デカップリング
農林水産省入省後に灌漑用ダム建設現場に赴任した。設計や現場監督とともに用地買収も担当した。所有者毎の買収額を決めるには境界確定が必要だが、土地登記簿上の境界は曖昧だ。私は山の斜面の測量をしながら主要地点に木杭を打ち、ビニールの紐を結んで境界を明らかにし、隣接する所有者の立会の下で境界の確認をした。異議もなく、その日は終わった。翌日、面積測量に行ったら、木杭は無残に抜かれていた。どちらかが不満だったらしい。測量器具を手に山の斜面に呆然と立ち尽くした。
それから月日は過ぎて退官も近づいた頃、デカップリング政策の立案に関与した。政策的に農産物価格を支持すれば生産が刺激されて過剰生産となるので、価格と切り離して(デカップルして)農家に対して直接的な所得補償を行う政策である。1990年代にEUで条件不利地域(農作業効率の悪い中山間地域など)の農業政策として採用された。中山間地域の農業は国土保全などの多面的な役割を果たしているので政策の意義は大きいが、一番の心配は適正な予算執行である。例えば、中山間地域でも条件の良い農地もあるので、一定以上の傾斜度の農地を対象とした。しかし、数枚の水田がバナナのように湾曲しながら下降傾斜している場合、一番上と下の水田を直線で結ぶ傾斜度と湾曲に沿った傾斜度は異なる。問題となる傾斜度の決め方は80種類近くあることが分かり、現場担当者に周知しないと混乱する。
各農家は営農継続の協定を結んで直接支払を受けるが、各農家の所有農地面積の把握は困難だ。中山間地域では農地の区画整理の整備率は低く地籍調査も終えていないので、土地登記簿、農地台帳、固定資産税課税台帳などに農地面積は記されていても、どれも現実の面積とはかけ離れている。冒頭の経験がよぎった。ヨーロッパとは違うのだから、協定対象の全体面積で支払い、その分配は参加者に任せるよう提案をしたが、国際派官僚に押し切られた。そこで中山間地の一筆毎の農地面積と傾斜度を当時の技術で航空測量した(成果はその後の政策にも使用された)。
総合政策では、研究者や官僚の提案・立案と現場担当者の予算執行の「デカップリング」を心配している。「総合」という言葉を付した意味を信じたい。
(執筆:元杉昭男)