大学研究所が核となる地域振興・地方創生に思う:先端研と鶴岡サイエンスパーク
本学の事例で恐縮だが、2001年に山形県鶴岡市に開設された慶應義塾大学先端生命科学研究所(以下、先端研)、及び先端研を中心とした鶴岡サイエンスパークをご紹介したい。
先端研の立ち上げから今日まで、18年間所長として研究所運営の中心的役割を担ってきた冨田勝環境情報学部教授によれば、当初は少なからぬ鶴岡市民が、税金を投入して先端研の誘致を行う事に批判的であったが、当時の富塚陽一市長は、短期的な地元貢献や経済効果ではなく、サイエンスの領域で世界的な成果を上げる事を期待し、その事により市の文化的な価値が高まる事を目指したとの事である。そしてそうした思いに応えるかの如く、次々と先端研発のバイオベンチャー企業が立ち上がった。メタボローム解析受託事業のヒューマン・メタボローム・テクノロジーズ株式会社(2013年東証マザーズ上場)、世界に先駆けてクモ糸事業を展開したSpiber株式会社、唾液を用いた癌の早期発見を事業化する株式会社サリバテック、ヒトの便から腸内環境に基づき健康評価、健康維持、疾病予防の方法を開発する株式会社メタジェン等であり、こうして先端研を中心とした鶴岡サイエンスパークが形成されていったのである。
ところで、シルバー民主主義の弊害の是正等、将来世代の視点を取り入れる必要がある諸課題に対して、フューチャー・デザインを主唱する実験経済学の第一人者、西條辰義教授率いる高知工科大学の研究グループが、大阪府吹田市の住民を集めて2050年の将来プランを考えてもらう際に、「仮想将来世代」を設ける事に効果があるかどうか調べる為の討論型実験を行った。こうした研究で分かった事は何かというと、元々人間には将来世代の事を考えて、社会的な意思決定に「将来世代の意思(と思われるもの)」を反映させられる高い能力が備わっているという事なのである。
鶴岡の地域振興の核になっているのが、民間ディベロッパーでも地方自治体でもない、より長期的な視点に立てる先端研という大学の研究機関である事と共に、地域振興、地方創生の為に共に手を携える自治体が短期的な成果を求めず、将来世代の為に何をなすべきかを考える覚悟を持つ事が非常に重要であった事は、実験で得られた結果の正しさの実例を示したという意味で大きな意義があるのではないだろうか。
(執筆:小澤太郎)