日々是総合政策No.152

コロナ後の世界 (3) 「リモートワーク」が変えること

 私たちは、新型コロナウイルス感染症のワクチンや治療薬が開発され、そのワクチンや治療薬が十分な供給体制が構築されるまでは、新型コロナウイルスを意識し、感染のリスクを常に想定しながら、社会経済活動の在り方を組み立てていくしかありません。
 政府による緊急事態宣言の発出後、在宅での「リモートワーク」を導入した職場が増えました。「リモートワーク」は、新型コロナウイルスのリスクを想定する生活においては、益々、普及を目指していくべき取り組みでしょう。そのためには、零細・中小企業でのICT投資の拡大が必要となります。また、個々の家庭のICT環境の整備も欠かせません。この点は、政府の経済対策としても重点的に取り組むべき項目と言えます。
 これまでの日本社会では「ハンコ」が重要な役割を果たしてきました。契約時、社内での決裁時など、印鑑を必要とする書類が多くあります。ICT技術を活用した「リモートワーク」になると、回覧される書類も契約書類も紙ではなく、電子ファイルになることも多くなるため、「ハンコ」を押すということも少なくなるかもしれません。これは日本文化の大きな変容と言えるかもしれません。
 「リモートワーク」の普及は、「就業規則」を見直す機会になるかもしれません。今後、新型コロナウイルス感染症の再流行等により学校の休校、幼稚園や保育園が休園となったとします。核家族で共働きの世帯では、やはり子どもたちの対応をすることは難しくなります。そこで、曜日ごとに、「今日は父親が子どもの対応をする日なので、昼間に仕事をするのではなく、母親の仕事が終わる夕方以降に、仕事をすることができる」、「今日は母親が子どもの対応をする日なので、父親の仕事が終わる夕方以降に、仕事をすることができる」というような家庭内分担を可能にすることが必要です。
 このような裁量的労働時間設定を、「就業規則」や「雇用契約」で認めことで、柔軟に就業時間を設定することができるようになれば、「ワークライフバランス」の推進も大きく前進することでしょう。そして、このことは、「移動」という概念からの解放に加え、「固定的な就業時間」という概念からも解放されることを意味し、実は、地方創生を大きく推進することにも貢献します。

(執筆:矢尾板俊平)

日々是総合政策No.151

コロナ後の農業・農村

 経済発展は相互依存の深化による。世界中からあらゆる物が集められ、人々や情報は世界中を飛び回る中、コロナ危機はグローバル化され豊かさを手に入れた人類に、その相互依存を断ち切るよう迫り、人流・物流に大きなダメージを与えている。その反面、情報流の価値を高めた。
 人流面では非接触社会の実現が強調されるが、過密化した都市がコロナ危機のような疫病に脆弱であることは歴史上明らかである。巣ごもり消費は自宅が多用途空間として担うことを意味する。情報通信技術(ICT )を活用して、都市内の施設で分担されてきた職場・学校・保育園・病院・娯楽・スポーツジム・レストランなどの機能を自宅が担う。地価が安く広々とした居住空間を実現できる地方・農村居住は再評価されるだろう。「密なオンライン空間と疎な居住空間の組合せ」の農村居住が注目される。
 物流面では、冷戦終結以来のグローバル化で物資のサプライチェーンが全世界に広がった。しかし、コロナ危機で医療用品・機器などの生産国は輸出禁止を行い、各国が国民の安全に関わる戦略物資を確保する動きが見られた。自国の都合で輸出規制をするならWTO体制の意義が問われる。安全保障の視点から各国は戦略物資の自給と緊急時の同盟国・友好国間の物資融通に向かう。食料も過去の世界的な食料危機で輸出規制が行われ、その安定供給体制に関心は高まる。
 情報流は人流・物流の補完的な役割から、出張も本の購入も不要となるICTの進歩により代替的意味も持つに至った。その中で、最近、ICT やロボット技術を活用し省力化・精密化・高品質化する「スマート農業」が注目を集めている。しかし、情報通信インフラの整備には多大な投資が必要になる上、疎な空間である農村では投資効率が悪い。そこで、日常生活にも防災にも在宅勤務などにも多目的に利用される結合供給的発想が重要になる。
 パンディミックに強い社会の創造が世界的な課題である。そうしないと、安全と監視の兼合いに悩む民主主義体制よりも強権政治体制の方が優れているという恐ろしい結論になってしまう。人類がICTなどの英知で相互依存の低下による経済発展の鈍化を防ぐことができるか試されている。

(執筆:元杉昭男)

日々是総合政策No.150

新型コロナウイルス感染症対策

 6月1日現在における日本政府の新型コロナウイルス感染症(以下、コロナ)対策の全容は、内閣官房のWebサイト(https://corona.go.jp/action/)で知ることができます。
 そして、さらなるコロナ対策として、政府は令和2年度第2次補正予算案を5月27日に閣議決定し、国会での成立を目指しています。その追加歳出は、コロナ対策関係経費31兆8,171億円、国債利払費等963億円、議員歳費▲20億円で、合計で31兆9,114億(概数で31.9兆円)になっています。コロナ対策関係経費の主要なものを概数でみると、中小・小規模事業者向け融資を中心とした「資金繰り対応の強化」11.6兆円、「家賃支援給付金の創設」2.0兆円、コロナ緊急包括支援交付金を中心とする「医療提供体制等の強化」3.0兆円、「コロナ対応地方創生臨時交付金の拡充」2.0兆円、「持続化給付金の対応強化」1.9兆円、「コロナ対策予備費」10.0兆円です(注1)。
 この第2次補正予算で意見が分かれるのは、「医療提供体制等の強化」と「コロナ対策予備費」の評価です。前者については、第2次補正予算の9.40%(概数での算定、以下同じ)に過ぎず、さらにはPCR(polymerase chain reaction:ポリメラーゼ連鎖反応)・抗原検査などの検査体制強化622億円、コロナに係る情報システム整備42億円、ワクチン・治療薬の開発と早期実用化等2,055億円と、「検査体制の充実、感染予防防止とワクチン・治療薬の開発」には合計でも2,719億円(第2次補正予算の0.85%)しか充てられていません(注2)。後者については、10兆円という規模の予備費(第2次補正予算の31.35%)は、「財政民主主義の観点から、使途を明確にする必要がある」といった意見が野党各党から出されています(注3)。この点は、議会(立法府)が政府(行政府)の行動を統制する手段としての役割を予算がもつこと、すなわち予算の統制機能に関わります。こうした予算の役割と、今後のコロナ情勢に応じて政府が柔軟な政策対策をとれることとのバランスが問題になります(注4)。
皆さんも、予算という窓を通して政府のコロナ対策を眺めてみてはいかがですか。

(注1)財務省「令和2年度補正予算(第2号)の概要」
https://www.mof.go.jp/budget/budger_workflow/budget/fy2020/sy020407/hosei020527b.pdf
(注2)厚生労働省「令和2年度厚生労働省第二次補正予算案の概要」
https://www.mhlw.go.jp/wp/yosan/yosan/20hosei/dl/20hosei03.pdf
(注3)NHK「第2次補正予算案 “10兆円の予備費 使途説明を” 野党各党」
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200528/k10012449301000.html
(注4)この点については、次の考察も参考になります。大石夏樹(2009)「予備費制度の在り方に関する論点整理」『経済のプリズム』 第72号、13-25頁、参議院事務局企画調整室
https://www.sangiin.go.jp/japanese/annai/chousa/keizai_prism/backnumber/h21pdf/20097202.pdf
以上のURL、すべて最終アクセス 2020年6月1日。

(執筆:横山彰)

日々是総合政策No.149

新型コロナと国の政策(4)

 日本も新型コロナの影響により、多くの倒産と失業が発生しています。新型コロナ騒動に対する経済政策として、安倍政権では一律10万円の現金給付を打ち立てました。短期のケインズ型消費関数に基づけば、現実の消費は限界消費性向に依存しています。新型コロナ騒動で外出を控えた結果、観光やレジャー等で新たな消費を誘発する効果があまり期待できない場合、一律現金給付の経済効果は弱いと考えられます。所得税制度における基礎・配偶者・扶養控除等の人的控除には最低限の生活保障と言う根拠がありますが、10万円金額の具体的な根拠は示されていません。
 その一方で、平均消費性向が高い低所得者のみの限定給付は経済効果が期待できるものの、制度が複雑で迅速でないと言う問題があります。現行の消費税は住民税非課税世帯に対して、授業料・入学金を免除または減額と言った様々な優遇措置が設けられています(注1)。令和2年4月7日に閣議決定された「新型コロナウイルス感染症緊急経済対策について」に於いても、個人住民税均等割非課税水準に基づく支援策が出されました(注2)。今後は高所得者に支払われた給付分の財源徴収が必要となるでしょう。
 日本の税や社会保障制度は普遍主義に基づく制度設計が多く、生活困窮者のみを対象にした選別給付が少ないと言う特徴があります。社会保障制度も生活保護のみが救貧の機能を果たしており、租税制度も低所得者のみの税額還付がありません。税と社会保障制度の更なる見直しが必要となるでしょう(注3)。
 また、人口移動制限の状況下で大規模な公共事業は効果が期待できないかもしれません。従来のインフラ整備から感染症対策のための病院建設への移行等を中心に、政府は公共事業にも工夫が求められるようになってきました。

(注1)現行消費税制度は、「知ってほしい!消費税のこと。暮らしのこと。」、下記のURL(最終アクセス2020年5月21日)を参照した。
https://www.gov-online.go.jp/cam/shouhizei/koutoukyouikumushouka/
(注2)「新型コロナウイルス感染症緊急経済対策」については下記のURL(最終アクセス2020年5月21日)を参照した。
https://www5.cao.go.jp/keizai1/keizaitaisaku/2020/20200407_taisaku.pdf
(注3)この点については、佐藤主光「<新型コロナ問題と税・社会保障>その3:コロナ禍の「出口戦略」をどうするか?」、下記のURL(最終アクセス2020年5月21日)を参照した。
https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=3419

(執筆:田代昌孝)

日々是総合政策No.148

コロナ後の世界(2) 「移動」からの解放

 新型コロナウイルス感染症の拡大の影響は、私たちの「働き方」にも大きな影響を与えました。そのひとつが「リモートワーク」や「テレワーク」です。ICT(Information and Communication Technology:情報通信技術)を活用することで、特定の「場所」に行かなくても、物理的な制約を受けずに、協働作業ができる可能性を認識することができました。もちろん、これまでと違った不便さもあったと思いますし、「課題」が無いかといえば、もちろん多くの課題はあります。
 「会議」は、そのひとつでしょう。何かを話し合うとき、何かを決めるとき、皆が同じ場に集い、顔を見合わせながら、議論を尽くす。しかし、ICTを活用すれば、同じ場所に集まらなくても、顔を合わせて、議論することができることを体験し、この2か月の間で、少しずつ慣れ、それも日常生活のひとつの「当たり前」になっていく感触があります。会議のときに、資料を印刷しなければ、お弁当を用意しなければ、お茶を用意しなければ、と気になりますが、オンライン会議であれば、全て自前で準備ですので、気が楽です。
 今年の流行語になるかどうかはわかりませんが、「Zoom飲み会」という言葉も耳にしました。家にいながらにして、食べ物や飲み物を自分で用意して、オンラインで友人や知人と楽しく交流することができる。あたかも、目の前に、友人や知人がいるような感覚で楽しめる。問題は、お店なら「ラストオーダー」があったり、「終電」があったりして、終了時刻を気にしますが、「オンライン飲み会」は、「ラストオーダー」も無ければ、家にいるので「終電」を気にする必要は無く、ついつい、長時間になってしまう、ということのようです。
 ICTは、私たちを「移動」の概念からの解放に導いてくれるかもしれません。「移動」は「時間」を伴います。私たちは、そうした「機会費用」を少なからず支払ってきました。ICTにより、その「時間」を節約することができれば、その時間を別のことのために使うことができるようになります。ある人は家族との時間のために、ある人は自分の趣味や勉強のために使うかもしれません。今回の経験は、人々のライフスタイルを大きく変容させる「希望」を感じさせてくれたとも言えます。

(執筆:矢尾板俊平)

日々是総合政策No.147

特別定額給付金(下)

 新型コロナウイルス感染症緊急経済対策として実施されている特別定額給付金(一律に一人当たり10万円の給付)の給付事業費は、12兆7,344億14百万円(約12.73兆円)です(注1)。
 軽減税率制度のもとでの消費税率(国・地方)1%分の税収を2.1兆円程度と仮定すれば(注2)、この特別定額給付金は消費税率6(12.73÷2.1)%分の消費税減税を行える予算規模になります。12.73兆円の特別定額給付金も12.73兆円(税率6%分)の消費税減税も、特定の個人や世帯を限定しない普遍主義的な政策という点では同じです。しかし、消費税減税なしでの12.73兆円の特別定額給付金と12.73兆円(税率6%分)の消費税減税とでは、立法措置が異なり、政策実施の迅速性や行政費用も異なり、人によって受益も異なり、さらに消費税体系としての違いが出てくるとも考えられます。
 一律に一人当たり10万円の給付を行うことは、単純に消費税率を均一の10%だとしますと、一人当たり年間100万円分の消費を基礎消費として、この基礎消費に係る消費税額分10(10%×100)万円を一律に還付することとも考えられます。つまり、支払税額=税率×(年間消費−基礎消費)=税率×年間消費−税率×基礎消費=支払消費税額−定額給付金ですので、比例消費税と定額給付金をセットで考えれば、累進消費税(付加価値税)体系になります。このときの「累進」とは、年間消費が高い者ほど平均消費税率(支払税額÷年間消費)が高くなることを意味しています(注3)。この点に関しては、定額給付金は負の人頭税ですので、「付加価値税に負の人頭税を併用した累進付加価値税」を新しい支出税として、提示することもできます(注4)。他方、税率6%分の消費税減税は4%の比例消費税(付加価値税)になります。そこで、両者には消費税体系としての違いがあるとも考えられるのです。
 今回の特別定額給付金は一時的措置なので、これを来年度以降に継続しなければ累進消費税体系とは考えられません。そこで、来年度以降も何らかの形で定額給付金を継続させるのか否か、コロナ禍の収束後に東日本大震災に係る復興税のような形で当該緊急経済対策に係る公債の償還財源を考えるのか否かは、検討してみても良いでしょう。

(注1)総務省「特別定額給付金(新型コロナウイルス感染症緊急経済対策関連) 」
https://www.soumu.go.jp/menu_seisaku/gyoumukanri_sonota/covid-19/kyufukin.html <2020年5月18日最終アクセス>
(注2)馬場義久・横山彰・堀場勇夫・牛丸聡(2017)『日本の財政を考える』有斐閣、51頁で示されているように「軽減税率制度のもとでの消費税率1%の増収額は、2.04(もしくは2.23)兆円程度と見込め」ますので、ここでは消費税率1%の税収を2.1兆円程度と仮定しています。ただし、この税収見込みは、国民経済計算の最終消費支出に左右されますので、コロナ禍の影響でかなり低下するでしょう。
(注3)累進所得税の「累進」は、年間所得が高い者ほど平均所得税率が高くなることを意味します。累進所得税と累進消費税の違いは、個人の支払い能力(経済力)を所得で考えるか消費で考えるかの違いです。一般に、「消費税は逆進的である」といわれるのは、高所得者ほど所得に占める消費税額の割合が低くなるからで、所得分配への効果としての逆進性があるからです。詳しくは、加藤寛・横山彰(1995)『税制と税政:改革かくあるべし』読売新聞社、217-218頁を参照ください。
(注4)この新しい支出税の考え方については、横山彰(1994)「新しい支出税体系の検討」『租税研究』(日本租税研究協会)第535号、4-12頁、加藤・横山前掲書(注3)、214-221頁、横山彰・馬場義久・堀場勇夫(2009)『現代財政学』有斐閣、271頁を参照ください。

(執筆:横山彰)

日々是総合政策No.146

スウェーデンのコロナ禍対策(2)

 今回は大学生への支援策について紹介します。スウェーデンは今のところ、すべての学校で休校措置をとっていません。ただ大学は遠隔教育で対応しています。

1.大学等教育費の分担
 下の表は、大学や大学院などの教育費を100として、公共部門と家計がどれだけの割合で支出しているかを示します。スウェーデンは政府が84.7%支出し、家計の支出、つまり、学生やその保護者による支出は0.8%です。この0.8%はOECD35カ国中34位という低い値です。日本のそれは3位です。

表 大学等の教育費の分担割合% 2015年

 *公共や家計の他にNPOや寄付組織等の支出がある。
 **家計順位はOECD35カ国中の順位。
(出所)注1より抽出。

2.大学生支援策:奨学金のシーリング中止 
 以下、1スウェーデンクローナ=11円(注2より)として円単位で述べます。
 同国では、大学生や保護者の所得水準に関わりなく学費が無料です。国民の税負担により大学教育を支えています。いかなる時も学費未納による退学は生じません。危機に強いシステムです。
 では奨学金政策はどうでしょうか?全日制の大学生の場合、授業1週間あたり給付型奨学金が9058円、返済型が20812円、計29870円給付されます。
 奨学金制度には学生の所得シーリングがあります。保護者の所得は無関係です。半年間の所得が193万円を超えると奨学金は全く給付されません。このシーリングは、奨学金を得る週数-1週から半年で最大の20週-ごとに設定され、週数が多くなるほど低くなります。たとえば10週分だと162万円で、20週分では99万円です。つまり、学生の所得が99万円から162万円に増加すると、奨学金は20週分から10週分に半減します(以上の数値は注3より)。
 今回の支援策はこのシーリングを2020年に限り中止するものです。アルバイトをふやしても奨学金を減額しない措置です。背景に医療等での人手不足があるかもしれません。また、注3によれば今年失業し初めて大学で学ぼうとする人も、従前の所得水準にかかわらず奨学金を得られます。労働能力向上の後押しでしょう。政府はこの支援策を3月20日に発表しました(注4より)。その支出額は110億円です(注5より)。 

1.OECD URL
https://data.oecd.org/eduresource/spending-on-tertiary-education.htm
2.オンライン通貨コンバータURL
https://ja.valutafx.com/SEK-JPY.htm
3.スウェーデン中央奨学金機構URL
https://www.csn.se/bidrag-och-lan/studiestod/studiemedel.html#h-Hurmycketpengarkanjagfaochlana
4.スウェーデン政府URL
https://www.government.se/articles/2020/03/the-governments-work-in-the-area-of-education-in-response-to-the-coronavirus/
5.スウェーデン政府URL
https://www.government.se/information-material/2020/04/from-the-spring-fiscal-policy-bill-2020-guidelines-for-economic-and-budget-policy/

以上、すべて最終アクセス 2020年5月10日。

(執筆:馬場 義久)

日々是総合政策No.145

新型コロナと国の政策(3)

 米中貿易摩擦とも言うように、中国もアメリカと並んだ大国です。以前は中国も途上国と言われましたが、沿岸部における外資系の企業誘致が盛んとなり、最近ではアメリカを凌ぐような経済大国となりました。これは中国共産党における人事評価が経済成長率に基づいているためであると言えます(注1)。
 一党独裁のような国家は中央政府が全ての政治に関与し、全ての国民を守るような体制です。中国が共産主義を唱っている以上、本来ならば国民はあらゆる面で平等でなければなりません。都市と農村の様々な格差を是正するような政策が、中国では最も重要であります。
 ただ実際には、中国は国土面積が非常に広く、格差を是正すると言っても、その効果は限られています。分税制という財政調整制度を中心に、いわゆる貧しい地域への補助金政策が完全に機能せず、多くの農民工が充分な社会保障制度を受けられない状況となっています。
 その原因として、中国の農民工が都市労働者に比べて、質の低い社会保障制度に加入するしかない状況が挙げられます。中国における社会保障制度の特徴と言えば、戸籍管理制度に基づく運営です。一部のビジネスに成功した農民起業家を除けば、ほとんどの農民は都市戸籍への転換は実質的に不可能なものとなっています(注2)。戸籍管理制度に基づく社会保障制度を通じて、様々な格差が発生した結果、中国では新型コロナが蔓延したとも言えるでしょう。
 公的医療の充実を疎かにして経済成長を重視した結果、医療サービスを中心に格差が生じたという背景は、中国もアメリカと非常に良く似ています。質の低い医療サービスを受け続ける低所得者と、高い医療技術のサービスを受ける高所得者が共存する体制は、中国もアメリカも同じです。新型コロナの世界的な流行を通じて、今後は多くの国々で公的医療の重要性を認識することになるでしょう。

(注1)中国の人事評価と経済成長との関係は、田中直毅「世界を揺るがす中国資源多消費型経済の屈曲点」『ニッポンドットコム』経済・ビジネス2016.02.17、
https://www.nippon.com/ja/column/g00349/(最終アクセス2020年5月4日)を参照した。
(注2)中国の戸籍管理制度による社会保障の運営は柯 隆[2014]「中国の社会保障制度と格差に関する考察」『フィナンシャル・レビュー』第119号、172-175頁を参照した。

(執筆:田代昌孝)

日々是総合政策No.144

感染症データをどのように読むべきか

 4月26日、元衆議院議員のタレントがテレビ番組で、日本での感染症死亡者数が欧米よりかなり少ないので、「日本は圧倒的に勝っている」と発言したそうだ。ここでは事実に基づいてこの主張を批判的に検討する。以下では、世界で最も信頼できる情報源である米国ジョンズ・ホプキンス大学のコロナウイルス・リソースセンターのデータを用いる(https://coronavirus.jhu.edu/map.html、以下の表の数値は、2020年5月6日午前11時30分現在)。
 タレントの発言は、死亡者数Cや死亡率F(=死亡者数÷累計感染者数)において日本は低いので症状は軽いと言いたいらしい。これに対して、いくつかの疑問点を出そう。
 第1に、累計感染者数のうちまだ感染したままの人の割合Eにおいて、日本はロシア・英国・米国に次いで高い。第2に、累計感染者数のうち回復者の割合Gにおいて、日本は世界平均を下回り、英国、ロシア、米国に次いで低い。これらが示唆するのは、日本は今もロシア・英国・米国と並んでコロナ収束の状況にはないということだ。
 第3に、中国と比較する。中国の湖北省以外の30地区の人口は13.4億人(2018年末、中国国家統計局「統計数据」)で、日本の10倍以上だが、累計感染者数はほぼ同数で、死亡率は0.8%だ。つまり、日本の状況は、湖北省以外の中国全体と比べて10倍以上の感染率、死亡率は4.5倍なのだ。中国各地で2か月以上の外出禁止を実施した結果が、収束(収まること)を経ての終息(終わること)だ。韓国と比べても、日本の数値はほとんど悪い。
 第4に、米国の累計感染者数は120万人近いが、検査件数は728万人強である。日本の検査件数は18.5万人(5月5日厚生労働省報道発表の累計PCR検査実施人数)で米国の40分の1。要するに、検査件数が少ないために感染者数が少なく、死亡者数も少ないのだ。実際に、感染症で死亡しても検査しなければ、感染症死亡者とみなされない。
 最後に、中国ではほぼ終息し、欧州でも(英国を除いて)収束の兆しが見える中で日本では明るい見通しがなく、さらに1か月自粛して我慢・苦痛と倒産・失職と生活困難を強いられている。それでも日本は諸外国よりマシと言えるのだろうか。

(執筆:谷口洋志)

日々是総合政策No.143

特別定額給付金(上)

 新型コロナウイルス感染症緊急経済対策として、特別定額給付金などを含む令和2年度補正予算が2020年4月30日に成立しました。特別定額給付金は、4月20日の閣議決定で、「医療現場をはじめとして全国各地のあらゆる現場で取り組んでおられる方々への敬意と感謝の気持ちを持ち、人々が連帯して、一致団結し、見えざる敵との闘いという国難を克服しなければならない。このため、感染拡大防止に留意しつつ、簡素な仕組みで迅速かつ的確に家計への支援を行うこととし、一律に、一人当たり10万円の給付を行う」(注1)と示されたもので、その給付対象者は基準日(2020年4月27日)において住民基本台帳に記載されている者(日本国籍を有しない者も含む)、受給権者はその者の属する世帯の世帯主となっています(注2)。
 この特別定額給付金は、4月7日閣議決定の新型コロナウイルス感染症緊急経済対策における減収世帯への30万円給付(注3)を変更したものです。減収世帯への30万円給付は給付対象を困窮している世帯に限定した家計への支援対策であるのに対し、そうした限定をしない家計への支援対策が特別定額給付金です。この違いは、選別主義的な政策か普遍主義的な政策かの違いになります。
 現行の児童手当制度では、原則的に扶養親族等の数に応じた所得制限がありますが、所得制限限度額以上の場合にも特例給付として児童1人につき月額5千円が支給されます(注4)。これは、選別主義を基にしながらも普遍主義も併せ持った政策になっています。新型コロナウイルス感染症緊急経済対策としての家計への支援対策は、特別定額給付金の普遍主義的な政策を基にしながらも、感染症発生の影響で真に困窮している世帯に給付対象を限定した追加的給付の選別主義的な政策を抱き合わせることが求められるかもしれません。ただし、減収世帯への30万円給付において減収世帯の線引き基準が大きな問題となったように、選別主義的な政策では明確で合理的な線引き基準を設けることが肝要になります。

(注1)内閣府「「新型コロナウイルス感染症緊急経済対策」の変更について(令和2年4月20日閣議決定)」 23頁より引用。
(注2)総務省「特別定額給付金(新型コロナウイルス感染症緊急経済対策関連) 」 を参照。
(注3)内閣府「「新型コロナウイルス感染症緊急経済対策」について(令和2年4月7日閣議決定)」 23頁を参照。
(注4)内閣府「児童手当制度のご案内」 を参照。この現行制度に加え、新型コロナウイルス感染症緊急経済対策として、児童手当(本則給付)を受給する世帯への臨時特別給付金(児童手当1万円上乗せ)もなされています(注1を参照)。

なお、注記でリンクを貼ったURLの最終アクセスは、すべて2020年5月4日です。

(執筆:横山彰)