日々是総合政策 No.7

1人1票と1円1票

 前回、ある人が自分のビルを白壁よりも好きな色の赤壁に塗り替えると、他の人に不快な思い(損失)を与える場合、このビル壁を赤くした社会は「より良い社会」と言えるのか、という問いかけをしました。憶えていますか(⇒No.1 を参照)。
 いま、隣接の住民4人とビル所有者1人の5人からなる社会を想定しましょう。この社会で、ビル壁を赤くしたときの利得(便益)は、ビル所有者が+200万円、隣人1が−100万円、隣人2が−30万円、隣人3が−20万円、隣人4が−10万円だと仮定しましょう。損失を被る隣人は、マイナスの利得を得ています。利得のみに基づき、人々が「このビル壁を赤くする」という政策を判断しますと、賛成がビル所有者1名、反対が隣接住民4名です。したがって、1人1票の多数決ルールでは、この政策は否決されます。
 しかし、1円1票では、賛成が+200万円、反対が−160万円ですので、この政策は可決されます。この政策が社会全体にもたらす純便益は+40(=200-160)万円ですから、この政策は社会全体で見れば望ましい。こうした1円1票による政策評価が、補償原理や功利主義に基づく価値判断です。
 補償原理とは、社会のある変化で得をした人々が損を被る人々の損害額を補償して余りあるだけのプラスの利得を得ていれば、その変化は社会全体にとって良いことと判断するものです。これは、損を被る人々を変化前の状態に保つよう各々の損害額を補償すれば、何人をも悪化させることなしに得をした人々が良化できるという点でパレート改善になると考えるのです。補償原理は、社会的純便益の最大化を望ましいとする功利主義につながります。
 しかし、1円1票による政策評価は、各人が自分の利得を正直に表明したとしても、お金による問題解決を是認することになり、分配の公平が考慮されません。また、1人1票による政策評価も、少数派の人々が多数派の決定に従わねばならないという「政治の外部性」の問題が生じます。皆さんは、どちらの政策評価を選びますか。

(執筆:横山彰)