日々是総合政策No.132

忖度-棚田百選-

 貿易自由化を目指すガット・ウルグアイ・ラウンドの最終合意の後、農林水産省では強く影響を受ける生産性の低い山間地などの農業対策に苦慮していた。山間地の農地整備を担当課長だった私も何とか山間地を活性化したいのだが、整備コストは高く、高率の助成には財務省の了解が得られない。お金を使わずに出来ることはないか。棚田百選を思いついた。これなら選定委員会の委員謝金と若干の事務費で済む。
 早速、親しくして頂いていた中川大臣の了解を取ることにした。予算がほとんど掛からないのだから反対もないのだが、「ところで十勝に該当地区はあるの?」と問われた。「十勝には以前水田がありましたが今は畑と牧草地だけです。」と答えると、「北海道にはあるの?」と返された。中川大臣は北海道の十勝地方を選挙区としている。「調べてみます。」と言って、その場を凌いだ。道庁に連絡すると“棚田”の写真が送られてきた。旭川の山間地の水田だが、どう見ても本州などの平場の立派な整備された水田である。これではダメと言うと、幕府にコメの収穫はないと報告していた“無石”の松前藩の“隠し田”があるかも知れないという。それそれ!早速現地に行ってもらったら、「耕作放棄されていました」と回答があった。
 大臣に事情を説明し了解を得て、各都道府県に棚田百選候補を推薦するように依頼した。委員会で管理体制などの選定基準を決め選定し、プレスクラブに発表した。各紙が取り上げて予想以上の反響となり、電話の問い合わせは1週間で400本を超えた。特に多かったのは小学校の先生だった。
 政務次官(現在の副大臣)から各地区の代表者に認定状を渡す日を決め、その日の夕刻に祝賀会を開催することにした。でも、そんな予算もない。ホテルなどで会費制も私の部下に会費を払わせるには心苦しい。そこで、役所の会議室を宴会場に各選定地区から地元の名産品を持ち込んで貰った。国家公務員倫理法が気にはなったが、大成功だった。日本各地にこんなに美味いものがある。山間地も捨てたものではない。大臣も駆けつけ宴会は大いに盛りあがった。美酒に酔いながら、発想から3ヶ月の日々を思い返した。大臣への忖度もできなかったけれど、今でも棚田百選は各地で息づいている。

(執筆:元杉昭男)

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