日々是総合政策No.213

オンライン診療-カイザー・パーマネンテの事例を参考に(下)

 前回(No.201)は、アメリカにおけるオンライン診療の一例として、カイザー・パーマネンテの事例を概観しました。オンライン診療は、医師と患者間での情報通信機器の活用により、診察・診断、処方等をリアルタイムに行うものです。これは、①COVID-19の感染予防・早期検査につなげ、②基礎疾患患者の受診機会を確保する上で有用とされます。
 各保険団体とアメリカ医師会、連邦・州政府の対応によりオンライン診療の提供体制と受診機会が拡充されましたが、新規患者を担当する医師にとって、既往症や診療・服薬歴の把握が課題の一つになっています。実際には、ビデオ通話等での問診が基本になり、患者の記憶が曖昧な場合には、適切な診断や処方ができないケースがあるとされます。
 カイザー・パーマネンテのオンライン診療は、本来、上記②への対応が想定され、2005年に導入された独自のプログラムにより行われます。具体的には、担当医と患者において、PHR(Personal Health Record)が共有・活用されますが、これは、健診結果と各検査項目の経年変化、検査画像、既往症や診療・服薬歴が長期的に記録された個人の電子記録です(注1)。COVID-19の感染拡大前に、こうした体制がとられていたため、患者情報の把握の上で、①と②に対応することが可能になっています。
 本来、オンライン診療は、上記②を基本に、外来・入院等の対面診療の補完として位置づけられるものであり、遠隔での経過観察や保健・服薬指導においても活用されます。これを実践して、一定の成果を得る上では、担当医と患者において、PHRを長期的に共有しうる体制が有用と考えられます(注2)。
 日本においても、2020年4月以降、オンライン診療(初診を含む)の対象が拡大され、これを実施する医療機関が増加する一方、利用者の拡大には必ずしもつながっていないとされます。COVID-19の収束後のオンライン診療のあり方について議論されていますが、これは、医療の提供体制や診療報酬等の制度対応、PHRの導入・活用の可能性を含め、長期的視点を踏まえた検討が必要とされます(注3)。これは、医療のIT化にも関係する大きなテーマであり、今後の動向を踏まえ、機会をあらためて整理・検討します。

 注1)2005年に導入されたプログラムは、「My health manager」と言われます。カイザー・パーマネンテのPHRとMy health managerの詳細については、次を参考にしてください。
安部雅仁(2018)「カイザー・パーマネンテの「患者参加型の医療」ITプログラム-My health managerの目的、方法および成果」,国立社会保障・人口問題研究所『社会保障研究』,Vol.3,No.2,pp.299-313(http://www.ipss.go.jp/syoushika/bunken/data/pdf/sh18030211.pdf)。
 注2)カイザー・パーマネンテの加入者の大半は、乳幼児期・就学期から就労期~高齢期までの長期・継続加入者になります。近年では、慢性疾患を抱える40歳代以上の加入者(とりわけ高齢者)が増加しており、PHRを活用するオンライン診療は、在宅医療の浸透と受診の利便性、予防と治療の継続性それぞれにおいて有用とされます。
 注3)こうした課題に関連して日本医師会は、PHRを「国民の健康や医療において役立つ重要なツール」と捉えており、このためには、かかりつけ医の役割と国民の健康意識の向上が必要とされます。日刊工業新聞社「日本医師会の主張、医療健康データ持ち歩く「PHR」の価値と懸念」,https://newswitch.jp/p/24078(2021年3月1日最終確認)等より。なお、日本では、一部の医療機関以外、PHRの導入・活用はほとんど進んでいません。主な理由として、資金面での制約の他に、投下資金に対する収入(診療報酬等の制度対応を含む)の見通しが立たないことがあげられています。

(執筆:安部雅仁)

日々是総合政策No.212

社会保険料の負担(3)

 社会保険料は支払者に社会保障給付を与えます。そこで今回は、日本が採用している賦課方式の年金制度が、保険料負担に見合った年金を給付できる条件について解説します。
 まず、保険料負担に見合った年金を定義します。
 それは、現役期(第1期)に納めた個人の保険料Hの元利合計が、当該個人の高齢期(第2期)に年金Gとして給付される場合です。この時、GとHの関係は
  G=H(1+r) (1)
 となります(注)。rは現役期間における貯蓄の利子率です。給付を考慮した保険料の純負担をα1とすると、
  α1=保険料負担-年金=H(1+r)-G=0 (2)
 が成立します。式(2)は第2期での値なので、保険料負担にHだけでなく利子分rHが含まれます。つまり、仮に第1期にHを市場で運用したら得られる利子を含めなければなりません。
次に、賦課方式を見ます。現役世代の人口をLY ,一人当り保険料をH、高齢世代の人口をLO、一人当り年金をGとし、かつ、LY=LO(1+n) とします。nは人口変化率(100n%)で小数です。
 賦課方式は、現役の保険料をその時点での高齢世代の年金に使用するので、
  LY×H=LO×G  
 が成立します。GとHとの関係は
  G=H×LY/LO=H×LO(1+n)/LO=H(1+n) (3)
 となります。いま、n>0とし、しかも各世代が同額のH0を支払うと仮定しましょう(H=H0)。この場合、高齢世代の年金総額は、一世代若い現役世代の人口×H0(=保険料総額)です。これを高齢世代の人口で割ったのがGです。n>0 の時、高齢世代の人口の方が少ないので、G>H0となります。
 さて(3)から、保険料の純負担α2は
  α2=H(1+r)-G=H(1+r)-H(1+n)=H(r-n) (4)
 となります。いま、高齢化をふまえnが低くn<rとします。この時、α2>0なので、保険料負担の一部が年金として戻ってきません。よってα2は「税」と同じです。しかも、それは低いnに直面する世代ほど多額になります。
 この「税」は、一期前の世代(高齢世代)が年金として得ています。つまり、「税」は、ある世代からその一期前の世代への所得移転に他なりません。
 賦課方式では年金がnによって決まるため、保険料負担に見合った年金給付の実現は困難になります。

(注)詳しくは麻生良文(1995)「公的年金と課税ベースの漏れ」『経済研究』Vol.46,No.4,313-322頁を参照。 

(執筆:馬場 義久)

日々是総合政策No.211

“Start with the main point,”

 「まずは、要点から始めなさい。」この言葉は、2000年の国際財政学会プログラム委員長(Smolensky 教授)が、初めて学会報告をする若い研究者たちに発したメッセージの1節の冒頭部分です。この後に、次のようなフレーズが続きます。

 “not the model, nor the data. Be loud, punchy and brief. Act like you think your paper is worth the time and effort of everyone in the room, even if you don’t believe it.” 
 「モデルやデータからではなく。大きな声で力強く簡潔に。自分の論文が部屋にいるすべての人の傾注する時間や努力に値するものである、と思っているかのこどく振る舞いなさい。たとえ、そうとは信じられなくとも。」

 この1節は、私のゼミ生であった次世代の人びとに何年にもわたり、伝えてきました。そして、私の最後のゼミ生たちの卒業論文集に寄せた「2018年度卒業の皆さんに贈る言葉」には、この1節の後に次のような文章を添えました。

 「卒業後の色々な場面で、皆さんには、“Act like you think ~, even if you don’t believe it.” の『~』に、自分にとって大切な仕事の出来栄えや人間関係のあり方などを入れて考えていただきたいと思います。初舞台で震えながらも演じねばならない役者のように、4月に新たな社会の初舞台に立つ皆さんが、経験を積み上げることで存在感のある人物になって欲しいと願っています。
皆さんのご多幸を心よりお祈りいたします。」(2019年1月20日)

 1年を超えるコロナ禍の大学生活を終え、この3月に卒業式・学位授与式を迎えられる大学生・大学院生の皆さんは、これまでの先輩たちとは全く異なる環境の中でオンライン授業や課外活動を体験したことで、先輩たちとは違った眼差しをもって4月から新たな社会の初舞台に立ちます。皆さんには、学生時代の最後となる1ヶ月を皆さんにとって価値ある時間にして欲しいとも思います。

(執筆:横山彰)

日々是総合政策No.210

民主主義のソーシャルデザイン「若者がもっと気軽に意見を出せる社会に!」

 3月4日に千葉県知事選挙、3月7日に千葉市長選挙が告示され、3月21日の投開票日に向けて論戦が繰り広げられる予定です。今回、これまで千葉市長を3期12年務めてきた熊谷俊人氏が千葉県知事選挙に立候補するために、千葉市長を辞職することにより、県知事選挙と政令市の市長選挙が同時に行われる「ちばダブル選挙」となりました。
 私は、これまでも投票率の向上や若者の政治参画を進めるため、「ちばでも」という活動に取り組んできました。「ちばでも」というのは、「千葉」の「デモクラシー(民主主義)」の略なのですが、これは「千葉」だけではなく、全国に広げていきたいと思っています。先日、広島県内の学生さんから連絡があり、「ちばでも」のノウハウをお伝えいたしました。「ひろしまでも」が根付いてくれたらと思っています。
 ちばダブル選挙を前に、私が所属している学部の1年生で動画づくりに興味を持っている学生さんに協力してもらい、投票啓発の動画を制作しました。

 3月4日には、千葉市長選挙立候補予定者に参加いただき、WEBでの公開討論会を開催する予定です。Zoomを活用した公開討論会は、あまり前例が無いのではないかと思います。(是非、千葉市以外の方もご視聴ください)。特に、若者の質問、意見、政策提案を募集し、事前に立候補予定者にお渡しする予定です。また討論の論点に反映させる予定です。(注2)
 なぜ、私が若者の政治参画の取り組みを続けているのか。その答えは、自分たちの「価値」や「感性」を大切にして、自分自身の幸せのことを選択し、その幸せを得るための行動をしてもらいたいからです。例えば、自分たちが住んでいる街について、自分たちにとって、もっと住みやすい、楽しい街とはどのような街なのか。もっと自分たちの視点、価値、感性から意見を出し、自分たちができることを取り組んでみることで、本当に、自分たちにとって良い街になる可能性があると思います。
 大人たちは、「若者は政治に関心が無い」、「若者の投票率が低い」と言います。しかし、それは大人たちにも責任があると思います。若者がもっと気軽に意見を出せる環境があらゆる政策形成の場に必要だと思います。

注1:「民主主義のソーシャルデザイン」プロジェクトでは、「ちばでも」を始め、若者の政治参画・社会参画に関する研究を実践活動を通じて進めています。ご興味ある方は、ぜひご連絡ください。
注2:千葉市長選挙立候補予定者WEB公開討論会は、こちらから。

(執筆:矢尾板俊平)

日々是総合政策No.209

人々の行動を重視するESG投資

 緊急事態宣言、特措法・感染法改定などの新型コロナウイルス対策がとられています。ワクチン接種も近づいています。しかし、それにもかかわらず、医療・介護や企業経営また家庭に覆いかぶさる不安感を短期間で拭いさることは難しそうです。その一因が政府、自治体、企業、NGO・NPO、市民相互の信頼感、連携の弱さにあるように思われます。日常生活に着目、人々の行動を重視するダグラス・C・ノースの主張(注1)を念頭に置き、この課題を振り返ってみましょう。                                                                  
 2015年、国連によって採択されたSDGs(持続可能な開発目標:Sustainable Development Goals)は、「誰一人取り残さない」との理念の下で、人間を中心にした環境、社会、経済面の自立的な持続性を目標にしています。SDGsを資金面から支えるのがESG投資ですが、その特徴は、従来の投資がもっぱら経済付加価値や営業利益率などの財務情報を基準にしていたのと異なって、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の3つの要素を組み入れた非財務情報を投資基準に加えていることです。それだけに、企業の利益最大化目的と衝突しがちになるはずですが、顧客、従業員、地域社会などステークホールダーの利益を考慮する投資家の意識が高まるのにつれて資金がESG投資に向けられ、長期的な収益率を高めていくことが期待されます。               
 しかし、ESG投資への期待を確実にするためには、世界の人々が納得できるような基準が必要になります。各国そして各地域の習慣を理解した基準であれば、ESD投資と新しい産業を飛躍的に拡大することができそうです。実際、気候変動に関しては信頼度の高いTCFD(注2)の報告書が存在しています。環境問題に比べ、多様な経済活動や社会生活に関しては統一した基準の策定が難しいのが実情です。しかし、米国サステナビリティ審議会(Sustainability Standard Board: SSB)が実施しているように、できるだけ多くの機関に公開意見を求める様式(注3)であれば、情報不完全性の緩和を通じて基準策定効率を高めていくことと思われます。

(注1)Douglass C. North(1990)INSTITUTIONS, INSTITUTIONAL CHANGE AND ECONOMIC PERFORMANCE (竹下公視訳『制度 制度変化 経済成果』晃洋書房, 2017)
(注2)環境省「気候関連財務情報開示タスクフォース(Task Force on Climate-related Financial Disclosures:TCFD)」(https://www.env.go.jp/policy/tcfd.html),(2020.11.1
アクセス)
(注3)全国銀行協会「IFRS財団による「サステナビリティ報告に関する協議ペーパ
ーに対するコメント」(https://www.zenginkyo.or.jp/fileadmin/res/abstract/opinion/opinion321229.pdf),(2021.1.30 アクセス)

(執筆:岸真清)

日々是総合政策No.208

自然災害とその復興課題について(3)

 今回の新型コロナの感染も広い概念で捉えれば、自然災害であると言えるでしょう。ところが、災害対策基本法では建物破壊を想定して、災害を定義しているように思えます。災害対策基本法第2条第1項で定めている災害の定義には、大規模な火事若しくは爆発も含まれますが、これは人為的なものも含まれていると考えられます。たとえば、総務省消防庁の「災害情報一覧」によれば、令和元年7月18日に発生した京都市伏見区の大規模火災も「災害」の一部に含んでいます(注1)。
 コロナ感染拡大に伴う様々な身体的、あるいは経済的被害は、災害対策基本法第2条第1項にある「その他その及ぼす被害の程度において、これらに類する政令で定める原因により生ずる被害」に含まれるかどうかであり、非常に曖昧なところです。日本の大規模自然災害の代表例と言えば、平成23年3月11日に発生した東日本大震災です。被災の財政金融措置は感染症予防施設に対しても、公共施設と同じように手厚い国庫補助(1/3から1/2)が与えられました(注2)。しかし、感染症予防施設に対する財政金融措置でさえも建物破壊を前提にしています。
 日本で身体的な面を考慮して、感染症対策を行っているのは水道事業です。水道事業は厚生労働省「危機管理対策マニュアル策定指針(共通編)」に基づき、①地震②風水害③水質汚染事故④施設事故・停電⑤管路事故・給水装置凍結⑥テロ⑦渇水⑧水道事業者等における新型インフルエンザに備えた災害対策を行っております(注3)。新型インフルエンザに備えた災害対策は新型コロナ感染症対策の役割も担います。今後は建物破壊を前提にしない自然災害に対する補助金をいかに給付するかが重要となるでしょう。

(注1)総務省消防庁「京都府京都市伏見区で発生した爆発火災(第13報)」、
https://www.fdma.go.jp/disaster/info/items/1912231340.pdf(最終アクセス2021年2月3日)を参照した。
(注2)池田達雄・大井潤・村岡嗣政・近藤貴幸・原 昌史・藤田康幸・菊池健太郎[2011]「東日本大震災に係る地方財政への対応について─発災から平成23年度補正予算(第1号)に伴う対応まで─」『地方財政』第50巻第6号、28頁。
(注3)厚生労働省「危機管理対策マニュアル策定指針(共通編)」Ⅰ╴2からⅠ╴3頁、
https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000656405.pdf(最終アクセス2021年2月3日)を参照した。

(執筆:田代昌孝)

日々是総合政策No.207

拡大TPPに掛ける夢

 2020年11月、RCEP (東アジア地域包括的経済連携)協定が署名されました。参加国は、中国、韓国、インドネシア、タイ、それにTPP(環太平洋パートナーシップ)参加国の日本、ベトナム、オーストラリア、カナダなどの15カ国です。これで、アジア太平洋地域に、RCEPとTPP11(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定:CPTPP)の二つの巨大な自由貿易協定が併存することになりました。
 しかし、2018年3月以降の米中摩擦の激化、また2020年の新型コロナウイルスのパンデミックが世界の経済成長に影を落とし始めています。この状況を克服する方策は、TPP11に米国が復帰し中国が参加する「拡大TPP」の構築ではないのでしょうか。                              
 その理由は、第1に、貿易促進効果です。相手国との貿易額(輸出額+輸入額)が全貿易額に占めるシェアは、相手国のサイズに応じて増減します。そこで、サイズの影響を除き取引そのものの緊密性を表す貿易結合度(注1)を用い、TPP11を例として、その貿易効果を計算してみますと、TPP11参加国同士の緊密度は1.04であって、それほど高いとは言えません。そこで、米国を加えますと、貿易結合度は2.70になります。さらに中国を加えた場合も、貿易結合度は1.47と高い緊密度を示します。
 拡大TPPを重視する第2の理由は、大企業だけでなく地域を基盤とするベンチャービジネスや中小企業に着目、アジア太平洋市場に繋げようとしていることです。コミュニティビジネスは、密なコミュニケーションの下で、取引コストを低め、技術革新を呼び、収穫逓増型の生産を行う可能性さえ有しています。デジタル社会の発展と地域発グローバル化の進展が、地域活性化を促すはずです。          
 第3に、TPPのルール、規律がRCEPはもとより、TTP11よりも強固なことです。TPPは、関税だけでなく、投資、知的財産、電子商取引、政府調達などの非関税分野のルール、さらに環境・労働環境など新たなルールも重視しています。今後、ESG投資などで市民の参加も活発になりそうな中で、TPPのルールが不可欠になるものと思われます(注2)。   


(注1)貿易結合度TII(Trade Intensity Index)は、T IIij=(Tij/Ti)/(Tj)(Tw)と表されます。
ここで、TIIijはi国とj国の貿易結合度、Tijはi国とj国との貿易額、Tiはi国の
貿易額全体、Tj はj国の貿易額全体、Twは全世界の貿易額を表しています。
貿易結合度の概念と数値は後藤純一氏によりますが、米中貿易摩擦激化の前年、2017年のIMF(International Monetary Fund:国際通貨基金),Direction of Trade Statisticsのデータに基づいています。後藤純一・岸真清(2020)「TPPと日米中の経済協力の課題」,吉見太洋編『トランプ時代の世界経済』中央大学出版部を参照ください。
(注2)本文の英語略語は、以下の通りです。
RCEP:Regional Comprehensive Economic Partnership
TPP:Trans-Pacific Partnership
CPTPP:Comprehensive and Progressive Agreement for Trance-Pacific Partnership
ESG:E(Environment), S(Social), G(Governance)

(執筆:岸 真清)

日々是総合政策No.206

社会保険料の負担(2) 勤労世代の社会保険料負担

 No.202では日本の社会保険料総額の負担について述べました。今回は、勤労世代の社会保険料負担を取りあげます。次の図は勤労者家計(家族数二人以上)の収入階層別に社会保険料負担率と直接税負担率を示します。
 ここで収入は家計の勤め先収入(以下、収入と記す)、直接税は国の所得税と地方住民税等の合計を指します。図の横軸は、家計を収入額によって10階層のグループに分けたものです。各グループとも家計数は家計全体の10%です。Ⅰは、収入の最も低い家計で第1分位と言います。逆にⅩは、収入の最上位10%のグループで第10分位です。
 縦軸の負担率は、社会保険料または直接税(以下、税と記す)が収入に占める割合(%)を表します。企業に雇われている勤労者の社会保険料は、雇い主(企業)と勤労者本人とで半額ずつ支払いますが、この図では本人分のみの負担を示します。

図 収入階層別社会保険料・直接税の負担率2019年
*二人以上の勤労者家計。  
(出所)注より算出。

 橙色の社会保険料負担率に注目すると、収入の最も低いⅠから11%であり、このレベルが10階層にわたり、ほぼ比例的な負担です。ちなみにⅠの収入(月額)は22.6万円であり、社会保険料負担は約2.5万円です。また、Xの収入は104.5万円で社会保険料負担は約12万円です。
 他方、青の税負担率は、Ⅰの4,7%から収入の上昇とともに負担率が増加し、Ⅹでは12.5%です。つまり収入に対する累進的負担となっています(以上の数値は図と注より)。
 重要なのは、ⅠからⅨまでの9つの階層で社会保険料負担率が税負担率を上回っている点です。こうなる主な理由は、社会保険料に控除がなく国の所得税や地方住民税に控除が多く存在するからです。
 国の所得税や地方住民税の税額は以下の式で算出します。
 税額=(給与収入-給与所得控除-所得控除)×税率=課税所得×税率
 他方、社会保険料は
 社会保険料額=標準報酬×賦課率
 です。標準報酬は給与収入と、賦課率は税率とほぼ同じ意味です。つまり、社会保険料は、控除を差引く前の給与収入全額に賦課率を掛けて算出されます。当然、
 給与収入>課税所得ですから、同額の給与収入について税率が賦課率を大きく上回らない限り、社会保険料負担額>税負担額となり、社会保険料負担率>税負担率となります。
 ただ、以上では、保険料を支払う勤労者に社会保障給付が与えられる点を考慮していません。次回には社会保険料の使途を検討する予定です。


e-Stat URL
家計調査 家計収支編 二人以上の世帯 詳細結果表 年次 2019年 ファイル | 統計データを探す | 政府統計の総合窓口 (e-stat.go.jp) 最終アクセス 2021年1月25日。

(執筆:馬場義久)

日々是総合政策No.205

なぜ大学は対面授業に踏み切れないか:私論

 文部科学省は2020年10月中旬に対面授業が半数未満の大学名を公表するとし、努力が足りないと批判しました。以下は、対面授業の難しさについての私の個人的見解です。
 私の娘の通う小学校では1学年2クラス編成、1クラス30人弱で、social distancingにはギリギリです。また給食もあり、5人以上での会食自粛に反する環境です。幸いなことに、今のところ小学校ではクラスターが発生していません。
 コロナ禍やクラスター発生の条件に関して、大学は、小中高とはどこが違うのでしょうか。
 第1は、通学方法、通学時間や通学距離の違いです。平均的な通学距離は、小中高大と進むにしたがって延びます。大学への通学時間が1時間以上の人も結構います。通学には電車・バス・モノレールなどを利用する大学生が多く、複数回乗り換えることも普通です。朝夕はラッシュ時間と重なって3密状態です。つまり、大学生は、自宅と大学との往復過程で相当の感染リスクに直面しています。
 第2の違いは、規模や人数です。娘の小学校は6学年合計で400人程度です。やや大きな高校では生徒総数が1000~2000人ほどでしょうが、そのようなマンモス高校の校舎は結構広いでしょう。
 しかし、大規模大学では、1学部1学年の学生数が1000人以上のところも少なくありません。生徒総数1000人規模の平均的な高校と大規模大学の1学部1学年の規模がほぼ同じとすれば、1学部には生徒総数1000人規模の高校が4校分入り、学部数が5つあれば高校20校相当の人数が大学に集まっているという計算になります。しかも、各学部の大学生は、そうした高校の校舎よりもかなり狭い空間(高層でも横には狭い)で授業を受けます。
 大学生は、小中高校生と違って毎日朝から午後まで授業を受けることがないので、分散しているものの、最も学生数が集中する時間帯には高校10校分以上の学生数が集まる可能性があります。これは、学内にいることで相当の感染リスクに直面することを意味します。それに加えて、サークル活動やスポーツ活動があると、時間と場所を問わず、至る所で3密空間が発生します。 
 このように考えると、対面授業の全面的かつ早期の実施は、大学生を高い確率で感染リスクにさらす危険かつ無責任な方策としか思えませんが、皆さんはこれについてどのように考えますか。

(執筆:谷口洋志)

日々是総合政策No.204

いま、何を語るか(続)

 “This is America’s day. This is democracy’s day. A day of history and hope. Of renewal and resolve.・・・We have learned again that democracy is precious. Democracy is fragile. And at this hour, my friends, democracy has prevailed.” (注1)
 「きょうは米国の日だ。きょうは民主主義の日だ。再生と決意の歴史及び希望の日だ。…我々は改めて民主主義の貴重さを認識した。民主主義はもろいものだ。しかし今この瞬間、民主主義は勝利を収めた。」(注2)

 これは、アメリカ合衆国第46代大統領ジョー・バイデンが大統領就任演説(2021年1月20日)で語った一部です。この背景には、1月6日ドナルド・トランプ前大統領の発言をきっかけに発生したアメリカ連邦議会議事堂へのトランプ支持過激派の乱入事件がありました。それ以前から、トランプ前大統領の政権運営のもとで、人種や貧富や信念などによる社会の分断と、報道や選挙などを巡る民主主義の正義への不信感が、アメリカで深まっていました。
 民主主義は語る人が違えばその意味内容も異なるといわれますが、多大公約数的な辞書的意味をみれば、「(democracy)語源はギリシア語のdemokratiaで、demos(人民)とkratia(権力)とを結合したもの。権力は人民に由来し、権力を人民が行使するという考えとその政治形態」(広辞苑 第六版)です。また、Oxford English Dictionaryに基づけば、英語のdemocracyの語源を順に遡ると、フランス語のdémocratie、ラテン語のdemocratia、 ギリシャ語のδημοκρατίαで、demos「people」と cratia「power」の合成で、その辞書的意味は「government by the people」となります。(注3)
 バイデン大統領の就任演説は、こうした辞書的意味や語源的意味だけでなく、民主主義とは何かについて歴史・理論・政策の観点から考える糸口を、私たちに与えてくれています。(注4)

(注1)この英文は、日本の全国紙でも対訳付きで掲載されましたが、ホワイトハウスの下記ホームページでは1文ごと改行(行間1行)のスタイルで掲載されています。https://www.whitehouse.gov/briefing-room/speeches-remarks/2021/01/20/inaugural-address-by-president-joseph-r-biden-jr/ 
(注2)この翻訳は、日本経済新聞2021年1月22日「バイデン大統領 就任演説(全文)」(朝刊10面)から引用しましたが、全国紙で掲載されている翻訳は、新聞社ごとに違いがあります。この点は、朝日新聞2021年1月29日「池上彰の新聞ななめ読み:バイデン大統領就任演説 訳し方で違った印象に」(朝刊13面)を参照ください。
(注3)https://www.oed.com/ を参照。
(注4)このとき、宇野重規『民主主義とは何か』(講談社, 2020)が手がかりとして有益でしょう。
注のURLの最終アクセスは、すべて2021年1月29日。

(執筆:横山彰)