すべてを疑え
19世紀プロイセン(現在のドイツ)の思想家・革命家カール・マルクスは、「すべてを疑え」という言葉をモットーとしていた。ただし、「すべてを疑う」ことには、自分の主張も含まれるので注意が必要だ。
一方、「自明の理」という言い方がある。証明も説明もいらない、当然のことだ、というわけである。しかし、「当然のこと」は、どのようにして証明されるのだろうか。当然であることが、証明されなければわからないとすれば、それは「自明」ではない。したがって、「自明の理」も「すべてを疑え」の対象となる。
ところで、「すべてを疑う」ことには、「確かめてみよう」という謙虚な姿勢が感じられ、「自明の理」には説明するまでもないという傲慢さが感じられる。だから、私は、「自明の理」派よりも「すべてを疑え」派に組したいと思う。
このような回りくどいことを書いたのは、最近の米中貿易戦争において米国トランプ政権の主張には「自明の理」が含まれているように見えながら、実際にはそうではないことを知ったからである。例をあげてみよう。
米国は中国に対して巨額の貿易赤字を作っている。その対中貿易赤字を米国のGDP(国内総生産)で割ると、2000年の0.8%から2010年の1.8%、2018年の2.0%へと、最近はその数値が上がっている(米国商務省経済分析局の国際貿易データによる)。だから、トランプ政権が対中貿易を問題にするのは「自明の理」というわけだ。
しかし、中国側では何が起きているだろうか。中国が米国に対して作っている貿易黒字も巨額であることは「自明」であるが、自明でないのは、この対米貿易黒字を中国のGDPで割った数値の動きである。実は、中国側では、対米貿易黒字のGDPに対する数値は、2006年の5.2%から2010年の3.0%、2018年の2.4%へと大きく下がったのである(中国国家統計局と中国海関総署のデータによる)。米国側には自明でも、中国側には自明でないのだ。
(執筆:谷口洋志)