家計の電力消費量を減らすには
多くの家計の電力消費行動に変化をうながし,社会全体として節電するための公共政策の手段には何があるだろうか.ここでは電力料金の引き上げといった金銭的な誘因に基づく伝統的な政策手段ではなく,行動経済学に基づいた公共ナッジ(つまり選択の自由を維持しながら,人々を特定の方向へ導く介入)による政策実践の可能性を紹介する.
アメリカとシンガポールの共同研究グループは,シンガポールの小中学生を対象とした省エネ・コンテストが,その家族全体の節電行動を導く効果的なナッジとなり得るかについて検証した(Agrawal et al., 2017).これは,小中学生向けの省エネ・コンテストを「介入」とし,ブロック(街区)単位の家計電力消費量を「アウトカム」とする準フィールド実験である.
2009年にシンガポールは10%以上の省エネを目指すために“Project Carbon Zero”という小中学生向けのコンテストを行った.コンテストの参加は学校単位で行われ,省エネの重要性を説明する授業だけではなく,「自宅のエアコンの温度設定は25℃に設定しようね」といった特定の省エネのヒントを与えた.参加校の生徒はコンテスト期間の前後(2009年1〜8月,介入は5月)に渡って,家計の電力使用量を毎月報告した.電力消費の削減を達成した上位3名や上位3校は表彰され,期間中に10%の省エネを達成できた全ての学生に図書券が配られた.
主な結果は以下の通りである.参加学校から2キロ以内に自宅がある生徒の家計は,2キロ外に自宅がある生徒の家計よりも,期間中のブロック単位の家計電力消費量が1.8% 少なかった.さらにコンテスト終了後においても,省エネ効果は存続した(限界貯蓄で1.6%).また,小学生はより多くの節電を導くナッジとなる一方で,中学生はより長い効果を持つナッジとなることも分かった.
つまり条件続きではあるものの,小中学生の日常行動の変化は,家計行動の変化を導く.子供たちの行動は家族を巻き込むことで,社会全体を良くする公共ナッジとなる可能性を秘めている.
(出所)
Sumit Agarwal, Satyanarain Rengarajan, Tien Foo Sing, and Yang Yang, 2017, Nudges from school children and electricity conservation: Evidence from the “Project Carbon Zero” campaign in Singapore, Energy Economics, 61: 29-41.
(執筆:後藤大策)