日々是総合政策No.111

It’s the GSOMIA, stupid!

 In August 2019, the Moon administration of South Korea announced that it would terminate the General Security of Military Information Agreement (GSOMIA) with Japan. Moon withdrew this decision six hours before the agreement would expire on November 23. There were serious criticisms from within Korea and the American pressure was most crucial for Moon’s withdrawal. What is the meaning of Moon’s bizarre diplomatic mistake?
 GSOMIA benefits the security of Korea while it costs Korea nothing. Moon’s decision was in response to Japan’s tightened control, for security reasons, of South Korea-bound exports of key industrial materials such as hydrogen fluoride (HF). Moon interpreted Japan’s decision as a retaliatory move over South Korean court rulings in 2018 that ordered Japanese companies to pay compensation for Korean laborers during WWII. The Moon administration was violating the international treaty of 1965 between South Korea and Japan. Furthermore, it does not make sense to bargain the trade issue with a security issue that hurts Koreans. What is going on in Korea?
 The right step to solve the entanglement is for South Korea to comply with the 1965 treaty. In 1965 Japan and South Korea signed the Agreement of the Settlement of Problems Concerning Property and Claims and Economic Cooperation between Japan and the Republic of Korea. By the dramatic, destructive action of scrapping GSOMIA, Moon intended to instigate anti-Japan sentiment among Koreans for his political gain. Many Koreans can become natural victims of blind nationalism against Japan, at least for a short while.
 Moon was in a political crisis that involved Moon’s man, Cho Kuk, the Minister of Justice. GSOMIA was used to distract the people’s attention away to something outside. On top of that there is a fundamental issue. The Moon Administration supports anti-Japanese and anti-American policies. Kim Il-sung, the founder of North Korea, believed that, by establishing anti-Japanese and anti-American public opinion in South Korea, that country could be made vulnerable and an easy prey of North Korea, a Stalinist communist country. It seems that the Moon Administration is a dangerous government to its own people and in international relations.
 I hope that our neighbor, Japan, will understand that the Moon Administration is not in accord with the Republic of Korea founded in 1948. Korea is in a difficult situation now. Fortunately, many Koreans are working hard to restore liberal democracy by replacing the Moon administration by a normal government. There are signs of hope too. First: GSOMIA continues. Second: the Korean people are awakening as we saw in the huge gathering of 400,000 in the Kwang-wha-moon (or Rhee Syngman) square on October 3. The meeting continues every Saturday since then. People call this movement the “Citizens Revolution,” which asks Moon to step down. Third: a book like “Anti-Japan Tribalism” by Lee Young-Hoon is a best-seller in Korea now. The book criticizes the bigotry of anti-Japan sentiment in Korea. His article appeared in a current issue of 文芸春秋. I also feel optimistic from reading Fukata Yuko’s article(No.75, No.82) in this forum on friendship between ordinary peoples of Japan and Korea.
 But we should be wary that the destructive act of the Moon Administration continues. Recently, in the diplomatic white paper published by the Korean ministry of foreign affairs, the usual phrase “Japan is a valuable neighbor with whom we share values and understanding,” has been deleted.

(Author: Yong J Yoon)

日々是総合政策No.110

リゾート開発の公共政策:ボラカイ島の場合(中)

 ボラカイ島は、フイリピンの主要な観光地の一つです(表-2)。国内にとどまらず海外からの観光客も多く、マニラ首都圏を除けば、3番目に人気の観光地になっています。トリップアドバイザーによる『世界のベストアイランドランキング2016』によれば、アジアでは、ボラカイ島は第7位と人気が高い(ちなみに日本の西表島は第10位です)。フイリピン全体では、ホテルなど宿泊施設は約9000施設、22万部屋ありますが、「ボラカイ島」ではそれぞれ271施設、7684部屋となっています(いずれも2014年)。一施設当たりの部屋数は全体では24室であるのに対して、セブでは33.5室、「ボラカイ島」では28.4室となっており、平均的に施設規模が大きく、いわゆるリゾートホテルなどが趨勢だと考えられます。実際、シャングリ・ラ・ホテルズ&リゾーツなど世界的なホテルチェーンをはじめ、多くのリゾートホテルが営業しています。
 リゾートで観光開発がもたらす環境への影響は、観光施設の急増による水質汚濁や廃棄物による海洋汚染、開発による自然環境破壊などが考えられます。実際、「大勢の観光客が押し寄せ、環境汚染や生態系への影響が深刻化して」います(読売新聞(2018/04/08))。これは、観光発展によって環境問題が置き去りにされる典型的な例です。その理由としては、環境保全に関するガバナンスが未整備、環境政策の遂行が不十分、環境保全に関する業者や住民の意識が低く環境保全への協力体制が未成熟、など多くの点が考えられます。「ボラカイ島」の場合、自然環境を保全しかつ持続可能な観光開発を図るために、上下水道や廃棄物処理施設の整備が必要とのことから、日本からフイリピン観光公社に対して円借款による協力事業として「ボラカイ島環境保全事業(1995-2010)」が実施されました。また、持続可能な観光開発の計画として、日本国際協力銀行(JBIC:Japan Bank for International Cooperation) が協力して作成された2007年の「持続可能な観光管理計画(以下「計画」)」などがあります。

表-2 フイリピンの主要観光地

(執筆:薮田雅弘)

「多文化共生社会の総合政策研究」第1回公開研究会 報告

開催日:2019年12月14日(土)13:00~15:30

場所:中央大学多摩キャンパス11号館11410教室

研究会概要:共通テーマ「多文化共生に関する公共・地域の取り組み」の下、以下3名にご講演いただいた。その後行った全体討論では多くの質問が出され、活発な議論が行われた(各講演のタイトルをクリックすると、各資料が表示されます)。

講演者1:平嶋彰英氏(立教大学特任教授、元総務省自治行政局国際室長、総合政策フォーラム顧問)

 報告1:「日本の地域社会の多様化と多文化共生施策の展開について」

講演者2:稲原浩氏(総務省自治行政局国際室長・参事官(国際担当))

 報告2:「外国人材の受入れと地域における多文化共生の現状等」

講演者3:上坊勝則氏(自治体国際化協会 事務局長)

 報告3:「一般財団法人自治体国際化協会 多文化共生部の取組について」

日々是総合政策No.109

 これから累進所得税による低所得者支援策を取りあげます。その準備として
 今回は所得控除について説明します。所得控除は納税者やその家族の経済事情等を考慮して所得税を軽減する制度で、扶養控除や配偶者控除などがあります。いま、Aさんの所得を500万円、所得控除を100万円とすると、その課税所得は500-100=400万円です。この400万円に税率を乗じて所得税額が決まります。以下、本コラムNo.85で説明した超過累進税率タイプの累進所得税を前提にします。
 下の表は、日本の所得税における課税所得と税率の関係を示します。課税所得が多いほど高税率になることに留意しましょう。このとき、Aさんの税額Tは以下のように計算されます。
 T=0.05×195+0.1×(330-195)+0.2×(400-330)  (1)
  =37.25万円

(出所)国税庁ホームページ「所得税の税率」に基き、一部表示法を修正。

 課税所得の最初の195万円に0.05を、次に196万円から330万円までの135万円に0.1を、最後に331万円から400万円までの70万円に0.2を適用します。つまり、課税所得の段階ごとの限界税率を適用するわけです。
 式(1)の下線部に注目しましょう。
 0.2×(400-330)=0.2×{(500-100)-330}なので、
 100万円の所得控除による減税額=0.2×100=20万円となります。つまり、Aさんの減税額は、0.05、0.1、0.2の中で一番高い0.2、すなわち、Aさんにとっての最高限界税率0.2に100万円を乗じた額です。したがって、たとえば課税所得が5000万円の人の減税額は、上の表から0.45×100=45万円です。結局、所得控除による減税額は限界税率の高い高所得者ほど多額になります。
 これに対して、税額控除は税率の影響を受けません。税額控除を10万円とすれば、適用者全員について10万円減税できます。累進所得税による低所得者支援には、所得控除よりも税額控除が適しているでしょう。

(執筆 馬場 義久)

(注)本エッセイは馬場義久・横山彰・堀場勇夫・牛丸聡著『日本の財政を考える』、有斐閣、141-142頁をより平易に解説したものである。

日々是総合政策No.108

リゾート開発の公共政策:ボラカイ島の場合(上)

 世は観光の時代。海外からの観光客(インバウンド)によって所得や雇用増大を図ろうとする動きが活発になっています。しかし、急激な観光発展がもたらす負の影響を忘れてはいけません。世界危機遺産に陥ったガラパゴスやイエローストーン、日本のリゾート開発の失敗例など多くの事例があります。そんな中、フイリピンの有名リゾート地である「ボラカイ島」の環境汚染問題を解決するために「観光施設の60日間閉鎖」を打ち出したドゥテルテ大統領のニュースが報じられました。リゾート開発については、事前に規制やルールを講じるケースが一般的ですが、リゾート地の閉鎖といった強硬的な措置は稀有な例です。一体、「ボラカイ島」に何が起こっているのでしょうか。
 「銃規制」や「麻薬撲滅」など過激な政策で知られる第16代大統領ドゥテルテ氏。2016年の就任以降、フイリピン経済は6%の経済成長率を実現し、一人当たりのGDP(PPPベース) は2017年には8000ドルを超えました 。経済成長に伴う環境悪化は、フイリピンでも深刻な問題を引き起こしており、「ボラカイ島」の事例は、環境に配慮しない開発一辺倒の帰結であったといえます。この問題を考えるためには、そもそもフイリピンの観光開発政策がどのように展開したか、観光開発に伴う水質汚濁や固形廃棄物処理の問題がどのように深刻化したか、それに対して、どのような実効性のある環境政策が行われてきたか、といった点をみなければなりません。
 まず、観光発展について。UNWTO(The World Tourism Organization of the United Nations:国連世界観光機関) のデータによると、フイリピンの観光の伸びは、観光客数ベースでも観光収入ベースでも極めて高いといえます(表-1)。言うまでもなく、観光が発展するためには、空港、港湾、鉄道、道路などの交通インフラの他に、ホテルやレストラン、アトラクションの整備が不可欠です。これら観光関連の産業は労働集約的であるために、観光地での雇用や人口の増加が生じます。世界遺産登録後、ガラパゴ諸島では、急速な観光客と流入人口の増加が生じ、これに伴い環境悪化が起きました。

(注)ちなみに、PPPベースのGDP(国内総生産=国内で1年間に生産された付加価値の総計)とは、フイリピンの通貨であるペソと米ドルの購買力の比率(あるいは、その変化率)をもとに為替レートが決まるとする考え(購買力平価説(Purchasing-Power-Parity)という)にもとづいて算出されるGDPのことである。

表-1 フイリピンの観光発展

(執筆:薮田雅弘)

日々是総合政策No.107

デカップリング

 農林水産省入省後に灌漑用ダム建設現場に赴任した。設計や現場監督とともに用地買収も担当した。所有者毎の買収額を決めるには境界確定が必要だが、土地登記簿上の境界は曖昧だ。私は山の斜面の測量をしながら主要地点に木杭を打ち、ビニールの紐を結んで境界を明らかにし、隣接する所有者の立会の下で境界の確認をした。異議もなく、その日は終わった。翌日、面積測量に行ったら、木杭は無残に抜かれていた。どちらかが不満だったらしい。測量器具を手に山の斜面に呆然と立ち尽くした。
 それから月日は過ぎて退官も近づいた頃、デカップリング政策の立案に関与した。政策的に農産物価格を支持すれば生産が刺激されて過剰生産となるので、価格と切り離して(デカップルして)農家に対して直接的な所得補償を行う政策である。1990年代にEUで条件不利地域(農作業効率の悪い中山間地域など)の農業政策として採用された。中山間地域の農業は国土保全などの多面的な役割を果たしているので政策の意義は大きいが、一番の心配は適正な予算執行である。例えば、中山間地域でも条件の良い農地もあるので、一定以上の傾斜度の農地を対象とした。しかし、数枚の水田がバナナのように湾曲しながら下降傾斜している場合、一番上と下の水田を直線で結ぶ傾斜度と湾曲に沿った傾斜度は異なる。問題となる傾斜度の決め方は80種類近くあることが分かり、現場担当者に周知しないと混乱する。
 各農家は営農継続の協定を結んで直接支払を受けるが、各農家の所有農地面積の把握は困難だ。中山間地域では農地の区画整理の整備率は低く地籍調査も終えていないので、土地登記簿、農地台帳、固定資産税課税台帳などに農地面積は記されていても、どれも現実の面積とはかけ離れている。冒頭の経験がよぎった。ヨーロッパとは違うのだから、協定対象の全体面積で支払い、その分配は参加者に任せるよう提案をしたが、国際派官僚に押し切られた。そこで中山間地の一筆毎の農地面積と傾斜度を当時の技術で航空測量した(成果はその後の政策にも使用された)。
 総合政策では、研究者や官僚の提案・立案と現場担当者の予算執行の「デカップリング」を心配している。「総合」という言葉を付した意味を信じたい。

(執筆:元杉昭男)

「多文化共生社会の総合政策研究」第1回研究会報告

開催日:2019年11月9日(土)13:00~16:40(13:00~15:10 全体会 15:20~16:40 分科会活動)

場所:中央大学多摩キャンパス11号館

(全体会:11410号室 分科会:11508・11510号室)

参加人数:全体 12名(分科会1:8名,分科会2:4名)

活動内容:

 今回は初回の研究会であったため、プロジェクト・リーダーの横山代表理事と山内研究員の2人から、「多文化共生社会の総合政策研究」プロジェクト全体及び分科会1、2についての説明を行った。

プロジェクト全体の説明の中では、プロジェクト名にも含まれる「多文化共生」や「総合政策」といった概念の定義づけが行われた。具体的には、多文化共生の「文化」概念が、国家や民族に限定されず、世代や職業、趣味まで含む広い意味でとらえられていること、総合政策的視座として、複数の時点、社会、政策について、複数の学問の知見に基づき、複数の主体がどのように関与し、価値判断を行うのか、という点が重要であると考えられていること、などである。

分科会1、2の説明の中では、オストロムらの定義を踏まえた「ポリセントリック」の意味(分科会1)や、岡本智周の定義に基づいた「カテゴリ更新としての共生」という概念(分科会2)が提示された。

発表の内容は「定義」に若干偏ったようにも見えるが、おそらく重要なのは、これらの発表から「多文化共生」や「総合政策」の普遍的な意味を読みとることではない。発表の中で横山プロジェクト・リーダーは、「独立した決定主体が活動すると、他者との交渉・軋轢などが生じるが、そのプロセスをへて、新しい文化が誕生する場合がある」という重要な視点を提示したが、定義をめぐっての議論を否定するわけではないにせよ、唯一解の提示に過度に拘泥することは、結果的にそのような「新しい文化」の生成を妨げてしまうであろう。

 研究プロジェクト全体及び各分科会の説明に続いて行われたのは、研究会メンバー個々人の研究関心についての発表がなされた。先に本プロジェクトにおいては、文化の単位は国民や民族だけではないことに言及したが、個々人の関心においてもその対象は、「外国人」との関係にはとどまらず、金融やジェンダーも含む広いものであり、また「外国人との関係」に関心がある者であっても、その注目する点や背後にある経験、専門知識の多寡などが異なっていた。

 こういった経験や知識量の違いが、そのまま発言力の違いとなってしまうならば、「新しい文化」の生成は妨げられてしまうだろう。個々人の発表を受けて、参加者の一人ひとりが他者の来歴に真摯に向き合うことの重要性を共有できたかと思えた。こうした姿勢こそが、研究会や学界に限らず、広く社会において他者と共生するためには欠かせない姿勢である。その姿勢の重要性が認識されたことは研究会としては、この上ない船出であったといえよう。

(執筆: 山内勇人)

日々是総合政策No.106

民主主義のソーシャルデザイン:自分ゴトの政策変更

 平成から令和へと時代が移り変わった2019年も終わり、2020年を迎えようとしています。新しい年が明けて、実施される大学入試センター試験は、「センター試験」としては最後の試験になります。再来年の2021年からは、「大学入学共通テスト」と名称も変わり、新しい試験の方式も導入される予定でした。しかし、読者の皆さんもご存知の通り、「大学入学共通テスト」への改革の大きな2本柱がいずれも見送りになることが決まりました。
 1本目の柱は、英語科目の「民間資格・試験」の活用。受験生は、大学入試英語成績提供システムを通じて、2回まで、民間の資格や試験の成績を「大学入学共通テスト」で活用できる予定になっていましたが、民間資格・試験の受検機会の公平性等に課題が残り、11月に見送りが決まりました。
 2本目の柱は、国語科目と数学科目の「記述式問題」の導入。これも記述式問題の採点性の問題が指摘され、その課題が残されてしまい、12月に見送りが決まりました。
 大学入試改革は、2014年12月の文部科学省中央教育審議会答申「新しい時代にふさわしい高大接続の実現に向けた高等学校教育、大学教育、大学入学者選抜の一体的改革について」(高大接続答申)を踏まえて、取り組みが進められてきました。「高大接続答申」の背景には、政府の教育再生実行会議の「高等学校教育と大学教育との接続・大学入学者選抜の在り方について(第四次提言)」(2013年)があり、いわば官邸主導の改革と言えます。
 2006年の第1次安倍政権においても、教育基本法の改正や教育再生会議が設置されるなど、教育改革は政権の重要な政策課題に位置付けられてきました。その意味では、教育改革は、安倍政権にとって、第1次政権以来の一貫したテーマであることがわかります。
 高校生にとっては、大学入試の仕組みがどのように変わるのかは、自分の人生にも関わる大きな関心事(自分ゴト)だと思います。受験の仕組みでは、1にも2にも「公平性」の確保が絶対的な条件になるでしょう。高校生の皆さんは、どのような意見をお持ちでしょうか。

(執筆:矢尾板俊平)

日々是総合政策No.105

産業構造3

 こんにちは、ふたたび池上です。第7−8回は、経済発展に伴い経済の中心が農業から工業にシフトするルイス・モデルのお話でした。今回は、その拡張版とも言える、ハリス=トダロ・モデルのお話です。
 ルイス・モデルでは、農業と工業の2部門でしたが、ハリス=トダロ・モデルでは、農業、都市インフォーマル部門、都市フォーマル部門の3部門を仮定します。都市フォーマル部門は、都市における工業とサービス業の合計、かつ、毎月、月給をもらえる安定した部門だと考えてください。フォーマルは、フォーマル・スーツ(正装するときのカチッとしたスーツ)のフォーマルで、和訳は公式です。
 一方、インフォーマルの和訳は非公式です。都市インフォーマル部門は、都市における工業とサービス業の合計、かつ、月給ではなく、日雇いなどの不安定な部門です。途上国で頻繁に観察される、従業員の人数が、社長かつ従業員の一人だけ、もしくは社長と従業員の2人だけなどの零細自営業も、都市インフォーマル部門に含まれます。ルイス・モデルでは捨象されていたのですが、途上国で実際に存在する都市インフォーマル部門を取り入れたモデルが、ハリス=トダロ・モデルです。
 3部門それぞれの所得の大きさですが、大きい順から、都市フォーマル部門、農業、都市インフォーマル部門の所得とします。都市フォーマル部門の社長は、なぜ、事業を拡大するために、賃金を下げてより多くの労働者を雇わないのでしょうか?理由としては、現在の労働者の所得・栄養状態・健康・福利厚生を高めに設定・維持し、離職を防ぐ、やる気を高める、生産性を高めるなどが考えられています。
 経済発展につれて、人々は農業(農村)から都市に移動するのですが、次回は、その移動するかしないかという個々人の意思決定のお話の予定です。

(執筆:池上宗信)

日々是総合政策No.104

孤立した母親への支援について考える

 現代日本社会において、子育て期の母親の孤立は、防ぐべきもの、あるいは解決すべきものとしてとらえられているようである。背景には、母親の孤立は、児童虐待や無理心中などにつながるおそれがあるという認識があるのだろう。
 家族社会学の分野においても、母親にとっての育児ネットワークの重要性に着目した研究の蓄積があり、それらもまた、母親の孤立を防ぐべきものと見なす議論の正当性を裏付けるものと言えよう。
 私は、母親の孤立は防ぐべきという議論に異論を唱えるつもりはない。しかし、今日では、育児ネットワークの重要性が論じられる一方で、それが母親に与えるストレスについて、盛んに語られているのもまた事実である。古くからある嫁姑問題に加えて、近年ではママ友関係がもたらすストレスや実母との確執についても様々なメディアでとりあげられている。育児ネットワークとは、母親にとって支えともなりうるが、ストレスにもなりうるという両義性のあるものなのである。
 既存の研究は、育児ネットワークが母親のストレスになりうるという点に関して、十分に意識的であったと言える。しかし、では実際に、ストレスに追い詰められて、あるいはストレス回避のために、孤立状態にある母親は、どのように考え、行動すれば育児が行き詰まらないのか、という視点はあまりなかったように思われるのである。
 マスメディア等で仕事を継続してきた、発信力のある女性たちでさえ、ママ友作りに躓いたことを打ち明ける現代社会である。母親の孤立を防ぐための議論は重要であるが、仮に孤立していると見なされる状態であっても、必ずしも不安に思う必要はないし、育児を楽しむこともできる、というメッセージもまた必要とされているのではないだろうか。孤立そのものを防ぐことも重要であるが、情報化社会の中で孤立した母親が自らを普通ではないと感じ、焦燥感に駆られ、自尊心を低下させることを防ぐのも重要である。母親たちに対する子育て支援に際しても、母親の孤立の防止とともに、孤立した母親の自尊心の低下を防ぐことについても、さらに理解が深まればと願っている。

(執筆:仁科薫)