日々是総合政策No.139

新型コロナと国の政策(1)

 今回の新型コロナは皆様がこれまで知らなかった、もしくは間違った解釈しかしてこなかった経済現象が明るみにされたような気がします。たとえば、ヨーロッパの社会保障について考えてみましょう。ヨーロッパはこれまで福祉国家と言われ、社会保障が充実した国だと言われてきました。政府が積極的に税金をたくさん徴収して、より多くの公共サービスを提供する大きな政府と言う形が取られてきました。簡単に言えば、経済成長は二の次で社会保障を運営するような国家体制を作ってきたとも言えます。ヨーロッパの人々は「日本人は非常に良く働く人種というイメージが強くなっており、日本人はなぜ、そこまで働くのか」という認識を持っていたような気がします。
 ところがどうでしょう?医療を中心とした社会保障が充実しているヨーロッパのような福祉国家でさえ、新型コロナの感染者は日本より急速なスピードで増加しており、死者も増えています。福祉国家であることをスローガンに掲げながら、なぜ日本よりも新型コロナが急増して、たとえばイタリアのように医療態勢が簡単に崩壊してしまうのでしょうか。
 社会保障制度の充実というのは経済成長に繋がらないという側面を持っています。社会保障制度、たとえば介護や医療のようなサービスは医師や看護師と言った人手をたくさん必要とするような分野です。社会保障制度を充実させたとしても、高速道路や鉄道網を発達させる政策と違って、人口や物流の移動は活発にならないでしょう。経済成長重視の政策を中心に置けば、貴重な労働力を成長に繋がらない社会保障分野に充てることは難しいとも言えます。ヨーロッパのように経済成長しない状態では財源が乏しく、充分な医療サービスの提供が困難になります
 福祉国家と言えども、経済成長に伴う所得増加がなければ、十分な医療機器や医療サービスは提供できないのです。完全雇用に伴う経済成長を目指さなければ、十分な医療体制を整えることは難しいということが今回の新型コロナ騒動で明らかになりました。福祉国家は単に社会保障が充実しているという意味だけで捉えることには問題があります。完全雇用とそれに伴う経済成長がなければ、福祉国家は十分運営出来ないということを理解する必要があります。

(執筆:田代昌孝)

日々是総合政策No.138

新型コロナウイルスに対峙するデジタル社会

 本年4月7日、コロナ緊急経済対策が発表されました。108兆円にも上る大規模な対策ですが、感染拡大防止・医療体制の整備、雇用の維持および事業継続支援、強靭な経済の構築を主な目的として、給付と融資を行うものです。特に喫緊の対象にされているのが、資金繰りに苦悩する中小企業・小規模事業と家計です。   
 しかし、その実施には不安が募ります。まず、給付に関して、遅さだけでなく休業要請への補償問題が深刻さを増しています。給付は、憲法で規定された健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を保障する水準で、スピーディーに実行される必要があります。また、融資は、政府系金融機関(日本政策金融公庫、商工組合中央金庫)に加えて、新たに民間金融機関が担当することになりました。実質無利子、無担保、返済期間5年先延ばしを可とする優遇条件を付けていますが、予算制約の下で、企業が必要とするだけの資金を融資できるとは限りません。                           
 そこで、中央政府、地方自治体、金融機関、企業、NPO・NGOなどの市民団体それに市民自身の協業、共助がクローズアップされることになります。すでに、コミュニティ単位での医療関連協力が行われていますが、資金面においても、たとえば、地域の状況に詳しい地方銀行や信用金庫などの地域金融機関とデジタル社会を象徴するクラウドファンディング運営業者との協業に期待が掛かります。
 インターネットの活用は、中小企業・小規模事業、ベンチャービジネスなどの取引コストを低減、収益を高めます。他方、本来、金融機関が有する情報収集、審査、モニタリング機能が市場を開拓するとともに不正な情報から顧客を守ります。そして、クラウドファンディング市場だけでなく自らの市場を拡大することになります。すなわち、金融機関の情報生産とクラウドファンディングの早いスピードがあいまって、手続きに手間取る政府系金融機関の融資や地域経済活性化支援機構や中小企業基盤整備機構のような官民ファンドを補完することができるのではないでしょうか。

(執筆:岸真清)

日々是総合政策No.137

感染性疾患の医療経済学(上)

 医療の分類方法の一つとして、「非感染性疾患」、「感染性疾患」があげられます。前者は、主に悪性新生物、心臓疾患、脳血管疾患等の生活習慣関連病を指しており、感染の影響が無いとされます。後者は、インフルエンザ、肝炎、結核等を指しており、予防接種や早期治療により発症・感染予防が可能とされます。
一方、新型コロナウイルスは、現在(2020年4月11日)では予防や治療方法が確立されていないため、人への感染から地域や国、あるいは他国へも感染が拡大しています。今回は、感染性疾患の問題を取り上げて整理します。
 論点を分かりやすくするために、A、Bの2人の個人(労働者)を例に考えます。Aの所得をIa、BのそれをIbとして、IaとIbは労働時間により変動すると仮定します。以下では、(1)感染拡大の回避が可能なケース(インフルエンザ)、(2)感染拡大の回避が困難なケース(新型コロナウイルス)に分けて考えます。
 (1)について、Aが予防接種を受けずに罹患した場合、Iaの低下につながりますが、Bがこれを受けて感染しなかった際には、Ibは(少なくとも短期的には)不変です。両者が予防接種を受けずに罹患・重症化した場合には、IaとIbの減少により社会全体の所得が低下することにもなりえます。両者の健康と稼得機会を維持する上で、予防接種や早期治療等の予防医療が重要になります(注1)。
 (2)のケースでは、現在はこうした対応が不可能とされ、Aが感染した際のBの予防方法が限られ、IaとIbの減少につながる可能性が高くなります。こうした状態が長期化した場合には、消費の減少に伴う経済全体の停滞が懸念されます。
 感染拡大の主な予防策として、①手洗い・うがいの励行、②外出の自粛、③密閉空間・密集場所・密接場面の回避があげられますが、②と③が長期化した場合にも経済に悪影響が及びます。日本を含め、多くの国がこうした状態になりつつある(あるいは、そのようになっている)とも言われます。
 次回は、いくつかの対策(提案)の中でも、遠隔診療を中心に検討します。

(注1)これは一般に「外部経済」として議論されます。厳密には、予防接種等の費用と副作用、他者(他集団)への感染抑制効果を考慮する必要があります。

(執筆:安部雅仁)

日々是総合政策No.136

何も学ばない日本

 2月2日、中国浙江省温州市は、道路を封鎖し、住民の移動も制限し、外出は2日に1回、家族で1人だけが生活必需品の購入のために外出できるとした。この段階で新型コロナウィルス感染者は265人だった。4月10日段階で、温州市の累計感染者数は504人、うち503人が治癒し、死亡者は1名、現在の感染者数はゼロである(感染者のデータは、「丁香園・丁香医生」サイト、https://ncov.dxy.cn/ncovh5/view/pneumonia、に基づく)。
 ちなみに、温州市は、総面積が1万2,110平方キロメートル、人口は930万人である(温州市人民政府ウェブサイト情報)。面積は新潟県に、人口は神奈川県にほぼ等しい。2月14日、日本の外務省は温州市を渡航中止勧告地区とし、今も渡航中止勧告対象である。
 1月下旬、中国東北部の吉林省長春市は、道路を封鎖し、1月末から住民の移動を制限した。移動制限は温州市とほぼ同様で、車での移動は禁止、住居の出入りは厳重にチェックされ、身分証明書(居留証)を持参しないと外出できない。知人の先生は、この制限のために、ほぼ2か月間、外出しなかった。制限緩和後も、マスク持参は当たり前、できるだけ外出は自粛とのこと。
 4月10日段階で、長春市の累計感染者数は46人、うち45人が治癒し、死亡者はゼロ、現在の感染者数は1人である。ちなみに、長春市は、総面積が2万594平方キロメートル、戸籍総人口は751万人である(長春市人民政府ウェブサイト情報)。面積は岩手県の1.3倍強、人口は愛知県にほぼ等しい。
 4月7日、日本政府は緊急事態宣言を発令し、7都府県をその対象とし、不要不急の外出自粛を要請した。しかし、外出制限はなく、一部を除き、都会の通勤客が3密(密閉・密集・密接)電車で通勤する姿はあまり変わらず、公園では学校が休みで行き場のない親子が多数集まっている。そして感染者数は毎日増加し、終息の見通しが全く立たない中で国民は日々過ごしている。
 いまはどういう状況か。疎開、感染者・死亡者の増大、自宅に閉じこもるシェルター生活。そう、今はコロナとの戦争状態であり、IMF(国際通貨基金)の経済学者は正しく、戦争状態と位置づけ、戦時対策と戦後政策を提言している(https://www.imf.org/ja/News/Articles/2020/04/01/blog040120-economic-policies-for-the-covid-19-war)。1月中旬から武漢出身の学生との交信を皮切りに、感染症を追ってきた私からすると、日本は、中国から、世界から、大事な経済政策を何も学んでいない。(以上は私見です)

(執筆:谷口洋志)

日々是総合政策No.135

新型コロナウイルス感染症拡大に関する情報について 

 諸外国とともに日本でも、新型コロナウイルス感染症拡大の影響が深刻になっています。若い人々も、テレビ・ラジオ・新聞などのマスメディア、インターネット・スマートフォンなどを通したWebメディアやソーシャルメディアで、色々な情報を目にしているかと思います。そうした情報について、信頼性の高い情報をどのように得るのでしょうか。
 私は定期購読している全国紙やNHK・民放などのニュース報道を見ますが、私の主要な情報源は種々のWebサイトです。とりわけ、各種メディアにおいて言及されるデータを含めた科学的知見や政策対応に関する一次資料を掲載している、日本政府(特に首相官邸・内閣官房・厚生労働省)・地方公共団体(特に東京都・大阪府と地元の埼玉県)・国立感染症研究所・日本医師会やWHO(World Health Organization: 世界保健機関)などのWebサイトで情報を得ています。これらの中で、ポータルサイトとして役立てているのがNHK「特設サイト 新型コロナウイルス」、内閣官房「新型コロナウイルス感染症の対応について」、厚生労働省「新型コロナウイルス感染症について」です。
 多文化共生の視点からしますと、内閣官房のWebサイトは、首相官邸の英語・中国語のパンフレットにリンクが貼られていますが、必ずしも十分とはいえません。この点では、新型コロナウイルスに関する、厚生労働省の英語版・中国語版、東京都の英語・中国語・韓国語・やさしいにほんご版や一般財団法人自治体国際化協会のWebサイトが、日本語を母語としない日本在住の人々に役立つかもしれません。
 上記のWebサイトに加え、私が必ず目を通すのは京都大学山中伸弥教授個人のWebサイト「山中伸弥による新型コロナウイルス情報発信」です。特に、同サイトに掲載されている「証拠(エビデンス)の強さによる情報分類」、「5つの提言」とその後の「新着情報」は必見だと思います。
 こうしたWebサイト情報を基に、新型コロナウイルス感染症拡大に関する私なりの現状把握と考察を行い、一個人としての行動選択をしています。このエッセイ執筆も、そうした行動選択の一つです。

(注)本エッセイで言及したWebサイトは、以下の通りです(2020年4月6日最終アクセス)。
一般財団法人自治体国際化協会「新型(しんがた)コロナウイルスについて<やさしいにほんご>/About the New Coronavirus<English>」
大阪府「新型コロナウイルス感染症関連情報について
厚生労働省「新型コロナウイルス感染症対策専門家会議の見解等(新型コロナウイルス感染症)
厚生労働省「新型コロナウイルス感染症について
厚生労働省「新型コロナウイルス感染症への対応について(高齢者の皆さまへ)
厚生労働省, “About Coronavirus Disease 2019 (COVID-19)
厚生労働省「有关新型冠状病毒感染症
国立感染症研究所「コロナウイルスに関する解説及び中国湖北省武漢市等で報告されている新型コロナウイルスに関連する情報
国立感染症研究所「新型コロナウイルス感染症(COVID-19) 関連情報ページ
埼玉県「感染確認状況や関連情報
首相官邸「新型コロナウイルス感染症に備えて~一人ひとりができる対策を知っておこう~
東京都「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に関する情報
内閣官房「新型コロナウイルス感染症の対応について
日本医師会「新型コロナウイルス感染症
山中伸弥「山中伸弥による新型コロナウイルス情報発信
NHK「特設サイト 新型コロナウイルス
WHO, “Coronavirus disease (COVID-19) Pandemic
WHO「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)WHO公式情報特設ページ

(執筆:横山彰)

日々是総合政策No.134

通勤から見る東京一極集中の変化

 新型コロナウィルスが国内外で猛威を振るっています。一部企業は通勤等による感染拡大を防ぐため、テレワークを始めています。首都圏鉄道各社の利用者は学校の臨時休校や訪日観光客の減少も含めると、3月上旬で1~2割程度低下したそうです(『日本経済新聞』(2020年3月10日))。
 元来、首都圏の通勤実態はどのようになっているのでしょうか。2015年『国勢調査』(総務省)によると、東京都での従業者は約800.6万人です。このうち、埼玉県から約83.5万人、千葉県から約65.5万人、神奈川県から約94.2万人が東京都へ通勤しています。3県からの通勤者合計(約243.2万人)は東京都での従業者のうち約3割を占めます。2010年では3県からの通勤者が約243.8万人であり、15年までの増減率は-0.3%にとどまりました。
 ところが、2015年までの5年間では、これら3県で異なる通勤の傾向がみられます。埼玉県からの通勤者は約6,000人、千葉県からの通勤者は約2万人減少しています。その一方で、神奈川県からの通勤者は約2万人増加しました。神奈川県の市町村別に東京都への通勤動向を見ると、川崎市からの通勤者が2.2万人ほど増加(増加率:約9%)していたのです。この背景には、鉄道による都心へのアクセス向上や再開発事業による住宅供給の増加などがあると考えられます。
さらに、首都圏の通勤動向として興味深い点は、東京都から埼玉県・千葉県・神奈川県への通勤者が増加していることです。東京都から3県への通勤者は2015年で39.7万人であり、5年間で1.8万人ほど増加していました。東京都からの通勤者は3県いずれも増加傾向にあるなか、神奈川県への通勤者は2015年に20.6万人にのぼり、10年から1.1万人増加しています。
 1都3県は依然として多くの通勤者に支えられながら首都圏を形成しており、そのなかでも東京都と神奈川県は通勤圏として一体性を増しています。1都3県が新型コロナウィルスの対策で緊密に協力することは必然といえるでしょう。今後、平時においても都や各県、各市区町村間で連携を深めることは、わが国の経済社会の持続可能性を高めるうえで不可避と思われます。

(執筆:宮下量久)

日々是総合政策No.133

民主主義のソーシャルデザイン:危機時のリーダーシップ

 東日本大震災から9年が経過した。今年も「3.11」を迎える5日前に、東京電力福島原子力発電所事故を題材とした映画「Fukushima 50」が公開された。門田隆将氏のノンフィクション書籍『死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発』(PHP研究所刊、文庫本は角川文庫)ノンフィクション書籍を原作とし、映画化された作品である。鑑賞中、私は3度、涙が溢れてきた。多くのことを考えさせ、胸の中に込み上げてくる映画であった。
 物語にはもちろん「総理大臣」も登場する。このモデルは、当時の菅直人首相であることは疑いようのない事実だ。そして、菅首相が3月12日の早朝に福島第一原発を視察したことも、3月15日の早朝に東京電力本店を訪れたことも歴史に記録される事実である。
 現代政治史において、これまでも何人かのリーダーが国家的な緊急事態に直面してきた。阪神・淡路大震災の発生時、当時の村山富市首相は、小里貞利氏を震災対策担当大臣に任命し、現場での指揮・判断を任せたと言われている。菅元首相は自ら福島原発に出掛けた。危機状況において、国のリーダーはどのように行動すべきなのであろうか。これは、現在の新型コロナウイルス感染症の拡大に対応する安倍晋三首相も、「歴史の法廷」で評価されることになる。
 米国のドナルド・トランプ大統領は、新型コロナウイルス感染症に対峙する自身を「戦時の大統領」と呼んだ。米国内の各州では「非常事態宣言」が出され、カリフォルニア州では「外出禁止令」が出された。欧州では、イタリア、スペイン、フランス、ドイツで「オーバーシュート(爆発的患者急増)」が起きている状態であり、外出や移動の禁止、生活必需品以外の店舗を閉鎖するなどの「ロックダウン」の措置が採られ始めている。
 日本国内を見てみると、3月19日に北海道知事は緊急事態宣言を終了させた。一方、大阪府知事は、3月20日からの3連休において、大阪府と兵庫県との往来の自粛を呼びかけた。都市部での感染拡大を抑制することができるのか、もしくはオーバーシュートが起きるのか、予断が許さない状況が続いている。まさに、首相のリーダーシップが問われている。
 危機時にどれだけの権限をリーダーに移譲するのか、これも民主主義の大きな論点である。

(執筆:矢尾板俊平)

日々是総合政策No.132

忖度-棚田百選-

 貿易自由化を目指すガット・ウルグアイ・ラウンドの最終合意の後、農林水産省では強く影響を受ける生産性の低い山間地などの農業対策に苦慮していた。山間地の農地整備を担当課長だった私も何とか山間地を活性化したいのだが、整備コストは高く、高率の助成には財務省の了解が得られない。お金を使わずに出来ることはないか。棚田百選を思いついた。これなら選定委員会の委員謝金と若干の事務費で済む。
 早速、親しくして頂いていた中川大臣の了解を取ることにした。予算がほとんど掛からないのだから反対もないのだが、「ところで十勝に該当地区はあるの?」と問われた。「十勝には以前水田がありましたが今は畑と牧草地だけです。」と答えると、「北海道にはあるの?」と返された。中川大臣は北海道の十勝地方を選挙区としている。「調べてみます。」と言って、その場を凌いだ。道庁に連絡すると“棚田”の写真が送られてきた。旭川の山間地の水田だが、どう見ても本州などの平場の立派な整備された水田である。これではダメと言うと、幕府にコメの収穫はないと報告していた“無石”の松前藩の“隠し田”があるかも知れないという。それそれ!早速現地に行ってもらったら、「耕作放棄されていました」と回答があった。
 大臣に事情を説明し了解を得て、各都道府県に棚田百選候補を推薦するように依頼した。委員会で管理体制などの選定基準を決め選定し、プレスクラブに発表した。各紙が取り上げて予想以上の反響となり、電話の問い合わせは1週間で400本を超えた。特に多かったのは小学校の先生だった。
 政務次官(現在の副大臣)から各地区の代表者に認定状を渡す日を決め、その日の夕刻に祝賀会を開催することにした。でも、そんな予算もない。ホテルなどで会費制も私の部下に会費を払わせるには心苦しい。そこで、役所の会議室を宴会場に各選定地区から地元の名産品を持ち込んで貰った。国家公務員倫理法が気にはなったが、大成功だった。日本各地にこんなに美味いものがある。山間地も捨てたものではない。大臣も駆けつけ宴会は大いに盛りあがった。美酒に酔いながら、発想から3ヶ月の日々を思い返した。大臣への忖度もできなかったけれど、今でも棚田百選は各地で息づいている。

(執筆:元杉昭男)

日々是総合政策No.131

世界にはびこる不正義を許せるか(3):「加害者にやさしい国 日本」

 2018年1月に前橋市で交通事故があり、当時85歳の男が運転する乗用車によって女子高校生2人が死傷した。その判決が2020年3月6日、前橋地裁であった。結果は無罪であった。事件の概要と無罪判決の論理はこうである(以下の内容は、上毛新聞社「女子高生死傷事故 87歳被告に無罪判決 前橋地裁 静まり返る傍聴席 遺族『頭、真っ白に』」2020年3月6日6:06配信、https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200306-00010000-jomo-l10、ニュース基づく)。
 ①男は排尿障害の薬を服用→②乗用車を運転→③急激な血圧変動で意識障害→④車は対向車線の路側帯へ→⑤路側帯を自転車で走っていた高校生2人がはねられる→⑥1人は死亡、1人は脳挫傷などで大けが
 男には、低血圧やめまいの症状があった。検察側によると、③の可能性があるので、医師は運転しないように注意していた。しかし、裁判長は、慢性的な低血圧が意識障害になった事実はない、①が③の副作用をもたらすという説明を受けた証拠はない、意識障害の発生は予見できなかった、という理由で無罪判決を行った。しかも、「事故は事実だが、男の責任ではない」とした。要するに、薬が予見できない行為を引き起こしたので男には責任がない、というわけだ。
 この判決のように、罪のない人を殺傷し、その人たちの幸せと将来の可能性を抹殺した人間に対して、ほとんど罪が問われないケースが日本では少なくない。実際、麻薬等を服用して刃物を使って無差別殺人をおかしても、責任能力がないとして無罪もしくは極めて軽い罪を言い渡すだけの判決が多い。
 高校時代に私は正義の味方になりたいと思って法学部受験を考えていた。しかし、私の考えは間違っていたようだ。日本の法律は、正義のためにあるのではなく、加害者の権利を守るためにあるかのようだ。すでに声を出して反論できなくなった犠牲者や被害者の権利には何の配慮もない。日本に正義の味方はいないのか、少なくとも裁判長は正義の味方ではなく、加害者の味方のようだ。

(執筆 谷口洋志)

日々是総合政策No.130

再分配政策(2):政府の再分配政策と個人の私的動機づけ

 前回(No. 121)は、最悪の事態に対する備えとしての社会保障制度を、再分配政策に対する立憲的な政策需要の観点から考えました。立憲後段階(社会の基本構造や基本ルールの設定後の段階)で、政府の再分配政策を求める個人の私的動機づけもあります。
 政府の再分配政策を考える前に、チャリティーや贈与や援助のような私的な再分配行動をとる個人を分類してみましょう。(1)貧しい他者の所得や効用(満足・福祉)が高くなると自分の効用が高くなる個人、(2)貧しい他者の特定の財・サービス(医療・教育・食料など)の消費水準が高くなると自分の効用が高くなる個人、(3)貧しい他者に自分が手を差し伸べ贈与を与えたという慈善行為そのものから効用を得る個人、(4)貧しい他者に手を差し伸べ贈与を与えた慈善家(良い人)という評判を得ることから効用を得る個人、が考えられます。
 以上の4類型のいずれの個人も、自発的に貧しい他者に所得移転や特定財・サービス移転を行う私的動機を持っています。しかし、類型(3)(4)の個人が行う贈与は私的財の性質を持つのに対し、類型(1)(2)の個人が行う贈与は公共財の性質を持ちます。つまり、類型(1)(2)のような個人にとっては、自分以外の誰かが貧しい他者に手を差し伸べて所得移転や特定財・サービス移転をするならば、自らがそうした移転をしなくとも自分の効用を高めることができますので、フリーライダーが可能になります。言い換えれば、類型(1)(2)のような個人と同じような人々にとっては、貧者である個人の所得や特定の財・サービスの消費水準は、公共財となります。
 したがって、こうした貧者に対する公共財としての再分配を供給する政府の再分配政策を求める個人の私的動機づけとしては、類型(1)(2)のような個人と同じような選好をもつことが考えられのです。ただし、類型(1)の場合には貧者への現金移転が効率的な移転形態ですが、類型(2)の場合には貧者への特定の財・サービスに対する価格補助金が効率的な移転形態になります。

(注)本エッセイは、横山彰(2018)「再分配政策の基礎の再考察」『格差と経済政策』(飯島大邦編、23-45頁、中央大学出版部)の一部を分かりやすく書き直したものである。

(執筆:横山彰)