日々是総合政策No.264

再考:純資産税 (2)-課税資産

 今回は純資産税の課税資産をとりあげます。純資産税は、潜在的には金融資産や不動産をはじめ、車・宝石など幅広い資産に課税することが可能です。この点、不動産だけに課税する固定資産税と異なっています。富裕者の資産課税を目指すなら、非課税資産や課税優遇資産(低率で課税される資産)を少なくし、課税資産を包括的に設定するのが望ましいでしょう。非課税資産などがあると、富裕者の税負担回避(課税資産の一部を非課税資産に移すこと)を誘発するからです。一般に、豊富な資産を持つ富裕者ほど、柔軟な資産選択が可能になります。
 注1によると、2017年時点での純資産税採用国(フランス・ノルウェー・スイス・スペイン) 7カ国と、かつての採用国7カ国(ドイツ・フィンランド・スウェーデン等)のうち、オーストリア以外の10カ国が、多くの非課税資産・課税優遇資産を設定しています(注1,p.84,表4.3より)。たとえば、林や森、住宅・年金・芸術作品・家具・農地・非公開企業の株式等々が、非課税或いは優遇課税の扱いを受けています。  
 純資産税の課税には、資産の市場価値を測定しなければなりません。しかし、相続で得た絵画等の価値は売却するまで確定しません。年金については、退職後の生活保障という社会政策的な配慮が非課税などの主な理由でしょう。住宅に対する課税優遇の一つの理由は、住宅の保有が中間層にも多いからです。さらに、農地・非公開企業(株式を一般に公開しない企業)の株式非課税は、個人による事業活動の支援が主な狙いです。
 たとえば、スウェーデンは、富裕者が多く所有する非公開企業の株式を非課税にして、他方、住宅の課税価値を厳しくその市場価値の75%としたため、純資産税が逆進的負担(資産額に占める税負担の割合が、資産額の多い富裕者ほど低くなること)となり、純資産税に対する国民の批判を招きました(注2より)。


1.OECD [2018],The Role and Design of Net Wealth Taxes in the OECD.
2.Waldenström,D [2018],Inheritance and Wealth Taxation in Sweden”, ifo DICE Report,Vol.16,pp.8-12.

(執筆:馬場義久)

日々是総合政策No.263

再考:純資産税 (1)

 今回から純資産税(Net Wealth Tax)をとりあげます。この税は、個人や家計の純資産、すなわち、金融資産(預金や株式)や不動産(住宅や土地)等の資産合計から、負債(住宅ローン等)を差し引いた金額に課税します。純資産税は、資産が生み出した収益(利子や配当)に課税する資産所得税と異なり、資産価値そのものに課税します。なお、純資産税は富裕者への課税強化を目指すことが多いので、富裕税とも呼ばれます。
 最近、同税に対する期待が高まっています。たとえば、先の米国大統領選挙では、民主党の候補者の一人であったSander氏が、8%の純資産税導入を唱えました(注1,p.209より)。
 純資産税に対する期待の背景には、富裕者への著しい資産集中があります。下の表は純資産を所有している家計を、純資産額の多い順に並べ、その上位1%又は10%に属する家計が、国全体の純資産の何%を所有しているかを示します。OECDの27カ国を調査したものです。なかでも米国は、その上位1%の家計が米国の全資産の41%を保有しています。米国の二つの値は27カ国中のトップです。なお、米国は純資産税の経験がありません。ちなみに、日本の値はともに26位です。

表 富裕家計の資産シェア(%)
日米は2019年、ノルウェーは2018年、英独仏は2017年の値。
(出所)注2より作成。

 他方で、欧州では1990年には12カ国が純資産税を採用していましたが、現在(2018年以降)は、ノルウェーとスイス、スペインだけです。つまり、ドイツ、スウェーデン、オランダ、フランス、など計9カ国が純資産税を廃止したわけです(注1,p.213,表1より)。
 資産分布の格差是正を図る上で、純資産税は税制の中で最も適切な手段なのか?-この問を念頭において、次回から純資産税の特徴と実態の一端を紹介します。


1.Scheuer,F,andJ.Slemlod[2021],”Taxing Our Wealth” Journal of Economic Perspectives,Vol.35,pp.207–230.
2.OECD URL
https://stats.oecd.org/Index.aspx?DatasetCode=IDD
(最終アクセス 2022年5月23日)

(執筆:馬場義久)

日々是総合政策No.262

男と女はなおつらい

 元部下の女性の結婚式に招待された。コロナ禍といい、ウクライナ情勢といい、世界史的な事件が続く時代に、この若いカップルはどんな生活を送り、どんな生き方をするのだろうか。披露宴の最中、何故か、役所勤めを始めた頃にテレビで流行っていた“必殺シリーズ”の小林旭が歌う主題歌「夢ん中」をふと思い出した。「男もつらいし、女もつらい、男と女はなおつらい」。素直に読めば心情的によく分かる歌詞だが、分析的に考えると何か変だ。
 人にとって辛いことと幸せな(楽しい)ことがあって、マイナスとプラスで表すとしよう。仮に「男も辛い」を(-2)、同様に女も(-2)としよう。「男と女」が足し算で得られるとすれば、(-2)+(-2)=-4となる。そうか、マイナスを単に持ち寄れば一人の辛さよりももっと辛くなる。例えば、同じ屋根の下で、男が会社でパワハラを受け、女は姑からいびられていて、愚痴を言い合い夫婦けんかに発展する。でも、そうなら「男と女」を解消して男だけ女だけにすれば(-2)のままでより良いのではないか。
 これを掛け算に置換えると、(-2)×(-2)=+4となって、大きな幸せに発展する。マイナス×マイナス=プラスの証明を数学の授業で習ったが、どうもしっくり来ない。先の例なら、お互いに慰め合ったり励まし合ったりするとプラスになることか。もっとも、結婚などの同じテーマで、男が何らかの理由で女と結婚できず、女も同様にできないとすると、男と女は昔なら心中か駆け落ちしないとプラスにならない。今の時代なら何とでもなるようにも思える。
 ところで、彼女の出身地である千葉県成田市にある新勝寺に初詣に行くと、沢山の老若男女が辛い事や願い事を持って手を合わせている。そんな人々の背中を思い出しながら、人々のマイナスを積み重ねると、足し算しても膨大だし、掛け算でもプラスになったりマイナスになったり不安定だ。人々の心の揺らぎがどのように社会全体に反映されるのだろうか。国などの政策はそこまで背負いきれるだろうか。
 そうこう思い浮かべていると披露宴も終わりに近づいた。「それでいいのさ それでいいんだよ 逢うも別れも 夢ん中」 阿久悠の歌詞は夢の中で終わる。

(執筆:元杉昭男)

日々是総合政策No.261

家事労働を考える(6)-家事労賃控除について(続)

 今回は、スウェーデンの家事労賃控除(以下、RUTと略称)の実態を紹介し、日本への適用方法を考えます。RUTは、家事サービスを業者から購入すれば、その価格の労賃部分の50%を、税額控除というかたちで補助するものです(本コラムNo.259参照)。
 まず、全家計(100%)を可処分所得(税引き所得+社会保障給付)により、10のグループに区分します。第10分位は、全家計を可処分所得の多い順に並べたとき、上位10%に属する家計です。これに次ぐ10%の家計を第9分位と呼びます。
 注1(p.25)によると2017年には、第9分位と第10分位の家計が、RUTの税額控除総額の55%を得ています。税額控除を得るとはいえ、価格の50%以上は自己負担です。家事サービスは正常財(所得の増加にともない需要が増加する財)なので、可処分所得の多い家計ほどRUTを多く利用するのでしょう。
 次に、税額控除総額の57%が、子供(17歳以下)のいない家計に支給されています(注1,p.27)。この点につき、筆者は、家事時間の長い、子供のいる家計を中心に税額控除を配分する方が良いと考えます。
 以上の結果が生じるのは、家計単位でなく個人単位で税額控除を与え、かつ、18歳以上のすべての人にRUT利用を認めるからです。「全個人型」政策です。これは、高負担国家なればこそ実施できる政策でしょう。
 日本の財政事情や所得税負担の現状を考慮すると、家事サービス支援については、「全個人型」より適用者限定型が望ましい。たとえば、子育て期の家計に限定して、家事代行サービスのクーポン券を与える方式が考えられます。なお、注2(68頁)は「会社による、子育て期の家事サービス利用支援」の発展に期待を寄せています。ともかく、適用者限定型の具体的なデザインの検討が求められます。

(注1) Regeringens skrivelse (2019) Riksrevisionens rapport om
Rutavdraget, SKr. 2019/20:177,Bilaga 1.
(注2) 武田 佳奈(2017)「家事支援サービスの現状」日本労働研究雑誌,No.689,
62-68頁。

(執筆:馬場義久)

日々是総合政策No.260

自然災害とその復興課題について(5)

 災害復興の人手不足を解消するという意味では、技術職員を様々な委託で補充することも考えられます。水道事業は広域連携を通じて危機管理や防災を行ったとしても、技術者が足りないケースもあります。特に、過疎地域では熟練技術者が不足していることから、破損した管路の復旧が遅れるケースも目立ちます。今後は熟練の技術をいかに継承するかが、水道事業の災害対策における課題とも言えます。
 令和元年度の『水道統計』に基づくと、全国1421の水道事業体全体で第三者委託、あるいはそれ以外の委託等を通じて、技術者の増員を図っている水道事業体は207団体、14.57%程度です。第三者委託が充分に普及していないのが現状であり、被災時における早期復旧のためにも公的部門から民間部門への熟練技術の継承を行うことが必要です。
 水道事業の民営化、あるいは業務の民間委託は企業が採算を重視する以上、過疎地域の切り捨てに繋がることが懸念されてきました。人口減少社会に直面する経営は公的部門、民間部門に関係なく、同じ課題を抱えています。したがって、民間委託は単なる経営の効率化や競争原理に基づく成長促進戦略だけでなく、災害復興のための人手不足を解消するための手段として見直されるべきです。
 広域化や民間委託を伴う災害のリスクプールも重要ですが、最終的には被災団体への補償やそれに伴う財源確保も政府は考える必要があります。偶発的、あるいは人為的に関係なく、災害に伴う公的支援としての補助金給付は公共施設の原形復旧が原則であるものの、形状、寸法、材質を変えて従前機能の復旧を図ることや効用の増大も図ることも可能となっています(注1)。再度の災害に耐え得るインフラ整備の実現が可能となりますが、どの程度まで機能の復旧や効用増大を認めるかは難しい判断と言えるでしょう。
 コロナ禍で財政が厳しい状況を踏まえても、国家の補助金給付は慎重にならざるを得ません。過疎地の道路建設を中心としたバブル期の過剰投資が問題となる一方で、各自治体は様々な公共施設を建設改良するための基金も積み立てなければならないのです。

(注1)国土交通省「災害査定の基本原則─災害復旧制度・注意点と最近の話題─」3頁、
https://www.zenkokubousai.or.jp/download/reiwa_nittei07.pdf(最終アクセス2022年3月30日)を参照した。

(執筆:田代昌孝)

日々是総合政策No.259

家事労働を考える(5)-家事労賃控除について

 今回は、スウェーデンの家事労賃控除(以下、RUTと略称)を紹介します。RUTは、政府が指定した家事サービス、たとえば、清掃サービスを市場から購入すれば、その価格の労賃部分の50%を、購入者に税額控除(所得税の還付)というかたちで補助するものです。
 家事サービスの価格が5千円で、そのうち労賃が4千円の場合、税額控除額は2千円となります。家での清掃を業者に依頼すれば、所得税を2千円減らせるわけです。つまり、家事サービスのアウトソーシング(外部者への発注)促進策です。
 RUTの特徴は、市場からの家事サービス購入を促進し、家事労働を直接減らす点にあります。スウェーデンをはじめ多くの国で、女性の方が家事を長く行っていますから、RUTは女性による家事の削減を通じて、その市場労働の増大を期待できます。
 本コラムNo.254で述べた家事労働の男女分担策では、家計の家事労働時間を一定にして、男性の市場労働の減少-男性の家事の増加-女性の家事の減少-女性の市場労働の増加-を狙った方策でした。RUTの方が直接的ですね。
 政府が指定している家事サービスは、清掃・雪下ろし・洗濯・庭木の手入れ・子供のケア(宿題・学校への送り迎え補助)・子供以外のケア(銀行や病院等への付き添い)などです(注,45-46頁より)。
 RUTを利用できるのは、18歳以上で稼得所得のある個人です。稼得所得は労働所得(自営業者の所得も含む)だけでなく、年金など課税される社会保障給付を含みます(注,46頁より)。
 2017年には、RUTの利用者数は20歳以上人口の11%、女性の購入者が全体の61%、サービスのなかでは、清掃が、サービス全体の総利用時間数の79%を占めています(注,62頁,66頁,72頁より)。

(注)Statens Offentliga Utredningar,SOU [2020:5] Fler ruttjänster och höjt tak för rutavdraget.

(執筆:馬場義久)

日々是総合政策No.258

自然災害とその復興課題について(4)

 日本の災害復旧で重要な役割を担うのは地方自治体です。各地方自治体は独自の「地域防災計画」を作成しながら、自助・共助・公助に基づく防災や危機管理を試みています。新型コロナの感染拡大に伴い、国も様々な支援を施した結果、財政は非常に厳しい状況です。各地方自治体は独自の防災や危機管理による自助、さらには、発災時における機動力確保のための連携協定の締結による共助を中心に災害対策を行います。そのうえで、被災時には公的支援による公助により早期の災害復旧を試みることになります。
 水道事業でも日本水道協会の指導に基づき、様々な地域で幾つかの水道事業体が合同で防災訓練の実施を行うケースがあります。これまでの広域化と言えば、規模の経済や範囲の経済が具体的な例として挙げられるように、歳出の効率化を目指すための手段として考えられてきました。
 しかし、より最近では偶発的な災害に備えたリスクプールとして、広域化が注目されるようになっています。今後は各事業体、あるいは自治体間でのインフラの整備状況に関する情報共有が重要です。さらに、老朽化した施設の更新投資は減価償却費を増加させ、水道財政を圧迫します。老朽化した施設の把握、たとえば水道管路等の布設状況を各水道事業体は正確に把握しなければなりません。インフラの更新投資が滞る過疎地域を中心に、全国レベルでの様々な公共施設の管理や運営が喫緊の課題と言えるでしょう。
 都市部ではテロ対策等も含めて、新たな危機管理が求められるようになってきています。住宅密集地では大規模災害が予測されるだけに、各事業体や自治体は協調を通じて危機管理を行うと同時に、防災に必要な住民への注意喚起や呼びかけが重要となっております。
 水サービス供給の危機管理や防災を広域的に実施するために、各事業体は様々な協定を締結します。各事業体は県内や県外の他事業体だけでなく、応急復旧業者や外郭団体・OBとも協定を締結しているものもあります。しかし、日本水道協会編『水道統計(令和元年度)』に基づけば、全国1412水道事業体のうち293団体、約20.75%は協定を締結出来ていないままとなっています。発災時における人手不足を解消するためにも、円滑な協定の締結が今後の課題となるでしょう。

(執筆:田代昌孝)

日々是総合政策No.257

ウクライナ問題(3)

 国連総会決議案の賛否状況をまとめた下記の表より、賛成国と反対国の特徴を見てみよう。
(1) NATO(北大西洋条約機構)加盟30か国、EU(欧州連合)加盟27か国、G7(主要7か国)はすべて賛成した。EU加盟国のうち、21か国はNATOに、G7のうち日本を除く6か国はNATOに、日米加を除く4か国はEUにそれぞれ加盟している。これらの純計37か国は、96の共同提案国の一員として総会では賛成投票した。
(2) SCO(上海協力機構)、RIC(ロシア・インド・中国)、EAEU(ユーラシア経済連合)の加盟国・構成国の中では、賛成率はゼロであった。
 以下、補足説明する。
・NATO(北大西洋条約機構)の目的は、「政治的および軍事的手段を通して加盟国の自由と安全保障を保証すること」である(注)。2022年2月24日に始まったロシアによるウクライナ侵略の理由の一つとして、NATOの東方拡大阻止、ウクライナのNATO加盟阻止があった。NATOによると、「本条約の諸原則を追求し、北大西洋地域での安全保障に寄与しうる立場にある欧州の国家であればどの国にも」加盟への道が開かれている。
・SCO(上海条約機構)は、ロシア、中国、カザフスタン、キルギス、ウズベキスタン、タジキスタン、インド、パキスタンが加盟する協力機構として2003年から活動を始め、政治・経済・貿易・エネルギー・環境保護・文化・教育等での協力、地域の平和・安全保障・安定、非欧米型の新国際政治経済秩序の推進を目指している。最近も防衛大臣会合(3月8日)、環境保護大臣会合向け専門家会合(3月14日)のほか、ツーリズム協力協定(3月8日)や「長期的な良き隣人・友好・協力に関するSCO条約」(3月14日)に向けた会合を開催し、ロシアとの結束を誇示した。
・EAEU(ユーラシア経済連合)には、ロシア、アルメニア、カザフスタン、キルギス、ベラルーシが加盟している。これらの国にはすべてロシア軍が駐留し、NATOとは距離を置いている。近年、インドとの間で自由貿易協定(FTA)の話が進行中である。

(注)https://www.nato.int/nato-welcome/index.html
・URLへのアクセスはすべて2022年3月20日

(執筆:谷口洋志)

日々是総合政策No.256

ウクライナ問題(2)

 2022年2月25日の国連安全保障理事会において、「ロシアによるウクライナ攻撃の即時停止とロシア全軍の撤退」を求める決議案が、ロシアの拒否権発動により採択されなかった。
 理事会構成国15か国のうち、11か国が賛成し、中国、インド、UAE(アラブ首長国連邦)は棄権した。2014年3月の安保理決議案と同じく、常任理事国のロシアの反対が安保理否決を決定した。
 再び安保理では否決されたものの、2022年3月2日の国連総会では、96か国共同提案の「ロシアによるウクライナへの攻撃停止」を求める決議案が採択された。ただし、法的拘束力はない。この決議案は、「ウクライナの主権、独立と領土保全」を再確認するもので、「国際的に承認された境界内でのウクライナの領土から」ロシアが「その軍事力すべてを即時、完全、無条件に撤退する」ことを求める。
 193加盟国のうち141か国が賛成。反対は、ベラルーシ、北朝鮮、エリトリア、ロシア、シリアの5か国。中国、インド、ベトナム、モンゴル、パキスタン、南アフリカ、南スーダン(これらの国は前回も棄権)など35か国が棄権し、アゼルバイジャン、トルクメニスタン、ウズベキスタン、ベネズエラなど12か国が無投票だった。
 安保理で棄権したUAEは賛成に回った。2014年3月の採決で反対した11か国のうち、6か国が棄権し、1か国(ベネズエラ)が無投票だった。2014年に棄権したエリトリアは、2022年には反対に回った(注)。
 ここで注意すべきは、以下の点である。
アフリカの小国エリトリアはなぜ反対したのか(前回は棄権)
中国、インド、ベトナム、モンゴル、パキスタン、南アフリカ、南スーダンなどの国々が毎回棄権し、ロシア非難に賛成しないのはなぜか
特に、インドが2014年の国連総会、2022年の国連安保理(インドは非常任理事国)と国連総会と立て続けに棄権したのはなぜか
反対・棄権・無投票を選択した国々に共通点はあるか
反対・棄権・無投票は、意識的または意図的に賛成しなかったことを意味する。特に、棄権は「中立」を意味するよりも、実質的な反対を意味すると考えてよいか
 これらの問題に全部答えることは私の能力を超えているが、若干について考えてみたい。

(注)決議内容と投票結果は、以下の国連ニュースに基づく。
https://news.un.org/en/story/2022/02/1112802(安保理決議内容)
https://digitallibrary.un.org/record/3959039(国連総会投票結果)
・URLへのアクセスはすべて2022年3月20日

(執筆:谷口洋志)

日々是総合政策No.255

ウクライナ問題(1)

 2014年3月15日の国際連合安全保障理事会(国連安保理)において、翌3月16日実施の「クリミア自治共和国とセヴァストポリ市のロシア併合に関する住民投票」結果を無効とし、ウクライナの「主権、独立、統合、領土保全」を再確認するという決議案が否決された。理事会構成国15か国(常任5、非常任10)のうち、13か国が賛成、ロシアが反対、中国は棄権した。常任理事国であるロシアの拒否権発動によって、決議案が否決された(注)。
 安保理決議案は、国連総会での決議案とは違って法的拘束力を持つため、可決については厳しい条件がある。第1に、5つの常任理事国(中、仏、独、露、米)のうちの1国でも反対したら成立しない。つまり、どの常任理事国も拒否権(veto)を持つ。第2に、9か国以上の賛成が必要である。15か国中の9か国の賛成、つまり最低でも6割の賛成を必要とする。単純多数決の過半数(15の場合は8以上)と比べ、より厳しい条件を課している。
 なお、常任理事国の5か国はいつも変わらず、非常任理事国の10か国は任期が2年で、毎年半数の5か国が入れ替わる。再選できないので、非常任理事国になっても2年後には必ず外れる。日本は過去11回選ばれ、最新は2016~2017年の2年間。2022年の非常任理事国選挙に立候補し、選ばれれば2023~2024年の2年間その座に就く。 
 安保理では否決されたものの、2014·年3月27日の国連総会では、47か国共同提案の「住民投票の無効とウクライナの領土保全を支持する」決議案が採択された。加盟193か国のうち賛成は100か国。ただし、安保理決議とは違って法的拘束力はない。反対は、アルメニア、ベラルーシ、ボリビア、キューバ、北朝鮮、ニカラグア、ロシア、スーダン、シリア、ベネズエラ、ジンバブエの11か国で、中国、インド、ベトナム、モンゴル、パキスタン、南アフリカ、南スーダンなど58か国が棄権し、コンゴ、イラン、イスラエルなど24か国が無投票であった。
 ここでは、反対した国以上に、棄権した国や無投票の国の名前を記憶してほしい。棄権や無投票の背後にはどのような国際関係があるかを知るために。

(注)決議内容と投票結果は、以下の国連ニュースに基づく。
https://news.un.org/en/story/2014/03/464002-un-security-council-action-crimea-referendum-blocked(安保理決議内容)
https://digitallibrary.un.org/record/767565(国連総会投票結果)
・URLへのアクセスはすべて2022年3月20日

(執筆:谷口洋志)