日々是総合政策No.115

産業構造4

 こんにちは、ふたたび池上です。第7−9回は、経済発展に伴い経済の中心が農業から工業にシフトするルイス・モデルとハリス=トダロ・モデルのお話でした。今回は、ハリス=トダロ・モデルの続きで、個人が農業(農村)から都市に移動するかしないかという意思決定のお話です。
 前回の復習ですが、農業、都市インフォーマル部門、都市フォーマル部門の3部門の所得の大きさですが、大きい順から、都市フォーマル部門、農業、都市インフォーマル部門の所得とします。さらにすべての労働者は同質と仮定します。このとき、個人が農業に残れば農業における所得を確実に獲得できます。一方、都市に移動すると、インフォーマル部門に就業して低い所得を獲得できるか、フォーマル部門に就業して高い所得を獲得できるかは、事前にはわからず、運で決まります。期待できる所得の大きさを所得の期待値、期待所得と呼び、その大きさはフォーマル部門とインフォーマル部門それぞれの雇用量の大きさに依存します。
 前回の復習ですが、都市フォーマル部門の社長は、現在の労働者の所得・栄養状態・健康・福利厚生を高めに設定・維持し、離職を防ぐ、やる気を高める、生産性を高めるなどの理由から、賃金を下げてより多くの労働者を雇うことはしません。この仮定から、農業から都市に人々が移動しても、フォーマル部門に雇われる確率は変わらず、インフォーマル部門に雇われる確率だけが増え、都市の期待所得は減少します。農業の所得と都市の期待取得が同じになると、人々は農業に残っても、都市に移動しても同じなので、移動しなくなります。このモデルの結果は、途上国の都市部の貧しい人達の生活水準は、農村の生活水準よりも低そうなのに、彼らが農村に戻らず都市部に残る理由の一つを説明しています。
 次回は、このモデルの続きで、どの部門で投資が進むと人々の生活水準が向上するかというお話の予定です。

(執筆:池上宗信)

日々是総合政策No.114

リゾート開発の公共政策:ボラカイ島の場合(下)

 「ボラカイ島」における観光政策の基本スタンスは、観光開発の推進を基本に、生じるであろう問題に対処できるように上下水処理や廃棄物処理の施設を整備するという点にあります。「ボラカイ島」については、2007年の計画で戦略的観光地(SDAs:Strategic Destination Areas) に指定されており、観光投資の高い収益性が見込まれることが謳われており、2006年からの10年間で、8-15%の観光客の増大が見込まれました。この点で、観光開発ファースト、環境保全セカンドという姿勢が見えてきます。もともとフイリピンの下水処理は不十分で、2004年の水質浄化法(Clean Water Act)では、5年以内にすべてのホテルなどの施設が下水道に接続するように義務付けられていました。しかし「ボラカイ島」でも、下水道の処理能力が低く整備費用が高いなどの理由に加えて、接続費用への負担が重く、人々の意識が低いということもあって、人口の5%程度しか下水道に接続していないという実態がありました。こうして、「ボラカイ島」では、結果的に汚水の垂れ流しによって汚染が拡大し、ドゥテルテ大統領による観光地封鎖といった事態に陥ったのです。
 ドゥテルテ大統領という個性的な人物のゆえに、「観光地封鎖-なぜ?」といった点が脚光を浴びることになりました。しかし、いまだ観光発展に期待する途上国は数多いのが現状です。多くは、環境保全の考え方やガバナンスが未整備で観光発展ファーストという志向が強いために、マスツーリズムの弊害をもたらす危険性は極めて高いと思われます。実際、タイのマヤ湾、インドネシアのバリ島をはじめ世界各地で同様の事態が生じています。観光開発ファースト、環境保全セカンドといったスタンスを逆転させて、環境保全ファースト、観光開発セカンドというように、根本的に考え方を転換させる必要があります。このことが、持続可能な観光開発の早道ではないでしょうか。

(執筆:薮田雅弘)

日々是総合政策No.113

世界にはびこる不正義を許せるか(1):狂った正義

 最近は、飛行機に乗ることが多くなった。とはいっても、世界を飛び回るビジネス・パーソンに比べると、大した数ではない。過去よりも飛行機に乗る機会が増えたというだけのことである。
海外便に搭乗すると、娯楽用のモニターが付いていることが多い(短距離便や格安航空会社の便ではほとんど見かけない)。モニターでは、映画やニュース、音楽、飛行情報、入国審査情報などを見ることができる。昨年10月にフランスとハンガリーに渡航した際は、機内で久々に外国映画を見た。それは、イギリスのyesterdayという映画で、1960年代に世界中の若者を熱狂の渦に巻き込んだThe Beatlesの音楽を題材にしたものであった。
 何とも言えぬ満足感に浸ったあと、次は何を見ようかと映画タイトルを探したが、アメリカ映画だけはほとんど素通りだった。私にとって、アメリカ映画はつまらないものが多く、不愉快で、暴力的で、多数の殺人・殺戮を日常のことのように平気で映し出すからである。拳銃やマシンガンで人が死んでも同情も憐みの言葉もない。それどころか、多数の人間を殺害した人間がかっこよいヒーローとして描かれる。
 もっとも、かつての日本ではやくざ映画がはびこり、任侠者シリーズとして殺人者が英雄のごとく扱われていた。あのときも嫌悪感しか抱かなかった(だから1回見ただけで、その後は見ることはなかった)。やくざを英雄視するなど、狂った映画としか思えない。やくざが自慢げに見せる入れ墨なども嫌悪の対象でしかない(今でも同じ感情を抱く)。アメリカ映画も同じように見える。
 しかし、狂っているのは映画の中の世界だけではないようだ。世界最大の権力を握った某国の大統領も狂っている。身内の人間を国家の重要な仕事に就け、敵対者には下品で、野蛮で、人格・品格のかけらも感じられない言葉をツイッター上に平気で書き込む。その大統領が、この正月の間に、イラン司令官の殺害を命じたという。一国の大統領が、他国の人間の殺害を命令し、それが実行された。それはほんとうに正義なのか、どういう正義なのか。
 正月早々、我々は重い問題を抱えることになった。

(執筆 谷口洋志)

日々是総合政策No.112

2020年元旦

 新年明けまして、おめでとうございます。

 元旦にあたり、次世代の若い皆さんに考えていただきたいことがあります。皆さんが一番輝いていたときは何時ですか。その輝いていたときに、ご自分はどう振る舞い、誰がサポートしてくれたのでしょうか。その輝きは、ご自分の努力だけでは生まれませんでした。ご家族の支えや、一緒に過ごした友人や尊敬できる人たちとの出会いの賜物ともいえます。その輝いていたご自分とその状況を、これからも再現することはできるのでしょうか。どのような人と出会えるかは、運もあります。運は、偶然の連鎖ですが、自らの選択にもかかわります。
 選択は、皆さん一人ひとりの意思や選好や感情で決まります。自らの選択が、自分や大切にしている人びとを左右する社会のかたちを決めることになります。ご自分が幸せに過ごせる社会は、自らの選択次第ともいえます。皆さんがいま身を置く社会も、その社会の一人ひとりの選択による集合的な帰結です。その帰結とて不変のものではなく、一人ひとりの選択により新たな社会に日々刻々と変容しています。
 社会とともにご自分も変容することを恐れないでください。ご自分の内なる声に耳を傾け、最善と思える選択をしてください。あるいは、少なくとも最悪を避ける選択をしてください。何もせず静観することも、社会を変革することも、社会から退出することも、選択肢の一つです。
 数ある選択肢の中から選択を行う場合には、自らの価値判断基準すなわち選択基準を考えて、一つの選択肢(あるいは複数の選択肢それぞれに重み付けをして得られる混合選択肢)を選んでください。自らの選択には自分なりの選択基準があるのです。その選択基準も、一つの選択基準だけではなく、複数の選択基準それぞれに重み付けをして得られる混合選択基準かもしれません。そして、時間とともに皆さんの選択基準自体も変容しますが、自分が夢見ている未来の社会を考え、自分のいまの選択基準に基づいて、いまの社会を「より良い社会」にするために行う自らの選択を大切にしてほしいと思います。

(注)本エッセイは、横山彰「公共選択の基礎となる『自らの選択』を大切に」『草のみどり』(第301号、35頁、中央大学父母連絡会、2017年5月)に基づき加筆修正した。

(執筆:横山彰)

英語版

日々是総合政策No.111

It’s the GSOMIA, stupid!

 In August 2019, the Moon administration of South Korea announced that it would terminate the General Security of Military Information Agreement (GSOMIA) with Japan. Moon withdrew this decision six hours before the agreement would expire on November 23. There were serious criticisms from within Korea and the American pressure was most crucial for Moon’s withdrawal. What is the meaning of Moon’s bizarre diplomatic mistake?
 GSOMIA benefits the security of Korea while it costs Korea nothing. Moon’s decision was in response to Japan’s tightened control, for security reasons, of South Korea-bound exports of key industrial materials such as hydrogen fluoride (HF). Moon interpreted Japan’s decision as a retaliatory move over South Korean court rulings in 2018 that ordered Japanese companies to pay compensation for Korean laborers during WWII. The Moon administration was violating the international treaty of 1965 between South Korea and Japan. Furthermore, it does not make sense to bargain the trade issue with a security issue that hurts Koreans. What is going on in Korea?
 The right step to solve the entanglement is for South Korea to comply with the 1965 treaty. In 1965 Japan and South Korea signed the Agreement of the Settlement of Problems Concerning Property and Claims and Economic Cooperation between Japan and the Republic of Korea. By the dramatic, destructive action of scrapping GSOMIA, Moon intended to instigate anti-Japan sentiment among Koreans for his political gain. Many Koreans can become natural victims of blind nationalism against Japan, at least for a short while.
 Moon was in a political crisis that involved Moon’s man, Cho Kuk, the Minister of Justice. GSOMIA was used to distract the people’s attention away to something outside. On top of that there is a fundamental issue. The Moon Administration supports anti-Japanese and anti-American policies. Kim Il-sung, the founder of North Korea, believed that, by establishing anti-Japanese and anti-American public opinion in South Korea, that country could be made vulnerable and an easy prey of North Korea, a Stalinist communist country. It seems that the Moon Administration is a dangerous government to its own people and in international relations.
 I hope that our neighbor, Japan, will understand that the Moon Administration is not in accord with the Republic of Korea founded in 1948. Korea is in a difficult situation now. Fortunately, many Koreans are working hard to restore liberal democracy by replacing the Moon administration by a normal government. There are signs of hope too. First: GSOMIA continues. Second: the Korean people are awakening as we saw in the huge gathering of 400,000 in the Kwang-wha-moon (or Rhee Syngman) square on October 3. The meeting continues every Saturday since then. People call this movement the “Citizens Revolution,” which asks Moon to step down. Third: a book like “Anti-Japan Tribalism” by Lee Young-Hoon is a best-seller in Korea now. The book criticizes the bigotry of anti-Japan sentiment in Korea. His article appeared in a current issue of 文芸春秋. I also feel optimistic from reading Fukata Yuko’s article(No.75, No.82) in this forum on friendship between ordinary peoples of Japan and Korea.
 But we should be wary that the destructive act of the Moon Administration continues. Recently, in the diplomatic white paper published by the Korean ministry of foreign affairs, the usual phrase “Japan is a valuable neighbor with whom we share values and understanding,” has been deleted.

(Author: Yong J Yoon)

日々是総合政策No.110

リゾート開発の公共政策:ボラカイ島の場合(中)

 ボラカイ島は、フイリピンの主要な観光地の一つです(表-2)。国内にとどまらず海外からの観光客も多く、マニラ首都圏を除けば、3番目に人気の観光地になっています。トリップアドバイザーによる『世界のベストアイランドランキング2016』によれば、アジアでは、ボラカイ島は第7位と人気が高い(ちなみに日本の西表島は第10位です)。フイリピン全体では、ホテルなど宿泊施設は約9000施設、22万部屋ありますが、「ボラカイ島」ではそれぞれ271施設、7684部屋となっています(いずれも2014年)。一施設当たりの部屋数は全体では24室であるのに対して、セブでは33.5室、「ボラカイ島」では28.4室となっており、平均的に施設規模が大きく、いわゆるリゾートホテルなどが趨勢だと考えられます。実際、シャングリ・ラ・ホテルズ&リゾーツなど世界的なホテルチェーンをはじめ、多くのリゾートホテルが営業しています。
 リゾートで観光開発がもたらす環境への影響は、観光施設の急増による水質汚濁や廃棄物による海洋汚染、開発による自然環境破壊などが考えられます。実際、「大勢の観光客が押し寄せ、環境汚染や生態系への影響が深刻化して」います(読売新聞(2018/04/08))。これは、観光発展によって環境問題が置き去りにされる典型的な例です。その理由としては、環境保全に関するガバナンスが未整備、環境政策の遂行が不十分、環境保全に関する業者や住民の意識が低く環境保全への協力体制が未成熟、など多くの点が考えられます。「ボラカイ島」の場合、自然環境を保全しかつ持続可能な観光開発を図るために、上下水道や廃棄物処理施設の整備が必要とのことから、日本からフイリピン観光公社に対して円借款による協力事業として「ボラカイ島環境保全事業(1995-2010)」が実施されました。また、持続可能な観光開発の計画として、日本国際協力銀行(JBIC:Japan Bank for International Cooperation) が協力して作成された2007年の「持続可能な観光管理計画(以下「計画」)」などがあります。

表-2 フイリピンの主要観光地

(執筆:薮田雅弘)

日々是総合政策No.109

 これから累進所得税による低所得者支援策を取りあげます。その準備として
 今回は所得控除について説明します。所得控除は納税者やその家族の経済事情等を考慮して所得税を軽減する制度で、扶養控除や配偶者控除などがあります。いま、Aさんの所得を500万円、所得控除を100万円とすると、その課税所得は500-100=400万円です。この400万円に税率を乗じて所得税額が決まります。以下、本コラムNo.85で説明した超過累進税率タイプの累進所得税を前提にします。
 下の表は、日本の所得税における課税所得と税率の関係を示します。課税所得が多いほど高税率になることに留意しましょう。このとき、Aさんの税額Tは以下のように計算されます。
 T=0.05×195+0.1×(330-195)+0.2×(400-330)  (1)
  =37.25万円

(出所)国税庁ホームページ「所得税の税率」に基き、一部表示法を修正。

 課税所得の最初の195万円に0.05を、次に196万円から330万円までの135万円に0.1を、最後に331万円から400万円までの70万円に0.2を適用します。つまり、課税所得の段階ごとの限界税率を適用するわけです。
 式(1)の下線部に注目しましょう。
 0.2×(400-330)=0.2×{(500-100)-330}なので、
 100万円の所得控除による減税額=0.2×100=20万円となります。つまり、Aさんの減税額は、0.05、0.1、0.2の中で一番高い0.2、すなわち、Aさんにとっての最高限界税率0.2に100万円を乗じた額です。したがって、たとえば課税所得が5000万円の人の減税額は、上の表から0.45×100=45万円です。結局、所得控除による減税額は限界税率の高い高所得者ほど多額になります。
 これに対して、税額控除は税率の影響を受けません。税額控除を10万円とすれば、適用者全員について10万円減税できます。累進所得税による低所得者支援には、所得控除よりも税額控除が適しているでしょう。

(執筆 馬場 義久)

(注)本エッセイは馬場義久・横山彰・堀場勇夫・牛丸聡著『日本の財政を考える』、有斐閣、141-142頁をより平易に解説したものである。

日々是総合政策No.108

リゾート開発の公共政策:ボラカイ島の場合(上)

 世は観光の時代。海外からの観光客(インバウンド)によって所得や雇用増大を図ろうとする動きが活発になっています。しかし、急激な観光発展がもたらす負の影響を忘れてはいけません。世界危機遺産に陥ったガラパゴスやイエローストーン、日本のリゾート開発の失敗例など多くの事例があります。そんな中、フイリピンの有名リゾート地である「ボラカイ島」の環境汚染問題を解決するために「観光施設の60日間閉鎖」を打ち出したドゥテルテ大統領のニュースが報じられました。リゾート開発については、事前に規制やルールを講じるケースが一般的ですが、リゾート地の閉鎖といった強硬的な措置は稀有な例です。一体、「ボラカイ島」に何が起こっているのでしょうか。
 「銃規制」や「麻薬撲滅」など過激な政策で知られる第16代大統領ドゥテルテ氏。2016年の就任以降、フイリピン経済は6%の経済成長率を実現し、一人当たりのGDP(PPPベース) は2017年には8000ドルを超えました 。経済成長に伴う環境悪化は、フイリピンでも深刻な問題を引き起こしており、「ボラカイ島」の事例は、環境に配慮しない開発一辺倒の帰結であったといえます。この問題を考えるためには、そもそもフイリピンの観光開発政策がどのように展開したか、観光開発に伴う水質汚濁や固形廃棄物処理の問題がどのように深刻化したか、それに対して、どのような実効性のある環境政策が行われてきたか、といった点をみなければなりません。
 まず、観光発展について。UNWTO(The World Tourism Organization of the United Nations:国連世界観光機関) のデータによると、フイリピンの観光の伸びは、観光客数ベースでも観光収入ベースでも極めて高いといえます(表-1)。言うまでもなく、観光が発展するためには、空港、港湾、鉄道、道路などの交通インフラの他に、ホテルやレストラン、アトラクションの整備が不可欠です。これら観光関連の産業は労働集約的であるために、観光地での雇用や人口の増加が生じます。世界遺産登録後、ガラパゴ諸島では、急速な観光客と流入人口の増加が生じ、これに伴い環境悪化が起きました。

(注)ちなみに、PPPベースのGDP(国内総生産=国内で1年間に生産された付加価値の総計)とは、フイリピンの通貨であるペソと米ドルの購買力の比率(あるいは、その変化率)をもとに為替レートが決まるとする考え(購買力平価説(Purchasing-Power-Parity)という)にもとづいて算出されるGDPのことである。

表-1 フイリピンの観光発展

(執筆:薮田雅弘)

日々是総合政策No.107

デカップリング

 農林水産省入省後に灌漑用ダム建設現場に赴任した。設計や現場監督とともに用地買収も担当した。所有者毎の買収額を決めるには境界確定が必要だが、土地登記簿上の境界は曖昧だ。私は山の斜面の測量をしながら主要地点に木杭を打ち、ビニールの紐を結んで境界を明らかにし、隣接する所有者の立会の下で境界の確認をした。異議もなく、その日は終わった。翌日、面積測量に行ったら、木杭は無残に抜かれていた。どちらかが不満だったらしい。測量器具を手に山の斜面に呆然と立ち尽くした。
 それから月日は過ぎて退官も近づいた頃、デカップリング政策の立案に関与した。政策的に農産物価格を支持すれば生産が刺激されて過剰生産となるので、価格と切り離して(デカップルして)農家に対して直接的な所得補償を行う政策である。1990年代にEUで条件不利地域(農作業効率の悪い中山間地域など)の農業政策として採用された。中山間地域の農業は国土保全などの多面的な役割を果たしているので政策の意義は大きいが、一番の心配は適正な予算執行である。例えば、中山間地域でも条件の良い農地もあるので、一定以上の傾斜度の農地を対象とした。しかし、数枚の水田がバナナのように湾曲しながら下降傾斜している場合、一番上と下の水田を直線で結ぶ傾斜度と湾曲に沿った傾斜度は異なる。問題となる傾斜度の決め方は80種類近くあることが分かり、現場担当者に周知しないと混乱する。
 各農家は営農継続の協定を結んで直接支払を受けるが、各農家の所有農地面積の把握は困難だ。中山間地域では農地の区画整理の整備率は低く地籍調査も終えていないので、土地登記簿、農地台帳、固定資産税課税台帳などに農地面積は記されていても、どれも現実の面積とはかけ離れている。冒頭の経験がよぎった。ヨーロッパとは違うのだから、協定対象の全体面積で支払い、その分配は参加者に任せるよう提案をしたが、国際派官僚に押し切られた。そこで中山間地の一筆毎の農地面積と傾斜度を当時の技術で航空測量した(成果はその後の政策にも使用された)。
 総合政策では、研究者や官僚の提案・立案と現場担当者の予算執行の「デカップリング」を心配している。「総合」という言葉を付した意味を信じたい。

(執筆:元杉昭男)

日々是総合政策No.106

民主主義のソーシャルデザイン:自分ゴトの政策変更

 平成から令和へと時代が移り変わった2019年も終わり、2020年を迎えようとしています。新しい年が明けて、実施される大学入試センター試験は、「センター試験」としては最後の試験になります。再来年の2021年からは、「大学入学共通テスト」と名称も変わり、新しい試験の方式も導入される予定でした。しかし、読者の皆さんもご存知の通り、「大学入学共通テスト」への改革の大きな2本柱がいずれも見送りになることが決まりました。
 1本目の柱は、英語科目の「民間資格・試験」の活用。受験生は、大学入試英語成績提供システムを通じて、2回まで、民間の資格や試験の成績を「大学入学共通テスト」で活用できる予定になっていましたが、民間資格・試験の受検機会の公平性等に課題が残り、11月に見送りが決まりました。
 2本目の柱は、国語科目と数学科目の「記述式問題」の導入。これも記述式問題の採点性の問題が指摘され、その課題が残されてしまい、12月に見送りが決まりました。
 大学入試改革は、2014年12月の文部科学省中央教育審議会答申「新しい時代にふさわしい高大接続の実現に向けた高等学校教育、大学教育、大学入学者選抜の一体的改革について」(高大接続答申)を踏まえて、取り組みが進められてきました。「高大接続答申」の背景には、政府の教育再生実行会議の「高等学校教育と大学教育との接続・大学入学者選抜の在り方について(第四次提言)」(2013年)があり、いわば官邸主導の改革と言えます。
 2006年の第1次安倍政権においても、教育基本法の改正や教育再生会議が設置されるなど、教育改革は政権の重要な政策課題に位置付けられてきました。その意味では、教育改革は、安倍政権にとって、第1次政権以来の一貫したテーマであることがわかります。
 高校生にとっては、大学入試の仕組みがどのように変わるのかは、自分の人生にも関わる大きな関心事(自分ゴト)だと思います。受験の仕組みでは、1にも2にも「公平性」の確保が絶対的な条件になるでしょう。高校生の皆さんは、どのような意見をお持ちでしょうか。

(執筆:矢尾板俊平)