日々是総合政策No.173

国境を越えたテレワークと DX(デジタル・トランスフォーメーション)

 私は、6 月から現地で海外の研究拠点の一つであるシンクタンク Z/Yenとロンドン市の活動にしばらく参加する予定でした。しかしながら、2 月を過ぎると新型コロナウィルスの世界的な感染流行が顕著になりました。英国も初期の対応で、市民に積極的に免疫をつけて感染爆発を乗り切る政策をとったのが裏目に出て、感染者の増加に苦しめられる状況に追い込まれました。ついに、3 月 25 日にはロンドンは都市封鎖になりました。これに 対して、Z/Yenは 3 月 24 日からテレワークとしてウェビナーのサービスを会員に始めました。私は Z/Yenとロンドン市の公民協働のプロジェクトである London Accord に11本の論文を寄稿した功績が認められて、このサービスを無料で受けることになりました(注)。
 担当者は、このサービスを始めた当時、専用回線を使うので経費が高額になるとプロジ ェクトの先行を懸念していました。ところが、このテレワークのサービスがグローバルな 通信回線を利用したことが強みになりました。またサービスの対象が DX 産業であるフィ ンテック、IT 企業だったことも幸いして、このプロジェクトに資金を提供する大企業・組 織が40を超えて、豊富な資金が確保できて、体制が整った 6 月には 23 回のウェビナーが 提供されました。ところで、日本経済新聞社は上場企業と資本金が 1 億円以上の有力企業 948 社に対して 2020 年度の設備投資動向調査を発表しました。『日本経済新聞』(2020 年、8 月 18 日)はデジタル・トランスフォーメーション(DX)の加速を次のように説明して います。「2020 年度の全産業の設備投資の計画額と 19 兆 2395 億円と(前年と比べて)1.2% 減る見通し。このうち製造業は 1.4%減、非製造業は 0.9%減る。これに対して、IT 投資額 (対象は 765 社)は 15.8%増の 471 億円となり、製造業の伸び率は 20.3%増と過去最高、非 製造業は 13.1%増となる。」
この国境を越えて展開されるサービスが今後成長が期待される DX の分野で受け入れられた理由は、このテレワークのコミュニケーションの双方向性の性質が活かされて、資金 提供者も情報の共有が容易になり、市場戦略を強化できる点にあります。

(注)London Accord についてはhttps://www.longfinance.net/programmes/sustainable-futures/london-accord/ 、また論文についてはhttps://www.longfinance.net/programmes/sustainable-futures/london-accord/reports/ を参照されたい。最終アクセスはいずれも、2020.8.22である。

(執筆:田中廣滋)

日々是総合政策No.172

テレワークは主流になれるか?(2)

 20~30年前の過去と現在におけるテレワークの相違・類似点を整理してみると、
1.通信回線の速度・反応が速くなった(混雑による低速状況は残る)。
2.通信障害・不具合の発生が減少した。
3.常時使用の通信機器、つまり使い慣れた端末が存在する(スマホ、PC)。
4.オンライン・ミーティング用アプリケーションやSNSの進歩により、顔を見ながら話をすることが可能となった。
5.face-to-face communicationの効果は少しあるが、十分ではない。
6.個人に明確に割り当てられた(指定、指示された)仕事や作業については評価が可能でも、そうでない仕事については評価が困難で、適正報酬の確定が難しい。
7.テレワークでも、ときどき事務所・事業所にでかけるニーズは消えていない。
 上記のうち1~4は明らかな改善であるが、厄介な問題を含んでいる。また、5~7は完全に解決されていない問題である。以下では、1~4の問題について取り上げる。ここでは、自宅のパソコンで作業を行い、ときどき通信回線を使ってデータの送受信を行ったり、自宅からオンライン会議に参加するような仕事を想定しよう。この事例では、スマホしか使えない人は除外される。
 こうしたテレワーク(在宅勤務)が可能であるためには、高速・安定・廉価な通信回線(CT)の利用と情報機器・端末(IT)の常時利用が前提条件となる。現在は、こうした条件が一般に整備されていると思われるが、それだけでは解決にならない。セキュリティとコスト負担の問題がある。
 第1は、パソコンやデータを社外に持ち出せるかというセキュリティの問題だ。ファイアウォールやセキュリティ・システムで守られた社内環境とは異なる自宅環境では、パソコンやデータの紛失・窃盗・漏洩が生じる可能性がある。第2に、パソコンや通信の知識を十分に持たない素人が自宅で作業を行うと、マルウェアやコンピュータウイルスに触れる可能性が高く、セキュリティ問題を深刻化させる。第3に、通信回線、ハードウェア、ソフトウェアや周辺機器の費用(印刷コスト含む)は誰が負担するのか。仕事用パソコンと個人用パソコンの使い分けがなされない場合はどうなるか。新たな機器の導入・設置やバージョンアップの作業・費用負担は誰が行うのか。

(執筆:谷口洋志)

日々是総合政策No.171

ポストコロナと「新たな日常」:骨太方針2020

 日本を含め多くの国や地域の経済社会は、新型コロナウイルス感染症拡大により、甚大な影響を受け、これまでの常識では対応できない状況に陥っている、と広く認識されています。こうした認識は、去る7月17日に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2020~危機の克服、そして新しい未来へ~」(骨太方針2020) にも示されています。
2007‐2008年の世界金融危機とリーマンショックを経た構造的な変化や変化後の経済状況を示す「ニューノーマル(new normal)」という言葉が、そのとき以上に、今回のコロナ禍を経験した後の世界状況を表すものになっています。「ニューノーマル」は、「新たな常態/常識」として理解されることが多いですが、骨太方針2020では「新たな日常」として言及されています。
 「新たな日常」を実現するために、骨太方針2020は「デジタルニューデール」(デジタル化への集中投資・実装とその環境整備)を掲げています。その中身は、次世代型行政サービスの強力な推進(行政サービスのデジタル化)、デジタルトランスフォーメーション(データとデジタル技術を活用したデジタルによる経済社会の変革)の推進、新しい働き方・暮らし方(テレワークや教育・医療のオンライン化等)、変化を加速するための制度・慣行の見直し(書面・押印・対面主義からの脱却等)です。
 「新たな日常」はポストコロナにおける国のあり方や人々の働き方や家庭・教育・医療環境を描いていますが、新型コロナウイルス感染症専門家会議がまとめた「新しい生活様式」 はウイズコロナにおける日常生活を営む上での基本的生活様式などの実践例を示しています。身体的距離の確保・マスクの着用・手洗いといった個人レベルの基本的感染対策や、「3密」(密集・密接・密閉)の回避などの基本的生活様式や、テレワーク・時差通勤・オンライン会議などの働き方の新しいスタイルが「新しい生活様式」として取り上げられています。
 ウイズコロナの「新しい生活様式」の経験を基に、ポストコロナの「新たな日常」の実現をめざすことは、プレコロナ(コロナ禍以前)の「これまでの生活様式/日常」とは異なる国民生活の諸活動を支える経済社会基盤を構築することを意味します。

(注)本文中のリンク先URLすべて、最終アクセス2020年8月28日。

(執筆:横山彰)

日々是総合政策No.170

続 コロナ後の農業・農村

 東京都心から車で約2時間の山梨県小菅村が新型コロナの感染拡大で移住先として注目されているらしい。人口713人の村は今年に入って都会からの移住者が30人増え、人口の20%ほどを占めるようになったという(注1)。米国でも、「在宅勤務が多くなり、通勤に便利な都市部よりも比較的価格が安く、広めの郊外物件の需要が高まっている」とされ、ニューヨークやロサンゼルスの住宅市場の成約件数は中心部で減少し郊外で増加している(注2)。本コラム(NO.151)で、コロナ危機を受けて「地価が安く広々とした居住空間を実現できる地方・農村居住は再評価されるだろう。」としたが、すでに現実化している。
 ところで、多くの農村は元々良好な居住地として開発されたわけではなく、営農との関連で江戸中期までに形成された。平場の集落では、富山県砺波平野のような散居(家と家の間に広く田畑がある)も、水害や飲料水確保や外敵防御などの視点も加味した集居(田畑の中に家が一定の区域に集まっている)も、特に農地へのアクセスを配慮している。モータリゼーションが発達すると散居や集居である必要もなく、農作業の機械化や生活利便性を考えれば、八郎潟干拓地の大潟村のように居住地を1か所に集約した方が良い。意図するところは異なるが、中国では農村の活性化の名目で、田畑に囲まれた低層住宅に住む農民を、半強制的に新しい市街地の集合住宅に移住させているという(注3)。
 居住地を集約すれば市街地の道路や上下水道や周辺農地の用排水路などのインフラが効率的に整備されるが、過去の家屋建設やインフラ投資を無視することになるし時間も予算もかかる。何よりも新型コロナによる感染のリスクが低い分散居住にもならない。当面は、すでに張り巡らされた農道や用排水路などの農業インフラを活用しながら、都市からの移住者用に農村の空き家(宅地)を活用するなど、地域特性を生かした個性的で良好な住環境を創造する必要があるのだろう。コロナ禍は国土政策を考え直す契機でもある。

(執筆:元杉昭男顧問)

(注1)テレビ東京 WBS 2020年8月10日
(注2)日本経済新聞 「米住宅、郊外移転が活況」 2020年8月5日朝刊
(注3)日本経済新聞 「立ち退き迫られ困窮する住民」 2020年7月26日朝刊

日々是総合政策No.169

自然災害とその復興課題について(1)

 日本は自然災害の多い国です。「令和2年7月豪雨」では全国でも熊本県の浸水被害を中心に、人的被害101名だけでなく、14,836棟の住家被害が発生しました(注1)。政府は新型コロナ対策の経済的支援以外にも、「特定非常災害指定」のための財源捻出が必要となっています。
 災害対策基本法第2条第1項では災害の定義を「暴風、豪雨、豪雪、洪水、高潮、地震、津波、噴火、その他の異常な自然現象又は大規模な火事若しくは爆発、その他その及ぼす被害の程度において、これらに類する政令で定める原因により生ずる被害という」としています。災害対策基本法に認められる災害の定義が多岐に渡っており、災害復興補助金の適用範囲も広いと考えられます。
 政府は防災部門にも配慮して災害復旧に努めています。令和2年度災害予防予算案は1,124百万円であり、南海トラフ地震や首都直下型地震に備えた政策を講じるため、平成31年度以降の防災予算は高止まり傾向です(注2)。日本の災害対策は充分と言えるものの、今後は更なる補正予算を組むことも検討するようになるでしょう。
 実際の被災後は災害復興への応急対応のため、早急に被災状況の把握が必要となります。具体的には、①応急対応、②二次災害の拡大防止、③法制度の適用、④すまいと暮らしの再建等に関する調査を行います。行政と判定技術者を中心に、立ち入り禁止区域の認定や応急危険度の第1次、2次判定が実施されるのです。被害区分の査定が行われると、緊急の財政金融措置となる①緊急金融措置、②財政需要見込額の算定、③行政計画、④予算編成等も含めて、様々な施策を考えなければなりません(注3)。このように被災後は救済や復興計画の作成を中心に、膨大な作業に多くの人員を配置することとなります。日本はコロナ対策だけでなく、災害対策やその復興にも効率的な財源や人員を投入しなければなりません。早急な政府対応が求められるでしょう。

(執筆:田代昌孝)

(注1)内閣府「令和2年7月豪雨による被害状況等について」、下記のURL(最終アクセス2020年7月15日)を参照。
http://www.bousai.go.jp/updates/r2_07ooame/pdf/r20703_ooame_17.pdf
(注2)内閣府「防災情報のページ」、下記のURL(最終アクセス2020年7月15日)を参照。
http://www.bousai.go.jp/taisaku/yosan/index.html
(注3)内閣府「復旧・復興ハンドブック」、下記のURL(最終アクセス2020年8月6日)を参照。
http://www.bousai.go.jp/kaigirep/houkokusho/hukkousesaku/saigaitaiou/output_html_1/images/dept/cao_fukkou/handbook.pdf

日々是総合政策No.168

新型コロナウイルス感染症対策への提言ノート(2)

 今年に入り、新型コロナウイルス感染症のことを初めて耳にしたときに思い出したことは、2007年に、米国フロリダ州オーランドで行われた”Business Preparedness for Pandemic Influenza”という国際会議のことでした。この国際会議は、ミネソタ大学のCenter for Infectious Diseace Research and Policy(cidrap)が主催した会議で、新型インフルエンザの脅威に対して、どのように「備えるべきか」という論点について、基調講演が行われたり、有識者が意見を交わしたりするというものでした。私自身は、日本から参加した一聴衆でしたが、SARS(Severe Acute Respiratory Syndrome)を経験した次なるパンデミックにどのような準備をするべきかという世界の経験を直に学ぶ貴重な時間となりました。
 この会議に出席し、また今般の新型コロナウイルス感染症の流行で再認識したのは、「公衆衛生政策」は国家政策の基本であるということです。総合政策論や公共政策論の中で、公衆衛生に関する保健政策の分野にもっと注目をすべきであると感じました。大袈裟な言い方かもしれませんが、公衆衛生政策を国家や自治体の政策の基本として考えるべきではないかと痛感しました。それだけ、私たちの世界は新たなウイルスの脅威には「脆い」と言えるのではないでしょうか。また公衆衛生政策を実施する上では、施政者に時に強い権限を付託する必要があります。この点で、有権者と為政者との間での「社会契約」は重要な意味を持ちます。
 ここで私が強く疑問を感じたのは、7月の東京都知事選挙でした。あのタイミングで都知事選挙を行うことは”必然”であったのでしょうか。
 2011年の統一地方選挙では、東北地方での地方選挙は延期され、岩手県知事選挙は、東日本大震災から6か月後の9月11日が投票日となりました。これは特例法によって選挙の延期を可能にしたのです。
 ということであれば、今回の都知事選挙も少なくとも半年間は延期ができたのではないかと思うのです。選挙を延期し、都知事には、新型コロナウイルス感染症対策に集中していただく、そして感染症の状況が落ち着いた後、選挙を実施すれば、有権者は選挙を通じて、感染症対策の結果も含めて現職知事を評価し、判断ができたのではないかと思います。しかし現実は、7月に選挙が行われたことで、結果が見えない中で、新たな任期の「チケット」を現職知事に与えることになりました。次の評価の機会は4年後です。ここに私自身は幾ばくかの疑問があるのです。

(執筆:矢尾板俊平)

日々是総合政策No.167

スウェーデンのコロナ禍対策(5)

 前回N0.156ではスウェーデンでのコロナ禍による死亡者について、外国人への波及可能性を指摘しました。外国人の感染者と死亡者に関するデータが見つかりましたので、今回はそれを紹介します。
 下の表は、2020年3月13日から5月7日までの感染者数(20804人)・死亡者数(3312人)のシェアを誕生国別に示しています。陽性者数と死亡者数をそれぞれ100とすると外国生れの割合が、32.1%、22.2%と人口のシェア19.6%を上回っています。

誕生国によるシェアの比較(%) 
(出所)注1,p.7の表1,p.13の表4より算出

 図1は人口10万人あたりの感染者数を、多い誕生国順に5カ国を選びスウェ-デン生れと比較したものです。最多のトルコが753人、スウェーデンは183人です。感染者の年齢の中央値は、トルコ61才、エチオピア49才、ソマリア49才、チリ57才、イラク51才、スウェーデン63才です。

図1.10万人あたり感染者数(人)
(出所)注1,p.7,表1より作成。

 図2は人口10万人あたり死亡者数を示します。ここでも多い誕生国順の5カ国とスウェーデンの比較です。最多のフィンランドが145人、スウェーデンは32人です。なお、注1,p7によれば、誕生国がフィンランドである在住者は約14.4万人で外国生れ全体の7.1%である。
 死亡者の年齢の中央値は、フィンランド82才、トルコ81才、ソマリア68才、チリ79才、イラク79才、スウェーデン85才です。

図2.10万人あたり死亡者数(人)
*死亡者が11名以下の生誕国は注1に含まれていない。
(出所)注1,p.13,表4より作成。

 さて、図のソマリア生れの在住者の67%とイラク生れの30%は、スウェーデン在住期間が10年未満で難民の多いグループ1に属し、チリ生れの91%とイラク生れの70%及びソマリア生れの33%は在住期間が10年を超えます(注2,pp.99-100より算出)。フィンランドやトルコの欧州生れは高齢者が多く、在住期間が比較的短いグループです(注2,p.5より)。
 注2,p.44によれば、グループ1の可処分所得は他の外国人グループやスウェーデン生れより低額です
 しかし、スウェーデンの医療はランスティング(都道府県に該当)、介護はコミューン(市町村に該当)が担当し、その財源は主に各地方の勤労所得税です。つまり公費(税)方式です。民間保険や社会保険の未加入により医療へのアクセス自体が制限されることはありません。
 むしろ、図1と図2の原因を探るには、グループ1の住宅が狭いこと(注2,p.58)、外国生れの方がスウェーデン生れより単身者世帯が少ないことなど(注2,p.12)、まず外国生れの状態を幅広く捉えることが必要でしょう。

(注)
1.スウェーデン公衆衛生庁URL
https://www.folkhalsomyndigheten.se/contentassets/d6538f6c359e448ba39993a41e1116e7/covid-19-demografisk-beskrivning-bekraftade-covid-19-fall.pdf
2.スウェーデン中央統計局URL
https://www.scb.se/contentassets/6834eab09f2c4758bb3fd9c015e765a8/le0105_2019a01_br_be57br1901.pdf
いずれも最終アクセス 2020年8月3日。

(執筆:馬場 義久)

日々是総合政策No.166

産業構造5

 こんにちは、ふたたび池上です。第7−10回は、経済発展に伴い経済の中心が農業から工業にシフトするルイス・モデルとハリス=トダロ・モデルのお話でした。今回は、ハリス=トダロ・モデルの続きで、農業、都市インフォーマル部門、都市フォーマル部門という3つの部門のどの部門で投資が進むと人々の生活水準が向上するかというお話です。
 まず、都市フォーマル部門に投資した場合ですが、都市フォーマル部門の労働者の人数と労働者一人あたりの所得のどちらか、もしくは両方が増加します。どちらが増加するかはっきりしないのは、都市フォーマル部門の賃金および雇用量は、需要と供給に応じて決まるのではなく、離職を防ぐ、やる気を高める、生産性を高めるなどの理由から、現在の労働者の所得・栄養状態・健康・福利厚生を高めに設定・維持されるように決まるという仮定があるからです。
 しかし、都市の期待所得も同時に増加し、より多くの人が農業から都市に移動し、都市フォーマル部門に職を得られなかった労働者は都市インフォーマル部門に職を得ます。都市インフォーマル部門は賃金ゼロの最も貧しい部門です。都市フォーマル部門への投資は、都市インフォーマル部門の拡大をもたらし、都市全体の生活水準を悪化させる可能性があるのです。これをトダロの逆説と呼びます。
 次に、農業部門に投資した場合ですが、こちらは需要と供給に応じて賃金と雇用量が決まるので、農業部門の労働者の人数と労働者一人あたりの所得は増加します。都市インフォーマル部門の労働者は農業に移動し、都市インフォーマル部門は縮小するので、都市全体の生活水準も向上します。ルイス・モデルとハリス=トダロ・モデルの両方において、経済発展のエンジンは工業化だったとしても、農業部門の発展も重要という結果が得られました。
 私からの日本語のお話は今回が最後で、次回以降は英語のお話の予定です。

(執筆:池上宗信)

日々是総合政策No.165

国公法の定年延長規定の適用範囲への疑問(下)

No.160(国公法の定年延長規定の適用範囲への疑問(上))からつづき

 なお、政府解釈は、別段の定年の定めのあるものにも、第81条の3の規定の適用ができるということであろう。であれば、国家公務員法の例外としての別の定年規定の定めがある国家公務員は他にもある。
 これらに適用可能と考えているのかどうかもはっきりさせて欲しいところだ。当然、これらについても、解釈変更に当たっては、検討がなされているはずだからだ。憲法は、「国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である。」(第41条)と定めるが、解釈変更による実質的な立法権の行使が行われることのないよう、法の解釈つまり、法の適用の外縁は、はっきりさせておくべきだ。
 最高裁の裁判官(70歳)裁判官(65歳)、会計検査官(70歳)、公正取引委員会の委員長や委員(70歳)である。これらは、全て、内閣任命で天皇の認証を要する認証官である点も検事長と同じ、国家公務員といえば国家公務員というのも同じである。ただ、裁判官と会計検査官は、国家公務員であっても一般職ではなく、特別職であるという点、会計検査官、公正取引委員会の委員長や委員は、任命に国会の同意を要する点が異なっている。第81条の3 の字面を読む限り 特別職か、一般職か、あるいは国会同意の有無で区別されるようにはみえない。「検察官」の定年を、 解釈変更で 閣議決定で定年延長できるのなら、最高裁判所の裁判官も、閣議決定で定年延長できるという解釈も可能ではないだろうか、というのは、単なる私の杞憂だろうか。
 これらの点、国会質疑等で、政府見解を質して欲しいと考えるのは、私だけなのだろうか。「法治国家」で、「人事権を背景とした「人治」がまかり通るようなことがあってはならない、そのためには、人事権を行使できる範囲は明確にしておくことが重要である。法の解釈」つまり、法の適用の外縁は、解釈変更による実質的な立法権の行使が行われないよう、はっきりさせておくべきではないだろうか。また、別法ではないが、人事院規則で定年が62歳と決められている内閣法制次長の定年を延長した例もあるからだ。

(執筆:平嶋彰英)

日々是総合政策No.164

ソーシャルビジネスとしての医療・介護

 新型コロナウイルスの猛威に苦悩する医療・介護問題を、ソーシャルビジネスの視点から考えてみましょう。ソーシャルビジネスとは、医療・介護、教育、環境整備のように、社会的な課題を営利事業を通じて解決する事業のことです。
 これまでも、非営利型の事業として、営利型の中小企業・小規模事業、ベンチャー企業とともに地域を基盤とする事業を行ってきました。活動資金は、スタート当初は寄付・会費、補助金・助成金それに自己資金が主でした。しかし、次第に組織を存続するだけの収益を自ら獲得、またそれを超えて事業規模が拡大するようになると、銀行借入だけでなく地方自治体が仲介する住民公募地方債、NPO・NPOバンクが仲介するコミュニティファンド、さらにクラウドファンディングを通じて、事業に共感する市民から直接的に資金を得るようになっています。 
 このボトムアップ型の流れの中で、政府は第2次補正予算において企業の雇用・資金繰りと医療体制の強化に重点を置いています。実際、地域経済活性化を兼ねた新型コロナウイルス感染症対応地方創生臨時交付金が準備されています。ところが、ウイルス検査体制、ワクチン開発・治療が遅れているだけでなく、医療・介護関係の人材不足や経営悪化が深刻になっています。  
 そこで、地域の実情を重視する政府と自治体の支援が急がれることになります。まず、感染防止・治療そして事業協力者への補償のために、補正予算・予備費10兆円のうちかなりの資金を当てることになりそうです。しかし、成功の鍵を握るのは、政府省庁間の調整および自治体、研究機関、金融機関・企業、市民との効率的な協業です。
 次いで、今後、医療法人(病院、診療所、介護老人保健施設)が生み出す剰余金の配当を許可するなど「医療法」の規制を緩めることで、コストを低め収益の拡大を目指そうとする医療法人の経営努力を支援する必要があるのではないでしょうか。この過程で、医療のICT化(遠隔診療 キャッシュレス化 電子カルテ)が進み、市民はより有利な条件でサービスを受けられることになるはずです。また、海外からの医療ツーリズムにもつながるように思われます。 

(執筆:岸真清)