「信用乗車」の公共政策(下)
「車の通行がない場合でも信号を守る」という日本人の習性は『交通道徳』として語られ、日本人が幼児期から身に着けた規範であるとされる。もっとも、規範破りの事例は交通ルールに限らず見受けられるので、必ずしも国民性に根差しているとは言えない。
無賃乗車などズルをしないようにするには、qかfを大きくする必要がある。鉄道運輸規定第19条によれば、「有効の乗車券を所持せずして乗車し又は乗車券の検査を拒み若は取集の際之を渡さざる者」に対しては2倍以内の割増運賃を請求できる。単純に考えればf=2×料金なので、ズルをする条件はq<0.5ということになる。つまり、3回に1回しかズルがばれないと期待されるときは、ズルが有利になるのである。いわば、日本の法律は、「不信用乗車」のシステムが前提であったと考えられる。
「不信用」を前提に規範云々を語ることはできないが、そもそも「信用乗車」がより望まれる理由は何であろうか。「信用乗車」のメリットは、乗降の利便性が増す、交通遅延が減少する、モニタリング費用が抑制できる、等が挙げられる。「信用乗車」システムのもとで犯罪者をつくらないようにするためには、fかqを十分に高くする必要がある。日本では「割増運賃」が欧米に比して極端に低く設定されており、不正乗車に対して十分な抑止力を持たないことが指摘されている。このため、「信用乗車」システムを受け入れるためには、「割増運賃」をより高く設定しておく必要がある。法的、歴史的観点からこの問題を取り上げた西川(2007)は、この施策の遂行は実際的に困難であるとしながらも、今後の自治体の政策や技術的問題解決の方策の可能性を指摘している。
車両の重層化、多連結化が進む中で、より乗降を効率的にするために「信用乗車」システムの必要性が増している。もし、法的に対応することが困難であれば、道路と同じように運賃無料とするか、モニタリングの成功確率を引き上げるしかない。このためには、乗降時のチェックを厳格化する自動化の技術導入が必要となる。しかし、これは事実上「不信用乗車」システムにすることに他ならないので、「信用乗車」のシステムを目指す方向での公共政策は、結局は、「不信用乗車」を目指す政策であることになる。
(執筆:薮田雅弘)
参考文献
宇都宮浄人(2011)「海外のLRTの現状とわが国の課題」『国際交通安全学会誌』,Vol.43,No.2,pp.155-162.
西川健(2007)「信用乗車方式と割増運賃制度について」『運輸政策研究』,Vol.10, No.2,pp.2-6.