日々是総合政策 No.9

地方創生への道

 「地方創生」の願いがかなわない日々が続いています。しかし、政府も手をこまねいていたわけではなく、さまざまな地方創生政策が試みられてきました。アベノミクスをみただけでも、第3の矢であった成長戦略(「日本再興戦略」)、「一億総活躍社会」を目指す「新三本の矢」、地方創生を強力に推進する「まち・ひと、しごと創生基本方針2015-ローカル・アベノミクスの実現に向けて-」と矢継ぎ早でした。ローカル・アベノミクスは、毎年、新たな方針を打ち出す中で、2018年にも情報支援、人材支援、財政支援を軸とする「地方創生版・3本の矢」を提示しています。 
 これらの政策にもかかわらず、なぜ、地方創生が達成されないのでしょうか。地域社会(コミュニティ)の主役であるはずの住民(市民)の意志を反映するしくみが不十分であることが、その主因になっていると考えられます。  
 地域の最も小さな単位は、家族であり、近隣に暮らす人々が集うコミュニティです。このコミュティを基盤とするのがコミュニティビジネスです。そこには、農業、中小企業・小規模事業、ベンチャービジネスなどの営利事業と、医療・介護、教育、環境関連事業などの社会的・非営利事業が含まれます。このうち、営利事業は日常のコミュニケーションを通じて、アイデアを持ち合い、技術革新を起こし、経済規模を拡大する可能性を秘めています。社会的・非営利事業も補助金、助成金に頼るよりも存続を可能にする資金を自ら獲得しようとの考え方が強まっています。それどころか、高齢化社会の中で重みを増す医療・介護事業などは社会的・営利事業(ソーシャルビジネス)に発展する可能性も有しています。
 コミュニティビジネスの可能性を高め、地方経済・社会を豊かにするのが、NPO(非営利組織)・NGO(非政府組織)などの市民団体、信用金庫などの金融機関、地方政府(自治体)と、コミュニティの連携です。このボトムアップ型の意志伝達メカニズムが確立したとき、中央政府の立案がスムーズに受け入れられるのではないでしょうか。

(執筆:岸真清)

日々是総合政策 No.8

ハエ取りコンクール

 30年余り農林水産省で勤務したが、その間に政策づくりに携わったことも多かった。現状と目標との間のギャップという問題の解決策が政策で、色々な手段で人々を誘導する。手段には、法律で規制する、勧告する、情報を提供する、補助金や利子の安い融資を与える、税金を重くする・軽くするなど様々である。

ハエ取コンクールの記事
出典:広報まつど昭和32年4月15日

 そんな中に、私の小学生時代には、一定期間内に殺して集めたハエの死体数を競い、市町村から賞品が貰える「ハエ取りコンクール」があった。ハエが多く不衛生(現状)なので、ハエを少なくする(目標)という政策である。学校や役所から茶封筒と割り箸を貰い、放課後自宅からハエ叩きを持って魚屋などの店先に行ってハエを取りまくる。大人は昼間働いているから子供の活躍の場だが、近所に戦争で夫を亡くされた無職の方がいて、子供の授業中もハエを取るからいつも賞を取っていた記憶がある。戦前も戦後も各地で行われていたらしく、鹿児島市では2週間で211万匹強という記録もある(インターネット-軍政部の功績: 鹿児島ぶら歩き-より)。賞品代など僅かの予算で衛生環境の向上に絶大な効果のある事業であった。

 そこで、ミャンマーの日本大使館に勤務していた時に、自信満々に「ミャンマーの衛生環境の向上のため、大使館が賞品を出してハエ取りコンクールをやってはどうか」と会議で提案した。その時、老練な大使は、「戦前の中国では日本が提案してハエ取りコンクールをやったが、ハエを大量に人工的に繁殖させて受賞する者が出てきた」と話され、提案はあえなく退けられた。現状も目的も明確で、とても効率的に見えるのだが、政策を受け取る人々の反応を見まちがえると、ハエが増えてしまうといったとんでもないことが起きる。
 人々の反応は国や地域の文化にも関係する。政策づくりはハエを取るように簡単ではない。でも、そこに政策作りの面白さもある。

(執筆:元杉昭男)

日々是総合政策 No.7

1人1票と1円1票

 前回、ある人が自分のビルを白壁よりも好きな色の赤壁に塗り替えると、他の人に不快な思い(損失)を与える場合、このビル壁を赤くした社会は「より良い社会」と言えるのか、という問いかけをしました。憶えていますか(⇒No.1 を参照)。
 いま、隣接の住民4人とビル所有者1人の5人からなる社会を想定しましょう。この社会で、ビル壁を赤くしたときの利得(便益)は、ビル所有者が+200万円、隣人1が−100万円、隣人2が−30万円、隣人3が−20万円、隣人4が−10万円だと仮定しましょう。損失を被る隣人は、マイナスの利得を得ています。利得のみに基づき、人々が「このビル壁を赤くする」という政策を判断しますと、賛成がビル所有者1名、反対が隣接住民4名です。したがって、1人1票の多数決ルールでは、この政策は否決されます。
 しかし、1円1票では、賛成が+200万円、反対が−160万円ですので、この政策は可決されます。この政策が社会全体にもたらす純便益は+40(=200-160)万円ですから、この政策は社会全体で見れば望ましい。こうした1円1票による政策評価が、補償原理や功利主義に基づく価値判断です。
 補償原理とは、社会のある変化で得をした人々が損を被る人々の損害額を補償して余りあるだけのプラスの利得を得ていれば、その変化は社会全体にとって良いことと判断するものです。これは、損を被る人々を変化前の状態に保つよう各々の損害額を補償すれば、何人をも悪化させることなしに得をした人々が良化できるという点でパレート改善になると考えるのです。補償原理は、社会的純便益の最大化を望ましいとする功利主義につながります。
 しかし、1円1票による政策評価は、各人が自分の利得を正直に表明したとしても、お金による問題解決を是認することになり、分配の公平が考慮されません。また、1人1票による政策評価も、少数派の人々が多数派の決定に従わねばならないという「政治の外部性」の問題が生じます。皆さんは、どちらの政策評価を選びますか。

(執筆:横山彰)