物価統計課)が作成し、公表しています(注)。

(注)CPIとCGPIの詳細やデータについては、総務省統計局「消費者物価指数(CPI)」(https://www.stat.go.jp/data/cpi/index.htm)、および日本銀行「物価関連統計」(https://www.boj.or.jp/statistics/pi/index.htm/)をご覧ください。いずれも2022年9月5日アクセス。

(執筆:谷口洋志)

日々是総合政策No.269

再考:純資産税(4)-超過利潤の課税

 本コラムNo.266で述べたように、純資産税は投資家が実際に得た資産収益に課税せず、投資家全体に共通の「みなし収益率」に基づいて課税する資産所得税の一種です。
 いま、市場利子率4%(国債等安全資産の収益率)のもとで、税率1%の純資産税を採用したとします。Wを負債控除後の純資産とすると
 純資産税負担=0.01×W=(0.01/0.04)×0.04×W
 より、この純資産税は, 資産所得税率を25%、みなし収益率を4%とする、みなし資産所得税と等価です。
 いま、殆どの投資家が実際に4%の収益をあげ、他方で7%の収益を得た投資家もいると想定しましょう。この場合でも純資産税は、7%のうち4%分しか課税しません。
 7%-4%=3%分を超過利潤と呼びます(超過利潤について詳しくは注1,36頁を参照)。金融資産の超過利潤とは、市場利子率という事前の期待収益率を上回る収益のことです。他方、市場利子率4%分を、事前の期待どおりの収益という意味で正常利潤と呼びます。つまり、純資産税は正常利潤のみに課税します。
 超過利潤を生む代表例はキャピタルゲインです。キャピタルゲインは資産(株や土地等)の値上り益(=売却額-購入額)のことです。たとえば、斬新な技術革新を行った企業の株価は、市場利子率を上回る上昇を示します。
 ちなみに2016年において、全米で所得が1000万ドル(約13億円)超の富裕者-所得基準のスーパーリッチ-が得たキャピタルゲインは、彼らの全所得の46%を占めます(注2,194頁)。富裕者ほど豊富な情報に基づいて株式投資を行えるので、多くの超過利潤を取得したことでしょう。もちろん超過利潤は消費機会を増やしますので、課税の公平の見地からは課税すべきです。
 しかし、純資産税はこの超過利潤を課税しません。スーパーリッチが他階層より多額の超過利潤を得る場合、所得格差是正の観点からは、キャピタルゲインによる超過利潤の課税強化が求められます。この点からすれば、純資産税には限界があります。


1.八田 達夫 [1996]「所得税と支出税の収束」、木下和夫編著『租税構造の理論と課題』税務経理協会、25-58頁。
2.Scheuer,F,andJ.Slemlod [2020]“Taxation and Superrich”,Annual Reviews of Eonomics,vol.12,pp.189-211.

(執筆:馬場義久)

日々是総合政策No.268

ブルー・マンデー

 新聞の論説に目が留まった。「米政治学者のフランシス・フクヤマ氏は1989年の冷戦終結を『歴史の終わり』と評した。世界は民主主義と自由経済の勝利に沸き、もはや取って代わるものはないように見えた。それが『歴史の休日』(米評論家のチャールズ・クラウトハマー氏)にすぎなかったのは、既存の秩序に挑む中国やロシアの蛮行が示す通りだ。」(注1) 
 冷戦後の世界に咲き誇ったグローバリズムの下で、自由経済は一国の内部でも国家間でも格差をもたらした。米国内の政治不安の一因となり国会議事堂襲撃事件を目の当たりにした。社会主義から脱却したロシアは西側諸国との格差に不満を持ち、“愛国心”を煽る権威主義が蔓延し、領土や自然資源を求めてウクライナを侵攻する。民主主義下の政策はグローバリズムと自由経済の弱点是正に十分に機能しなかったのか。
 「冷戦後」に築き上げた国際的な秩序は葬り去られ、国家安全保障が重視される。防衛費増額だけでなく、エネルギー・食料・半導体の安定的確保などが重視される。シンガポールですらフードセキュリティー政策を打ち出した(注2)。自国の都合で輸出を止める食料輸出国や海上輸送の不安を前提に、備蓄・輸入先多様化・食料自給向上が重視される。無限定な比較優位でなく地政学的リスクを踏まえた政策が求められる。
 戦火のウクライナの人々が身を隠すシェルターが日本にはない。旧都市計画法“(1919年)では「都市計画とは、交通、衛生、保安、防空、経済等に関し、永久に安泰を維持し又は福利を増進するため」とある。現都市計画法は「健康で文化的な都市生活及び 機能的な都市活動を確保」と謳っている。もし、防空が目的に入れれば、一定規模以上の建築物には防空用地下室の設置が義務付けられ、都市計画税は引き上げられるかもしれない。
 民主主義を発展させる総合政策への期待は大きいものの、分断化と高コスト化への不安と不満が渦巻くだろう。休日は終わった。翌日はBlue Monday(ブルー・マンデー:憂鬱な月曜日)である。

(注1)小竹洋之「インフレの先は日本化か」、日本経済新聞朝刊「Opinion」、2022年7月26日
(注2)元杉昭男「コロナ禍のシンガポール的選択」、日々是総合政策No.235、2021年9月3日

(執筆:元杉昭男)