ウクライナのこと
ロシアのウクライナ侵略は内戦とも国境紛争とも違う。汎ゲルマン主義を掲げたヒットラーによるオーストリアの併合やチェコ・スロバキアの保護国化のように、汎スラブ主義を掲げたロシアの主権国家への侵略である。プーチン氏はロシア正教を信奉し、ソ連時代のスターリンを評価し、最近ではピョートル大帝の栄光を称え、ソ連やロシア帝国の領土を取り戻そうとする。日々の夥しい犠牲者の下で、専門家でもない者が罪悪感を伴わずに軽率に語れないが、疑問点だけは述べておきたい。
第一に、西欧先進国の政治指導者が持っていた「どんな国でも経済発展すれば必然的に民主主義国になる」という信念である。中国は共産党の一党独裁のまま、経済大国となり軍事大国になり、ロシアは共産党一党独裁制も社会主義もなくなったが、専制的な政治体制(権威主義)になった。経済的発展と政治体制は無関係なのか。
第二に、ロシアは共産党一党独裁制から多党制に基づく選挙制度に移行したが、プーチン氏率いる与党の一党優位政党制になり、野党政治家を露骨に排除している。第一次世界大戦後のワイマール共和国の民主主義体制下で国民的支持を得てナチス体制が出現した状況を想起させる。形式上の民主主義制度だけでは民主主義は守れないのか。
第三に、「ロシア人として罪の意識を感じます」、「無関心でいたことをお詫びします」、「戦争犯罪の共犯者になってしまっている気がします」といった人々の発言がTV報道にあった。反戦を思う人々の心情として理解できるが、政府と人々の社会を分離して考える近代西欧の考えとズレがあるように思える。「ロシア人宿泊お断り」とした日本のホテルもあったが、何かアジア的な感じがする。政府指導者の偏狭的な愛国心が人々心情と一体化する恐れはないか。
第四に、現代の軍事力は高額な兵器や兵員を保持できる経済力と、高度な科学技術を駆使した軍事技術と兵器製造に必要なサプライチェーンの掌握が必要である。この点で想定敵国に劣るとすればNATOのような軍事同盟で補うしかない。兵器としてのドローンや無人機の使用の延長上に、ロボット同士の戦闘で決着がつく日が来るのか。
世界史的な出来事に同時代人として向き合いたい。
(執筆:元杉昭男)